絶対無敵凍結時間
「えええい、くそっ!」
差吊苦の叫びがそれはもう響き渡る。奴の力が強大な事、そして叢雲がまるで動けない現状、この絶望的な現実が、しかし叢雲を救っていた。
差吊苦の力であっても、あの氷と共に叢雲を破壊する術が存在しないのだ。あの氷がある限り、こちらから攻めることはできないが、あの氷がある限り負けることもない。
私たちにとっても、奴らにとっても都合がいいけれども、都合が悪い……そして――。
「差吊苦様、裏切り者とこの忍はどうしましょう」
「……殺すな、いいな? 希望って奴が目の前で奪われる瞬間こそが、もっと美味い恐怖を感じるのだ」
ありがたいことに殺されることはない。とは言え、現状何ができるという訳でもない。
「それで私たちをどうするんだ?」
「処刑の時に見てもらわねばならんからなぁ……、逃がすわけにもいかんし……」
少し考えこんだ様子で、差吊苦はじーっと頭を抱える。即断即決が常に最善という訳ではない、しかし現状はそうするのが最善であろうに、無駄に悩む辺りこの男、指揮官としては下も下だ。
「……例の里に捕らえておけ」
「はっ、かしこまりました」
ふむ、このままならば、結局何もできずに終わってしまう。ならば、よし――実に姑息な手段だが――できることはしておこう。
「ふっ、叢雲の処刑か、氷が邪魔ならば……溶かせばいいだろうに」
「紫苑さん!?」
わざと聞こえるように言ってやったが、さてさて……どうでるか?
「くノ一!! 墓穴を掘ったな? 今日中に叢雲の処刑をしてくれるわ!!」
「なにっ!?」
さてさて、しかしどうするつもりで――。
「輪入道だ、輪入道をここに呼べっ!!」
……見事に素晴らしい判断をしてくれた。実に……都合がいい展開だ。
輪入道とは炎に包まれた、車輪の中央に男の顔が付いている妖、等と言われている。実際の所個体差はあるものの、概ね大きな違いはないだろう。
大事なのは、雪女たちの氷を解かすために、炎の力を利用すると決めた点だ。
牢の中に放り込まれた私と雪花。別に縛られたり見張りがあるわけではない、しかし脱出することなどは考えない。
仮に脱走に成功したところで、勝利への道筋が遠くなってしまうからだ。
「あの、わざわざどうして相手の都合がいい情報を伝えたんですか?」
雪花の言葉に、私は笑みを浮かべていた。彼女は恐らく、真面目に案じているのだろう。そして差吊苦の力の強大さも、私以上に理解しているのだろう。
「……それが私に都合がいいからな?」
その様子を見て、青白いというよりも、青い肌の彼女の顔が、怒りによって赤く染まる。
まぁ仕方がないのだろう。彼女から見ていれば、私は裏切り者に見えるのだろう。
「勝つための最善手だ、利用できるものは敵ですら利用しろ、とな?」
「……勝てるんですね?」
「あぁ、間違いなくな」
そう告げながら、私は一人の男への信頼とともに、空をじっと見つめていた。
さて、捕えられてから数時間が経過したころだ。出てこいと、30mの巨人たちに連れ出された先には、捕えられた時と同じように、氷漬けにされた叢雲の姿がそこにはあった。
3人の中級妖である雪女に睨まれ、超上級などというふざけた存在が支配する、絶対的な暴力によって、抵抗すら許されない、そんな状況。
正直なところ、そんなものよりも寒さがひどくて震え始めていれば――。
「ははははっ! 怖いか! 恐ろしいか!!」
などと差吊苦からは問いかけられる。実際の所、近くに化け物がいるという事実は、鍛えに鍛えてきた私であっても、大なり小なりの恐怖は感じてしまう。感じてしまうからこそ、誤魔化せた。
「あぁ、とても怖い、実に恐ろしいよ」
私の言葉に嘘はない、とても怖いし、それはもう恐ろしい。なにせ私の意図に気づかれた瞬間、私たちの、人類の敗北が決定する。
なんともふざけた話だ、私は鍛えていたから耐えられるようになっている、しかしあの男はド素人でしかなかったのに、その重しを背負っている。
まったく、すさまじい力を持っていない? 訓練を何もしていなかった? それが何の問題があるのだろうか。
あの男は、それで決して折れることはなく。決して不貞腐れることもなく。ただただ一人の英雄となるものとして立ち上がったではないか。
……ならば、私もその程度で折れるわけにはいかない、高々死ぬだけの状況、にそれで膝を折るわけにはいかないではないか。
「おぉ、よくぞ来た輪入道!」
「差吊苦様のお呼びとあらば」
なんてどうでもいいことを考えていたその時、確かにアレがやってきた。これまた30mは軽く超えているだろう巨体、中級妖の輪入道。
当たり前の話だが、4体も中級妖がそろっているという現状を、私は初めて見た。その上で前代未聞の化け物。あぁ、絶望的なのだろう。普通の人間ならば、もう我慢すらできずに死を選ぶのだろう。
だが、それをしても誰も救われないし、最悪の未来につながるだけだ。
「さぁ、この氷を溶かすのだ!!」
「ははっー!!」
差吊苦の命令と共に、輪入道がまとう炎が、激しく燃え盛る。
至極当然の話だが、炎の熱によって氷は溶け始めていく。時間が経過すればするほどに、氷の壁が消えていき――。
「さぁ、死ねぇ!!」
差吊苦の拳が、叢雲に突き立てられようとした、その瞬間――。
*
「天下抜倒剣!!」
俺は、刀を引き抜き勢いに任せて、横に一薙ぎしてみせる。氷の中から、再び希望としての俺が目覚めた瞬間だ。
「っ、なぜ貴様が、人間にすぎない貴様が生きている!?」
差吊苦の問いもある意味では自然なモノだろう。普通に考えて、叢雲と共に俺が凍り付いて死んだのだと、そう考えたのだろう。
「残念だったなぁ!! この叢雲には! 操縦者が外部の気温などによる危機に対処するための機能がっ!! 取り付けられていたらしいのだ!! 叢雲が凍ってた時も、ちょっと寒いなぁ!! 程度にしか感じてなかったのだよ!!」
残念無念、また来週とでも言いたくなる程度には現実的な話として、この叢雲の特殊機能の存在がある。少なくとも叢雲が凍るような低温でも、ぬくぬく暖かな、狭いという問題を除けば快適空間であった。
「な、そ、そんなバカな話があるかっ!? 凍ったのにそうなるはずがなかろう!?」
「なってんだから仕方ねぇだろ!! 俺だってびっくりだわ!!」
何が悲しくて敵のバケモノと漫才をしなければならないのか。
実際の所、そう言うものがあることを予測はしていた。
油すましの油対策に、自身にかかっている油ごと炎で焼いたことがある。しかしだ、俺はそのことで暑いとすら感じなかったのだ。
暑いと感じなかったのであればだ、寒さにも耐性があるのではないか? などと軽いノリで考えていたのだが、実戦でその存在が証明できた。
至極当然の話として、快適な環境で、ぼーっと待っていた俺は、外で妖連中の会話も聞いていたわけであり。相手が処刑と称して、叢雲を破壊するタイミングも、大体予想ができていたわけである。
「さぁ、妖ども……全員まとめて! 天下抜倒剣の錆にしてやるぜっ!!」
俺の闘志はぐんぐんと燃え上がる、確かに不意を打たれて凍らされてしまったが、しかしながらもうそんなものは通じない。
「ええい、もう一度凍り付いてしまえ!!」
と雪女の一体が、こちらに向かって冷気を放ってくる。
あぁ、確かに……、俺にそれは通用した。だがそれは過去の話だ。
「そーらよっ!」
「なにっ!?」
俺は近くにいた、輪入道をぐいと引き寄せて、雪女の冷気から身を護る盾にした。
「や、やめろやめろっ!」
「き、貴様っ! 相手を盾にするなど卑劣な奴め!」
「数で勝ってるテメェらに言われたかねぇよ!!」
ド素人から、立派な戦士に変われたかどうかを、今こそ確かめる時だ。




