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絡繰武勝叢雲  作者: 藍戸優紀
第2話 夏の吹雪と雪女!!
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絶対無敵凍結時間

「えええい、くそっ!」


 差吊苦(さつりく)の叫びがそれはもう響き渡る。奴の力が強大な事、そして叢雲がまるで動けない現状、この絶望的な現実が、しかし叢雲を救っていた。


 差吊苦の力であっても、あの氷と共に叢雲を破壊する術が存在しないのだ。あの氷がある限り、こちらから攻めることはできないが、あの氷がある限り負けることもない。


 私たちにとっても、奴らにとっても都合がいいけれども、都合が悪い……そして――。


「差吊苦様、裏切り者とこの忍はどうしましょう」

「……殺すな、いいな? 希望って奴が目の前で奪われる瞬間こそが、もっと美味い恐怖を感じるのだ」


 ありがたいことに殺されることはない。とは言え、現状何ができるという訳でもない。


「それで私たちをどうするんだ?」

「処刑の時に見てもらわねばならんからなぁ……、逃がすわけにもいかんし……」


 少し考えこんだ様子で、差吊苦はじーっと頭を抱える。即断即決が常に最善という訳ではない、しかし現状はそうするのが最善であろうに、無駄に悩む辺りこの男、指揮官としては下も下だ。


「……例の里に捕らえておけ」

「はっ、かしこまりました」


 ふむ、このままならば、結局何もできずに終わってしまう。ならば、よし――実に姑息な手段だが――できることはしておこう。


「ふっ、叢雲の処刑か、氷が邪魔ならば……溶かせばいいだろうに」

「紫苑さん!?」


 わざと聞こえるように言ってやったが、さてさて……どうでるか?


「くノ一!! 墓穴を掘ったな? 今日中に叢雲の処刑をしてくれるわ!!」

「なにっ!?」


 さてさて、しかしどうするつもりで――。


「輪入道だ、輪入道をここに呼べっ!!」


 ……見事に素晴らしい判断をしてくれた。実に……都合がいい展開だ。


 輪入道とは炎に包まれた、車輪の中央に男の顔が付いている妖、等と言われている。実際の所個体差はあるものの、概ね大きな違いはないだろう。


 大事なのは、雪女たちの氷を解かすために、炎の力を利用すると決めた点だ。




 牢の中に放り込まれた私と雪花。別に縛られたり見張りがあるわけではない、しかし脱出することなどは考えない。


 仮に脱走に成功したところで、勝利への道筋が遠くなってしまうからだ。


「あの、わざわざどうして相手の都合がいい情報を伝えたんですか?」


 雪花の言葉に、私は笑みを浮かべていた。彼女は恐らく、真面目に案じているのだろう。そして差吊苦の力の強大さも、私以上に理解しているのだろう。


「……それが私に都合がいいからな?」


 その様子を見て、青白いというよりも、青い肌の彼女の顔が、怒りによって赤く染まる。


 まぁ仕方がないのだろう。彼女から見ていれば、私は裏切り者に見えるのだろう。


「勝つための最善手だ、利用できるものは敵ですら利用しろ、とな?」

「……勝てるんですね?」

「あぁ、間違いなくな」


 そう告げながら、私は一人の男への信頼とともに、空をじっと見つめていた。




 さて、捕えられてから数時間が経過したころだ。出てこいと、30mの巨人たちに連れ出された先には、捕えられた時と同じように、氷漬けにされた叢雲の姿がそこにはあった。


 3人の中級妖である雪女に睨まれ、超上級などというふざけた存在が支配する、絶対的な暴力によって、抵抗すら許されない、そんな状況。


 正直なところ、そんなものよりも寒さがひどくて震え始めていれば――。


「ははははっ! 怖いか! 恐ろしいか!!」


 などと差吊苦からは問いかけられる。実際の所、近くに化け物がいるという事実は、鍛えに鍛えてきた私であっても、大なり小なりの恐怖は感じてしまう。感じてしまうからこそ、誤魔化せた。


「あぁ、とても怖い、実に恐ろしいよ」


 私の言葉に嘘はない、とても怖いし、それはもう恐ろしい。なにせ私の意図に気づかれた瞬間、私たちの、人類の敗北が決定する。


 なんともふざけた話だ、私は鍛えていたから耐えられるようになっている、しかしあの男はド素人でしかなかったのに、その重しを背負っている。


 まったく、すさまじい力を持っていない? 訓練を何もしていなかった? それが何の問題があるのだろうか。


 あの男は、それで決して折れることはなく。決して不貞腐れることもなく。ただただ一人の英雄となるものとして立ち上がったではないか。


 ……ならば、私もその程度で折れるわけにはいかない、高々死ぬだけの状況、にそれで膝を折るわけにはいかないではないか。


「おぉ、よくぞ来た輪入道!」

「差吊苦様のお呼びとあらば」


 なんてどうでもいいことを考えていたその時、確かにアレがやってきた。これまた30mは軽く超えているだろう巨体、中級妖の輪入道。


 当たり前の話だが、4体も中級妖がそろっているという現状を、私は初めて見た。その上で前代未聞の化け物。あぁ、絶望的なのだろう。普通の人間ならば、もう我慢すらできずに死を選ぶのだろう。


 だが、それをしても誰も救われないし、最悪の未来につながるだけだ。


「さぁ、この氷を溶かすのだ!!」

「ははっー!!」


 差吊苦の命令と共に、輪入道がまとう炎が、激しく燃え盛る。


 至極当然の話だが、炎の熱によって氷は溶け始めていく。時間が経過すればするほどに、氷の壁が消えていき――。


「さぁ、死ねぇ!!」


 差吊苦の拳が、叢雲に突き立てられようとした、その瞬間――。



 *



「天下抜倒剣!!」


 俺は、刀を引き抜き勢いに任せて、横に一薙ぎしてみせる。氷の中から、再び希望としての(むらくも)が目覚めた瞬間だ。


「っ、なぜ貴様が、人間にすぎない貴様が生きている!?」


 差吊苦の問いもある意味では自然なモノだろう。普通に考えて、叢雲と共に俺が凍り付いて死んだのだと、そう考えたのだろう。


「残念だったなぁ!! この叢雲には! 操縦者が外部の気温などによる危機に対処するための機能がっ!! 取り付けられていたらしいのだ!! 叢雲が凍ってた時も、ちょっと寒いなぁ!! 程度にしか感じてなかったのだよ!!」


 残念無念、また来週とでも言いたくなる程度には現実的な話として、この叢雲の特殊機能の存在がある。少なくとも叢雲が凍るような低温でも、ぬくぬく暖かな、狭いという問題を除けば快適空間であった。


「な、そ、そんなバカな話があるかっ!? 凍ったのにそうなるはずがなかろう!?」

「なってんだから仕方ねぇだろ!! 俺だってびっくりだわ!!」


 何が悲しくて敵のバケモノと漫才をしなければならないのか。


 実際の所、そう言うものがあることを予測はしていた。

 油すましの油対策に、自身にかかっている油ごと炎で焼いたことがある。しかしだ、俺はそのことで暑いとすら感じなかったのだ。


 暑いと感じなかったのであればだ、寒さにも耐性があるのではないか? などと軽いノリで考えていたのだが、実戦でその存在が証明できた。


 至極当然の話として、快適な環境で、ぼーっと待っていた俺は、外で妖連中の会話も聞いていたわけであり。相手が処刑と称して、叢雲を破壊するタイミングも、大体予想ができていたわけである。


「さぁ、妖ども……全員まとめて! 天下抜倒剣の錆にしてやるぜっ!!」


 俺の闘志はぐんぐんと燃え上がる、確かに不意を打たれて凍らされてしまったが、しかしながらもうそんなものは通じない。


「ええい、もう一度凍り付いてしまえ!!」


 と雪女の一体が、こちらに向かって冷気を放ってくる。


 あぁ、確かに……、俺にそれは通用した。だがそれは過去の話だ。


「そーらよっ!」

「なにっ!?」


 俺は近くにいた、輪入道をぐいと引き寄せて、雪女の冷気から身を護る盾にした。


「や、やめろやめろっ!」

「き、貴様っ! 相手を盾にするなど卑劣な奴め!」

「数で勝ってるテメェらに言われたかねぇよ!!」


 ド素人から、立派な戦士に変われたかどうかを、今こそ確かめる時だ。

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[一言] そんなこと俺が知るか! 近くに居たお前が悪い。 開幕必殺剣で一匹も仕留められなかったかー残念!!
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