凍結した世界、無力なる叢雲
「……あぁ、武芸者ってのは嘘で、芸人だったり?」
若い男はそうこちらに向かって問うてくる。
気絶した鉄の姿が、面白かったのだろう。けらけらと笑いながら寄ってくるのを見れば、やはりこの男の纏う雰囲気に、違和感のようなものを感じる。
「……あぁ、よく分かったな。武芸者を名乗ったのは、そちらの方がそれらしいと、疑われるのを避けるためにしていたにすぎん」
「うんうん、そいつはなにより――」
と、軽薄な笑みを浮かべた男が、こちらに近寄り――。
「ならば死ね」
四方八方から、幾百……いや、幾千もの兵器の攻撃が放たれた。
目の前の男が人間なのか妖なのかは分からない、だが間違いなく敵だ。
「雪花っ!! これはお前の罠か!?」
「ち、違います! あんなの知りません!!」
私は即座に、倒れている鉄龍牙を脇に抱え、雪花をもう片方の手で抱き寄せる。
そのまま、私の術でその全ての攻撃を回避しながら、私は考えていく。彼女の言葉が本当か嘘か。
あの攻撃の射線から考えて、回避しなければ私と鉄は当然のことだが、雪花も確かに命中していた。それも攻撃が見事に三等分で、全員平等に死ぬ攻撃。よほど覚悟が決まっているのでなければ――そしてよっぽどの役者でない限り――彼女は嘘をついていない。
「……人でこれをすると考えれば、初代様たちの時代の転生者の同類か? 妖ならば……くそ、武器を使うならともかく、これだけの武器を同時に複数扱うとなると、まるで思い当たる節がない。しかも――」
「下級でこれだけのことができるはずがないですよね」
雪花の言葉は事実だ、下級妖は優れた侍や忍であれば一対一で負ける理由はない。そして、自分で言うのもなんだが、私はその優れた忍だ。
しかし、アレを私が倒せる気がしない。どうあがいても勝ち目がない、という訳ではない……、ないのだが、それと引き換えに誰かが死ぬ。
故にこそ私は疑問を隠せない、なにせ中級以上の妖は、例外などなく巨大なのだ。中級の30mというのは一つの基準でしかないが、しかし小さいモノで30mであって、それより小さな中級は存在しないし、上級なら当然それより巨大だ。
あの男は高く見積もったとしても、2mを超えていない。もう一度言う、妖ならばどう考えても下級妖にすぎない。
では、人間という可能性だがこれも却下。
そもそも人間が私たちを襲う理由など、盗賊だとかそういうものの類でしかなく、だというのならば力が強大過ぎる。
転生者の話は、それこそ初代様の巻物ぐらいしかないが、その初代様の巻物について、いろいろと書いてあった。
一つ、転生者は例外なく善人である。その辺りの管理を担当する、神のような存在が魂が善であるものを利用しているだとかそういうので、善人以外はこの世界に転生するはずがない。
二つ、どれだけ強大な力を得た転生者であっても、その力そのものは一つだけである。力の拡大解釈によってできることを増やすことはできたとしても、力は一つだけというのはどうしようもない事実であり、奴が放った攻撃は……それこそよっぽどの力か、もしくはよっぽどの拡大解釈が行われている。
三つ、人類にとってのカウンター機構である。人類そのものの存続が危ぶまれた時、その事態を打破するために必要な力をもって、危機を打ち破る者。鉄龍牙が転生者であり、叢雲という超兵器を操る、人類にとっての希望である以上、彼に敵対する転生者など存在し得ない。
つまるところ、転生者である可能性もまた、常識の範囲でありえないのだ。
「撤退、可能か分からん……雪花、お前何ができる?」
「一般的な雪女としてできることだけです」
「冷気と凍結か……なら無理だな」
戦闘、圧倒的不利。逃走、不可能。投降、論外。
どうしようもない詰み。それを理解し諦めそうになったその時――。
「絡繰武勝! いざ出陣!!」
抱えていた男が、叫ぶ声が聞こえた。
意識を失っていた彼が、今も目を覚まし……戦士としての顔つきで。ド素人だった彼は戦う者になったのだ。
あぁ、正直なところ……戦う者としての彼の顔は、出会ったばかりのころの彼とは違い、どこか魅かれるモノがあった。
私の女としての部分が、どこかこういう男を求めていたのだろうか。
*
「……あれが何なのか知らないが、殺してでも進むぞ!」
意識を取り戻した俺は、何が起きているのかは理解しないまでも、あの男が危険な何かであることを理解し、即座に最大戦力の叢雲を呼び出し、乗り込む。
たとえ相手が人間と同じサイズだとしても、まるで油断することはできはしない。
「いやはや、ここまで計画通りとはね」
そう、油断していなかったはずだった。
「雪花、よくやったわ」
「私たちの手で、忌々しい叢雲を消せるのですもの」
「だからそこで、自分の愚かさを受け止めながら見ていなさい」
声の方に振り向けば、視線の先にいるのは身の丈30mはあるであろう、巨人の女が3人。つまるところ中級妖の、雪女が3人。
気が付いた時にはもう遅かった。
「ちぃっ!?」
足が動かない。ほんの一瞬、気が付かないうちに足が凍らされていたのだ。
ならばと腕を動かそうとするがこれも同様。腕が凍り、動かない。
「あぁ、もう遅いのだ叢雲よ」
男の声が聞こえた。そしてその言葉と共に、俺の体も凍り付いた。
動けない、寒い、怖い、動けない、寒い、怖い、動けない、寒い、怖い、動けない、寒い、怖い、動けない、寒い、怖い、動けない、寒い、怖い、動けない、寒い、怖い――。
それがどうした。
*
「……ちぃっ、そういうことかっ!」
「あぁ、おそらく想定通り、叢雲を封殺するために、わざと呼び出させ……不意を突いて凍結、無力化する」
「……何故叢雲のことを、いや私たちを標的にして叢雲を見つけ出した!」
分からない、初代様が叢雲を使ったのが何百年前の事であろうか、そんな長い時代を生きているものなどいるはずがない。
そもそも妖は個人主義の集まりとでも言うべきものたち、情報共有などするはずがない――。
「妖も変わったのだ、いうなれば妖軍とでも言うべき形にな」
そう、はずだった。
「さて、それでは哀れな忍と、裏切り者の雪女よ……私の自己紹介をしてやろう」
若々しい男は口を開けばそう語る、容姿も整ったその男は、笑みを浮かべて一礼すれば――。
「妖軍大幹部が一人、超上級妖、名を差吊苦、お前たち流に言えば新種の妖であり、俺の同種も存在しない」
などとふざけた宣言を叩きつける。超上級? 上級の上と? 今まで存在していた……災いそのものであった上級のさらに上? いい加減にしろ、急上昇にもほどがある。
だが、ある意味で納得はできた、新種故に従来の妖の情報から対処法は見いだせず、今までとはまるで異なるくくり故に、従来の常識が成立しない。
その名の差吊苦というのも、恐らくは殺戮から来ているのだ、故にあれほどの多種多様な、殺しのための力を同時に振るえたのだ。なにせ、殺戮とは無数の相手を、惨たらしく殺すための行為。
「さて、では無抵抗の叢雲を、お前たちの目の前で処刑するとしよう」
だからこそ、私たちの希望は潰えたと、そう理解させられ――。
「行くぞ! ぬんっ!!」
奴の拳が、氷塊となった叢雲に叩きつけられ、ガンっ! と大きな音が鳴り響いたその瞬間。
「いてぇぇぇぇぇぇぇ!?」
奴はその叩きつけた拳の生じた痛みで、もだえ苦しんでいた。
「差吊苦様っ! 我ら三姉妹の創り出した氷は、それこそ並大抵の方法では破壊することはできません!」
「その硬さは、上級妖ですら傷一つ付けられないほど!」
「差吊苦様の拳もただではすみません!!」
と、雪女たちが忠告を始めるではないか。
「さ、先に言えアホンダラ!!」
……あぁ、なるほど、奴は強いかもしれないが……十中八九、馬鹿なのだろう。




