チートスキルではなく質量こそが正義、俺は異世界でそれを学んだ
異世界転生。
実に心躍る言葉だ、生前の記憶を引き継いだり引き継がなかったりするが、それ相応の力をもって別の世界で活躍をする。
その転生者の一人が俺、『鉄龍牙』である。
前世の俺が何者だったのかの記憶は欠片もなければ、超パワーの類を何一つ持っていない。ついでに言えば、転生先の世界はファンタジーな中世ヨーロッパではなく、どちらかというと江戸時代の日本といった印象だ。せいぜい転生したことの利点としては読み書きそろばんが達者であること。周りの大人からは神童と呼ばれたり呼ばれなかったりしたが、はっきりと言って、異世界転生というワードで感じるような要素は、欠片も存在しなかった。
そんな風に、現実とはこんなものかと受け入れ育って、ついに18歳にもなろうとしていたある日のことだ。身長は180cm前後、顔もまぁ整っているほうだと自負しているし、派手な青い髪は実に目立つ。そんな色男の俺にである。
「鉄龍牙よ、よく来たな」
呼び出しである、それはもうドストレートに呼び出しである。
さてさて俺が呼び出されたのは、刀の国という俺が住む国の、首都であるオエードにある、最も大きな建物オエード城。
俺の正面で座っているのは実に偉そうな風格を漂わせ、実際偉い刀の国の大将軍こと、『織川秀文』その人である。
金色の和服を身に纏い、天高く伸びるちょんまげは、数少ない前世の記憶では笑いにも感じられるものであったが、しかし本物として認識した時にはむしろ威風堂々とした佇まいもあり、力の象徴の一つだと感じられた。
「……あの、将軍様? 私が何かいたしましたでしょうか?」
まじめに将軍に呼び出される理由には、まるで見当がつかない。
神童などと言われていても、そんなのは村の中での有名人程度。国のトップに呼び出されるような案件では断じてない。
では、何かしらの偉業を成し遂げたかと言われれば、それももちろんありはしない。
だって村から出たこともなければ、ただ親の畑仕事の手伝いをしてただけである。そんなただの百姓の息子に用があるとは到底思えないのは仕方ないだろう。
「うむ、お主はまだ何もしておらん」
なんだ、もしや何もする前に殺すとかそう言うのではないだろうな?
「そう警戒するな、儂からの頼みといったところでな?」
もっと訳が分からない、何かしらの罪でぶっ殺されるぐらいの方がまだ可能性としては……それはそれでわざわざ将軍がぶっ殺しに来る方が想像できないな。
「昨今刀の国全域で、妖の類の活動が頻発しておるのは知っているだろう?」
「は、はい、それが?」
妖、端的に言えば妖怪の類。人に害をなすものから、逆に人のためになることをしてくれるものまで多種多様な存在だ。
確かにここ最近は、今までと比較しても格段に見る機会が増えた気がするし、実際村の子どもたちも村の外で遊ぶことは禁じられるようになった。
正直なところ、俺も村からここまで来るのも最初は渋った位だ。ありがたいことに、侍たちが護衛をしてくれるなどというから来たのだが――。
「端的に言おう、お主に妖退治をしてもらいたい」
「……はい?」
何を言ってるんだこの男は、こちとら刀を持ったこともなければ、忍びの術も学んだことはないんだぞ?
「うむ、意図が読めんと言うのも必然であろうな、常識的に考えれば妖退治は侍の仕事であり、忍の仕事である」
「どうして田舎の、百姓の息子の私に?」
「転生者、と言う言葉に聞き覚えはあるか?」
……はい、俺です。
「あぁ、返事はせんでいい。個々人にとって言いにくいこと言いたくないことはあるだろうし、いちいち大っぴらにせねばならんことでもない。ただお主がそれであることを儂は知っているという話だ」
「あの、それで転生者と妖退治の話のつながりが見えないのですが」
実際の所、俺は転生者ではあっても、チートスキルもスペシャルなアイテムもありはしない、ちょっと前世の記憶がちょっとだけあるだけの、ただの人間でしかない。
「さてここに、刀の国で代々将軍となったモノに授けられる巻物がある」
一目見ただけで分かるほどに、実に古めかしい巻物を手にしている。それを広げて見せた将軍様は、書かれている文章を読み始めていくではないか。
「妖の異常発生起きし時、今とは違う人生の記憶を持つ勇者が、世界の異常を治めるであろう」
つまりは前世の記憶を持つものが、異常発生を止められるという話であるのだが――。
「どうして私がそれだと?」
そう、一度もそんな話をしたことがなければ、そんなそぶりも見せたことはありはしない。分かるはずがないのだと、そう考えていれば――。
「それは私の術だ」
背後に突如として人の気配を感じ取った。つい先ほど迄確かに誰もいなかったはずなのに、やってきた気配を感じさせない何かが現れたのだ理解した。
「うむ、呼ぼうと思っていたところだが、よくぞ来たぞ紫苑」
将軍様の呼びかけた相手を一目見ようと、振り向けばそれはそれは――。
「でっけぇ」
大きなふくらみに視線を吸い寄せられてしまう。
「将軍様、処していいですか?」
「ダメだ」
……いかん、殺気のようなものを感じ取れば、即座に相手の姿を確認する。
濃紺の装束をメインにして、百人に聞けば百人が忍者だと断言する衣装を身にまとった女性が背後に立っていたのだ。
「……鉄と言ったな、私は紫苑。将軍家に代々仕える忍びのモノ、そして私は転生者を探し出すことが任務であった」
しかしながら、このくノ一がどのような手段を使って、俺が転生者だと判断したのだろうか。
「忍法探し人、これによって探している条件に当てはまる人間がどこにいるのかを、正確に地図上に映し出すことができる」
実にシンプルな彼女の言葉、というよりもあまりにも便利すぎる忍法、少なくとも刀の国の全域を射程範囲にでもしていなければ、将軍様の任務も達成できなかったのではなかろうか。前世の、まともに残っていない記憶の中で見ていた、そう言う物語でもここまでの探知能力というのは中々なかった気がする。本物のチートとはこういうもんだろうか。
「それにしても、将軍様これで大丈夫なので?」
「なに、巻物には続きがある」
結局のところその巻物のに記されている内容が俺を選んだ理由である。
極論言えば転生者であれば、男でも女でも子供でも老人でも、なんなら獣でもよかったのだろう。
「さて、初代将軍である私は転生者である」
そう思っていた俺はいきなりの意表を突かれた。
「私は私を含む幾百の転生者の軍団を率い、奴らに立ち向かった。それはもう思いつく数々の能力を駆使した」
だったらば俺ではだめだ、何の能力も持っていない。
「そしてその全てが無力だった」
巻物の内容を要約すればこうだ、炎も氷も、電撃も音も重力も、即死に毒、薬にとそれはもう一つ一つを確認するのがバカバカしくなるほどの種類の、チートスキルの全てが無力であった。
だがそれではおかしい、そんな力を振るっても勝てなかったことではない。なぜ人間が今も生きていられるのかという観点だ。
なにせ、どんなインチキ能力も通用しなかったのだから、負けたと考えるのが自然なわけで――。
「だからこそ私はあるものを生み出し、それによって勝利した」
現代の将軍織川秀文の言葉と共に、彼の背後にあった襖が開いた。
その奥にあったものを見た時、俺は非常に驚いた。
「そしてこれこそが、妖の軍団を打倒した、初代将軍曰く転生者しか使えない巨大絡繰」
そこに在ったものは、言葉にすれば実にシンプルなものだ。
勇壮たる鋼の巨人。腰に下げるのは巨人の身の丈ほどもある刀。背後には武装と思われる風林火山の四文字が記されたもの。
あぁ、実に……。
「叢雲だ」
「スーパーロボットじゃねぇか!?」
その姿は鎧武者を模したことが一目でわかる、漆黒の姿。そんな彼がじっとこちらを見つめている、そんな気がした。
読んでいただきありがとうございます。
とりあえず一区切りという意味でも、1話と章で書いてある範囲まで読んでみていただけると、今作のノリと勢いもつかめるかも。