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「やってみせろよエリン」「なんとでもなるはずですわ」「婚約破棄だと!?」

作者: 砂塵精魔

 私、エリンはかぼちゃの被り物をして舞台の上で踊っていた。

 かぼちゃには外を見る様の穴がくり抜いてあるのだが、それでもこの格好で踊るのは結構難しい。

 そもそも何故私が踊っているのかと言うと、今日は一年に一度の収穫祭の日、そのフィナーレを飾るのがこの国の聖女でもある私のダンスなのだ。


 そして私が最後のステップを決めると同時に音楽が鳴り止む。

 一瞬の静寂の後に客席からは喝采の拍手が響く。

 今年のかぼちゃの被り物は少し重いなと思いつつも、私はペコリと頭を下げた。

 その重みで被り物が外れないかとヒヤヒヤしたが、そんな事は誰も窺い知ることは出来ないだろう。


 また、ダンスが終わった私が緊張しているのは別の理由もあった。

 何故なら今日は例年とは違う事がこれから待っているのだ。


「エリン、見事なダンスだったよ。さすがは大聖女ナビンの生まれ変わりだね」


 新たにステージに登ってきた灰色の髪に白いマントを羽織った青年、彼はこの国の皇子のアルダンである。


「殿下、お褒めいただき光栄です」


 私は膝を折り、アルダンに敬意を示した。

 そんな私に対して彼は頷くと腰を屈める。

 そして私のかぼちゃの被り物に手をかけると、その被り物を取った。

 被り物が取れたことで、中で纏められていた私のオレンジ色の髪がフワッと自分の肩に掛かる。


「聖女様が素顔をお晒しになられたぞ」

「何て神々しくて可愛らしいお顔なのかしら」


 群衆から口々に称賛の声が上がるのを聞いて、私は少し恥ずかしくなってしまった。

 私は城の外ではいつもカボチャの被り物をしていたので、公の場で自分の顔を見せるのは今回が初めてなのだ。


「エリン、立てるかい?」

「ええ、ありがとうアルダン」


 私がアルダンの手を借りて立ち上がると、会場から歓声がわき起こった。


「皆、収穫祭おめでとう!今年も素晴らしい日を迎えられたのは諸君らの健身のおかげである。思えば今年は長雨に見舞われ、収穫にも悪影響が出ると思われたが……」


 アルダンは広場に集まっている群衆に向き直ると、その歓声に応える様に彼らを称えるスピーチを行っている。

 私は傍らで彼のスピーチを聞きながら、ふと昔の事を思い出していた。

 思えば幼少の頃、私が庭に何気なしに蒔いたカボチャの種が蒔いたその瞬間に発芽し、大きなカボチャの実を実らせたのが全ての始まりだったのだ。

 それから誰かが「予言にあった大聖女ナビンの生まれ変わりだ!」と喚き立てて、いつの間にか私は城に連れて行かれたのである。


「今年も例年より、いやそれ以上の収穫を得る事ができた。これも偏に皆の頑張りのおかげだ。そして今夜は僕と聖女エリンについて重大な発表がある」


 アルダンの次の言葉を群衆は固唾を呑んで見守っていた。

 殿下の発表とは、私との結婚の宣言の事である。

 300年前の予言によれば、その時の王子と大聖女ナビンの生まれ変わりが結婚する取り決めになっていたらしい。


(このまま国のために、アルダンのために尽くす運命なのかしら、私のこれからって)


 アルダンと結婚となるとどうもいまいちその気にはなれなかった。

 彼は私より一回り年上で、私にとっては結婚相手というよりやけに馴れ馴れしいお兄さんというような感じだったのである。

 しかし、今の私に彼と結婚する以外の選択肢など他にあるのだろうか?

 残りの一生をこの国という箱庭の中で過ごすのだろうと私は思っていた。


(今更よね、逃げ出したいのであればもっと早く決断すべきだったのだし)


 今の私にはこの生活しかないのだ。


「エリン、こちらに来てくれるかい?」


 スピーチの途中でアルダンが手招きするのが見えた。

 私はそれに応え、半ば諦めるかのように彼の傍らに立つ。


「皆もエリンが僕の婚約者である事は今年の春の播種祭(はしゅさい)で発表したから既に知っていると思う。僕は今夜……」


 ついに結婚が宣言されてしまうと思っていた私。

 だが、アルダンの次の一言は私がまったく予想していない言葉だった。


「僕はエリンとの婚約を破棄する」

「え?」


 アルダンの婚約破棄宣言に思わず私は小さく声が漏れてしまった。

 驚いたのは群衆も同じのようで、広場は一瞬静まり返る。

 だがそれも束の間で直ぐに広場は喧騒に包まれることになった。


「これは一体どういうことなのだ!?」

「そんな、結婚発表じゃなくて??」


 騒ぎ立てる群衆を相手にアルダンは片手を上げると一瞬で黙らせる。


「皆、そんなに驚く事の程じゃないよ。もちろん僕が婚約破棄の決断に至ったのには理由があるんだから」


 アルダンはそう言ってほくそ笑むと私の方に目線を向けた。

 私の方はと言うと訳が分からないという顔で彼を見つめ返す。


「で、殿下、これは一体どういうことなのでしょうか?」


 何とか声を出してアルダンに説明を求めたが、そんな私を見て彼は面白がった。


「ハハ、もうそんな聖女の演技は止めたらどうだい?この偽物め」


 アルダンのこの発言は静まった群衆を再びざわめかせるのに充分だった。


「偽物だって!?」

「聖女さまが偽物!?」


 口々に喚き立てる群衆達、だが今一番答えを知りたいのは私の方だ。

 私が聖女の偽物というのは一体どういうことなのだろう?


「やれやれ、簡単な事なんだけどね。皆にも分かるように説明してあげよう」


 アルダンがもったいぶるように言う。

 彼がスピーチをする時はいつもこうだ。

 きっと彼は聴衆の驚く反応が一番の楽しみなのだろうと私は昔から思っていた。


「まずエリンは大聖女ナビンの生まれ変わりなんかじゃないね、その恩恵とされる聖女の力があまりにもしょぼすぎるんだよ」


 そう言うと彼はまた私の方を見た。

 私は彼のニヤけた顔を直視することが出来ず顔を伏せてしまう。


「フフ、恥ずかしくて僕の顔を見ることも出来ないと」


 私の態度は彼を増長させたようだった。


「まあそうだよね、かぼちゃなんて種を撒けば道端だろうがどこにでも生えてくるし」


 アルダンの言ってることは確かに正しい。

 確かにこの国では畑だけではなく、街道沿いの道端やスラム街のゴミ捨て場であろうが、かぼちゃが育っていた。

 皆はそれを聖女の力のおかげと言っており、それを私も真に受けていたが彼の見解は違う様である。


「試しに僕もこの前種を撒いて魔力を注いでみたら、時期が違うのに翌日には発芽してたよ。で、これがそのかぼちゃさ」


 おもむろにアルダンは空間を斬る動作をすると、そこからかぼちゃを取り出した。

 大きさがさっき私が被っていたかぼちゃ位ある。


「立派なかぼちゃだろう?聖女の力なんか無くたってこんなに育つんだよ」


 アルダンがかぼちゃを群衆に掲げるように見せると、群衆の中には彼の言葉に頷く者も出てきた。

 確かに聖女の力が無くても立派なかぼちゃが育つのであれば聖女は必要ではない。

 ということは必要なしと言われてしまった聖女の私は一体どうなるのだろう。


「あの……殿下、それでは私は今後どういう扱いになるのでしょうか?」

「君?もちろん君の聖女の地位は剥奪だよ、偽物なんだから」


 アルダンはそう言うと蔑む様に私を見た。

 さっき私に手を差し伸べてくれた時とはまるで別人の様である。


「そして聖女でもない君は僕の婚約者でも無くなったというわけだ。まあ君の今までの功績を称えて、城の下級菜園師として雇ってあげてもいいよ」

「分かりました。ですが殿下、その提案はお断りさせていただきます」


 アルダンの提案を私はすんなりと跳ね除けた。

 それが彼には少し癪に障ったようである。


「エリン、用済みの分際で僕の善意を無駄にするとは……僕が婚約破棄して聖女でも無くなった君はもう城には居られないのだぞ!?」

「いいえ殿下、むしろ逆でございます。婚約破棄して頂いてありがとうございます」

「何!?」


 彼が驚いた顔で私の方を見た。

 私はアルダンに自分が今まで思っていた事を話す事にする。


「だって私自身、殿下の言う通り大聖女ナビンの生まれ変わりだと思っておりませんでしたし、それなのに勝手に勘違いされて、城にまで連れて来られて困惑してましたから」


 そう、私のこのかぼちゃを育てる力が大聖女ナビンの生まれ変わりによる事のおかげと周りから言われても、私にはいまいち実感が湧かなかったのだ。

 でも私がこの力を使ってかぼちゃを育てると、皆が喜んでくれていたので今まで周りに流されてそうしていたのである。

 しかし、今回のアルダンの婚約破棄のおかげで晴れて私は自由の身になれた。

 これは彼に感謝すべきことだろう。


「だから私はこれから、自分の思うように生きてみたいと思います」

「ふん、聖女の肩書きがなければただの世間知らずの小娘のお前に何が出来るんだよ、何も出来ないだろう?何か出来るというのなら今ここで……」


 確かに私の聖女としての役職は無くなってしまったが、だからといって私は彼が言うような世間知らずの小娘というわけではない。

 そんな決意を固めた私に対してアルダンはなおも非難をしてくる。


「やってみせろよエリン」

「なんとでもなるはずですわ」

「婚約破棄だと!?」


 彼に対して私が反論すると、場外から叫び声が聞こえてきた。

 一体誰だろう?と私達は声の上がった方向に顔を向ける


「すまない、道を空けてくれ!一大事なのだ!」


 群衆をかき分けるように一頭の白馬がこちらへと向かってきていた。

 その馬に乗っている白い鎧姿の騎士に私は見覚えがあったのである。

 騎士団長のハイム、彼は私が村へ慰問に行く際にいつも警護してくれていた。


「いきなり失礼、殿下がエリン様と婚約破棄されると聞いて急いで警備を抜け出してきたのです」


 そのまま舞台の近くに馬を寄せた彼。

 そういう彼の顔は、その特徴的な赤い髪と同じ位に赤く高揚していた。

 恐らく急いで詰め所から馬を飛ばして来たのだろう。


「待て待て、一大事なのだろう?何か僕に火急の要件があるんじゃないのか」

「は、一大事というのはこの私めにとっての事でという事にございます」


 そう言ってハイムは馬から降りると私と殿下の間に割って入ってきた。


「殿下は先程エリン様に婚約破棄を申されたとのこと、なので私はエリン様に婚約を申し込むためにここに馳せ参じたのです」


 いきなりのハイムからのプロポーズである。

 これにはアルダンも私も驚いて少し固まってしまった。

 そんな困惑する私の方へとハイムが振り返る。


「エリン様、急な申し出で申し訳ありません。ですがこれが私めにとっての一大事なのです」

「は?それのどこが一大事なんだ!しかも騎士団長の身分でありながら勝手に自分の持ち場を離れるなど、ただで済むと思うなよ!」


 私がハイムに答える前にアルダンが割って入ってきた。

 いまや彼の顔は熟れすぎたカボチャの様に真っ赤だ。

 殿下である彼にとってみれば、部下が自分の立場を放棄してここに来ているのだから当然の反応だろう。


「騎士団長の地位はもう私には必要ありません。それよりも大事な方がここにいますからね」


 ハイムは胸に着けていた騎士団長の勲章を外すと投げ捨てる。

 彼にとってもうそれは必要ないという意思表示であった。


「私めには彼女さえいればそれで良いのです」

「何だと!?こいつにそんな価値があるというのか?」


 嘲るようにアルダンが言うとハイムはそれに対して淡々と答えた。


「エリン様の価値と言いましたね。殿下はご存じないのですか?エリン様がどれだけ我々民衆に尽くしてくださったか、荒れた地にも丸々としたかぼちゃを実らせる。聖女エリン様のおかげで我らは飢えるという事が無くなったのです」


 長々と私の事を褒めてくれるハイム。

 そんなに褒められては私としても少しこそばゆい。


「そもそも人を価値で判断していたとは、やはり貴方は我が主君としての器に欠けるようだ」

「言わせておけば!」


 アルダンが怒りのあまり自分が持っていたかぼちゃをハイムに対して投げた。

 ハイムはその投げられたかぼちゃを小手ではたくと、かぼちゃは鈍い音を立てて2つに割れてしまった。


「そんな中身がスカスカのカボチャではお腹は膨れませんよ。自分で持っていたのに分からなかったのですか?」


 確かに割れたかぼちゃの中身はスカスカだ。

 これでは確かに食べる部分など殆ど無いだろう。


「エリン様、俺と一緒にこの国から出ましょう」

「そんな事は許さん!貴様ら生きてこの国から出られると思うなよ!」


 アルダンとレーンの間でピリピリとした空気が漂っている。

 二人共私の事など蚊帳の外で揉めているようである。


「あの、私の意見もよろしいですかね?」


 二人が同時に私の方を見た。

 私は一つコホンと咳払いをすると自分の考えを述べる。


「私はもう誰かに自分の生き方を縛られるなんて御免です。だからこれからは私も植物の蔓の様に自由に生きてみたいと思っております」


 私の決意表明に対して呆気にとられる二人。

 二人を尻目に私は舞台の隣に置かれていたかぼちゃの前に立った。

 そして私が両手を頭の上に合わせると、カボチャの蔓が馬の形に、実は立派な馬車へと姿を変える。


「かぼちゃが馬車に姿を変えただと!?」


 驚くアルダンを無視し、私はその馬車に乗り込むと窓から顔を出した。


「それでは皆様ごきげんよう」


 私が挨拶を終えると、馬車は空を駆けると空へと上昇していく。

 もうこの国に戻る事は二度とないだろう。


「エリン!待ってくれ!俺のエリン!」


 私が下を振り返ると、我に返ったハイムが自分の白馬に跨り私を追ってこようとしている所だった。

 更にハイムの後ろには彼の部下である多数の兵士が付き従ってるではないか。


「何やってるんだよ団長!」

「きっと団長がかぼちゃを小手ではたいたのが聖女様を怒らせてしまったんですよ!」


 走りながら口々にハイムを非難する騎士達、そんな彼らに対してハイムも馬を駆けさせながら反論していた。


「まだだ、俺は止まらねえからよ!お前らも付いてこい!」

「は!」


 やれやれ、もう私の事は放っておいて欲しいのだけれども。

 そんな逃避行中の私の真上にはオレンジ色の満月が昇っているのだった。


ーーー


「く、こんな事が認められるか!父上に何と言えばいい!」


 一方、会場に残されたアルダンは空を走る馬車に向けて地団駄を踏んでいた。

 彼にとってはこの状況は想定外、まさかエリンにあんな魔力があるとは思ってもいなかったからである。


「殿下、これはどういうことですか!」

「あんな凄い力を持つエリン様が偽物な訳ないでしょう!」


 群衆から次々に説明を求める声が上がってくる。

 その声が更に彼を苛立たせていた。


「うるさい!僕に指図するな!」

「ほう、この儂にそんな口を聞くようになったか」


 突然の声に驚いてアルダンが後ろを振り返ると、いつの間に来ていたのか国王で彼の父親でもあるパンプ王が恐ろしい形相で彼を睨みつけていた。


「アルダン、この騒ぎは一体どういうことなのだ」

「ち、父上、これには理由がありまして……そうです!エリンは大聖女ナビンの生まれ変わりでは無かったのですよ!彼女の口からも証言を取りました!」


 たじたじになるアルダンだが、何とかその場を取り繕うとする。


「予言の事か、そんな事は分かりきっとる!そもそもあの予言は儂が流布させたのだ。魔力に優れた者をいち早く見つけるためにな」

「ええ……それなら早く言ってくれれば良かったのに」


 パンプ王の思いがけない爆弾発言に、アルダンはヘナヘナとその場に座り込む。

 そんな彼らをエリンの置いていった被り物のかぼちゃが嘲笑うかのように見つめているのだった。


 その後、アルダンは王位継承権を剥奪され追放された。

 そしてこの国では毎年の収穫祭の行事の時に、当時のアルダン殿下への反省を促すダンスとして、エリンが披露していたダンスと同じ踊りを踊る事になったという。

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