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【完結】陰陽師のお仕事 〜歴史の証人〜  作者: カズモリ
1.前編 はじまり
9/50

9. 式 コウ

 土御門は安倍晴明を始祖とする名家で、古くからある公家の一つで、明治以降は子爵であった。


 今は貴族制度が廃止されているので、貴族ではないが、安倍一族では未だに影響力がある。

 そして、やたらと癖が強い一族だ。


 燈の性分は面倒なことが嫌いである。基本的には君子危うきに近寄らず、と考えている。


 だが、どういうわけかこの仕事をしていると危うきものに近寄ってしまう。


 太常様を連れて行ったら喜ぶかしら。


 燈がそんな事を考えているとは太常は知る由もないが、危険を察知したのか突然武者ぶるえがでた。先刻のコーヒー吹き出し事件があったことから、碧は太常をじとっと見て、「またやるの?」と無言の圧をかけた。


「もう、あのような粗相はしません。あれは、忘れてください」

 と、太常が碧をなだめた。


 手にはリンゴジュースを持っていた。どうやらあの後、二度めのお代わりをしたらしい。


 そんなやりとりをしている最中、柴犬程度の大きさの黄色の麒麟が窓からヌッと碧たちのテーブルへ出てきた。


 すぐに3人とも身構えたが、その麒麟はくりくりした顔で、太常の横に座った。

『たいじょうさま、燈様からの伝言です』


 太常が麒麟に触れると燈がみた黒色の文書の内容と燈の考えが、太常の頭の中に入っていった。


 コウは燈の見たものを記憶する。コウと燈は離れていても燈の見たものを記憶できる。


 テレビのリモコンのように対象物がコウに触れると燈の知識を共有できる。知識の共有範囲は術者である燈が設定する。知識を共有できたら、コウは対象物から離れ、主人の元に戻る。


「燈様の術は、面白いですね」

 麒麟はプルプルお尻を震わせて、また窓をすり抜けて出て行った。


「え! 今のお母さんの式だったの?」

「そうみたいだね、碧、僕たちはおばあちゃんの山に行こう」

「え、でも……」


 躊躇する碧を太常はどうぞどうぞ、と手のひらを上にして退席を促した。

「私は別の仕事が入りました。青さん、碧を宜しくお願いします」


 そう言って、太常はリンゴジュースを飲み干した。青は右手で碧の手を掴むと、伝票を左手で掴んで、会計へと向かう。


「言われなくとも」

「ご馳走様です! お金なかったのでありがとうございます」


 青は会計しながら、なんで、金ないのに何杯も飲めるんだよ。


 何より、なんで『碧』呼びしてるんだよ! と心の中で愚痴る。


 青は極度のシスコン(みどりだいすき)である。


 太常は電子決済をしている青に会釈をしてカランカランと扉の鈴を鳴らして、外に出て行った。


「土御門も関わりあるみたいですよ」

「そうなのですか?」

「えぇ。うちみたいな弱小陰陽師よりよほど頼りになりますよ」


 燈はわざと嫌みたらしく言ったが、太常は頭をかきながら、ふむ、と暫く考える。


「いやあ――」

「ストップ。もう言わないでください」


  燈は扇子を鞄に入れ、左手に指輪をはめていた。指輪は英家宗家当主の指輪である。

 麒麟のコウが燈の足下でくつろいでいた。


「行きますか」

 燈の声にコウがピクッと顔を上げ、ヌッと燈の影の中に入って行った。



 土御門の家は東京の郊外にあった。


 とても大きな門構えで、インターホンを押すと、眼鏡をかけた細身の男性が燈と太常を案内する。庭には池もあり、池には鯉もいた。


 庭を歩いていると鯉が動いているのかチャプンと言う音がする。庭や門構えは風流だな、と燈は思う。


 眼鏡をかけた男性は燈と太常に一礼をし、庭にあるテーブルと椅子で待つよう指示された。


 テーブルと椅子は木製でできており、暫く待っていると紅茶と茶菓子のクッキーを出された。

 太常は目を輝かせてクッキーを一口食べると、とても幸せそうな顔をした。


「甘いのが好きなんですね」

「あ、はい。平安時代は甘いものがほとんどないので、貴重です。こちらに来られて良かったです」

「そうですか。意外でした」


  最近ジュースやらお菓子の消費が激しいな、と思ってたけど、碧ではなく太常なのかもしれない、と燈は思った。


 太常と燈が待っていると、燈の背中が汗でジトッとした。そして、凄まじい速さで走って近づいてくる女性がいた。


「燈ちゃーーーん」

  甲高い声が、広い庭に響いた。


 燈は目を閉じて口角を少し上げて、近づいてくる女性に笑顔を向ける。

「お久しぶりです。(あんず)さま」

 燈は席を立ち、頭を下げた。太常も席を立って一礼をする。


「その方はどなたですか?」

 杏の声が響いた。

「安倍晴明の式、太常です。宜しくお願いします」


 先程の眼鏡をかけた男性が「杏さまはお会いするのは2回目かと思いますよ」替えの紅茶とクッキーを持ってきた。3人は椅子に腰掛ける。


「そっかあ、そっかあ。すぐ忘れちゃうのよー。ごめんなさい」

 土御門 杏の良いところは、明るいところである。欠点はすぐに忘れるところだ。

「本題ですが、今度の仕事で本能寺の変を担当することになりました」


「ええ! すごい大変」

「はい。以前、杏さんは本能寺の変について調べたりしましたか? 黒の文書に土御門の名前が述で記載されていました」


  杏は頬に手を置き、眉を下げて悩むようなポーズを取って暫くうーん、と悩んだが、答えが出なかった。


「全く記憶にないの。ごめんなさい」

 燈は自身の背後からコウを出す。

「私の式は私の見ているものを記憶しています。黒の文書に記録した土御門の文字ですが、どなたの能力が分かりますか?」


  コウは杏の足元に近づき、お座りをした。

「かわいいわね、燈ちゃんの式は」


 杏はそう言うって、コウの頭に触れた。触れた瞬間、黒の文書の『土御門』の文言が映像として頭に流れてきた。


 土御門のようで土御門ではない。土御門は自分の名前を記すとき、二重の術で記録をする。


 一つは手から術を出すと浮き出る仕組み、もう一つは術者が文字を読むとその場で砂埃となって消えるようにしている。

 二度と体現できないようにする事を重要文書としているからである。この文書の術文字は土御門ではない。


 杏は記憶を移し終わると、先刻までの雰囲気とは変わったように落ち着いて話し出した。


「おい、燈! これは土御門の文字ではない。誰かがお前と杏を始末――」

 燈は椅子から立つと、鞄から扇子を出し、扇子で五芒星を宙で作る。


「やはり、そうでしたか」


 突然どこからともなく、龍のような形状の炎が飛んできた。燈の作った五芒星に炎の龍があたり、少し怯んだ。


 その隙に杏が地面に触れ、土の壁を作って笑いながら言った。


「燃え尽きたらみな土に戻るけどな」


 嫌なことを言う。

 土御門杏は土御門家当主である。だが、杏自体にはさしたる技も術もない。だが、土御門家の霊魂を呼び、その者の能力を自由に使える。故に霊魂が杏を媒介しているときは杏の意識はないので、覚えていないことが多い。


 太常が席を立とうとすると、燈が制した。

「コウ」


 燈がそう言うと、コウは柴犬から亀のような玄武の形になり、炎の龍を、飲み込もうと口を開けていた。口からは水上吹き出し炎をいくらか鎮火していた。


 太常は息を呑んだ。見事な玄武だった。見事すぎる。これは晴明さまの式と似ている――。


 太常は燈を見た。

「晴明さまの玄武ですよ。あなたの記憶の中をお借りしました」

 燈はフッと笑った。


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