4. 陰陽師
晴明は不服そうに眉間に皺を寄せ「助けるなら私自身が燈を助けても良いのではないですか?」と、腕組みをしていた。
燈は正座を解き、すくっと立ち上がった。
「だめです。一つ、貴方には個人的に恨みがあります。二つ、将棋で言えば王自ら敵陣を刺しにいくなんて愚策は戦略ではありません。三つ、敵陣が針のむしろだったらどうするおつもりですか?」
晴明は笑顔で返す。
「私はとても強いので、2.3は問題なし。1についても、道中に誤解を解けば問題なしです。従いまして、何も障害がありません」
うっとりした表情を浮かべ、再び燈の手をにぎる。
碧は気持ち悪い、と思いつつ、視線を逸らす。
ふと一つの疑問が湧き、思わず口にしていた。
「あのー、その任務は危険なんでしょうか? 」
ただ、歴史を見届けるだけなのかと思ったが、話の展開を考えるとそうではなさそうだ。
燈は押し黙った。
太常が申し訳なさそうに声をかける。
「燈様、碧様にはどこまでお話をされましたか?」
「何も話していません」
「晴明様もご存知だったのですか? それでは碧様が不安になるのも無理はございませんね」
どういうこと?
碧は徐々に不安になっていく。
太常は、よいしょ、と起き上がると「では、私が参りましょう」と言って主人の手を燈から離した。
晴明は慌てて、反論する。
「だったら騰蛇ですよ。男なんて絶対貸せません。何しでかすかわかったもんじゃないですから」
太常も燈もあきれたような顔を見せた。
燈はゆっくりと反論する。
「えっと、騰蛇さまは炎を司ります。英家は木なので、あまり相性が良くないです。それに、騰蛇様も男性では? 加えて差し出がましいですが、私は太常さんが良いです」
燈は騰蛇は私の式とも相性が良くないだろう、と思ったが、いうのをやめた。
「私もそう思います。晴明さま、ここはやはり私が適任かと思います」
「騰蛇は蛇ですよ! 蛇が本体なんです。ですが、太常は、男じゃないですか! 燈をそそのかすかもしれないじゃないですか!」
太常が主人に憐れみの視線を向ける。
「晴明さま、燈様はご結婚されていますよ。それに晴明様と燈様では年齢が随分と離れていますよ」
晴明は従者の言葉に拳をぷるぷると振るわせる。
「そんなことわからないですよ。年齢なんてものはただの数字です。意味がありません」
太常が凍りつくと、燈が援護した。
「自分の親より年上とは嫌です」
晴明がショックを受けたのか、表情が固まった。
だがすぐに正気を取戻し反論する。
「実年齢は変えようがありません。それは些細なことですよ。それより、見た目は燈より若いですよ」
「それから、自分の若さを自慢する男も嫌いです」
晴明は燈の言葉に肩を落とし、太常は真っ青になり、詰まるところ、暫く空気が凍りついた。
碧がのそのそと挙手をする。
「あのー、歴史の証人って、危険な仕事なんですか?」
碧はよそよそしく笑顔を向ける。
大常が言うには、どこも同業他社というのがあり、陰陽師もそうだと言う。
英は安倍晴明の子孫の一派だが、他の陰陽師も同様に一派を有する。
「独占禁止法というものですね。いつの時代も対抗馬がいてこそ、その業界が発展するものです」
晴明が横槍を入れてきた。
扇子をふわふわと動かし、碧の持っていたノートを取り上げると、ページをめくり、白ページにの何やら墨で書いたような文字が浮き出てきた。
「鬼一法眼、芦屋道満、賀茂保憲、智徳法師、弓削是雄、三善清行は覚えておくと良いでしょう」
「出る杭は打たれる、つまり、均衡が崩れるのを良しとしないものもいます。安倍家分家の英を潰そうとするものはいるものです」
碧が不安そうな表情を見せる。何の話だ?
太常はさて、と言うと碧のノートをパシンと閉じて、晴明から碧へ返した。
「碧様はまだ歴史の証人ではないですよ。それに、もう遅いですから、一度お戻りなられた方が良いでしょう」
燈も太常に同意する。
「そうですね。碧、戻るよ」
え、聞きたいことはまだあるのに。
「うん。だけど、どうやって戻るの? それに、まだ歴史の証人として何もやってないよ? 中途半端だよ」
燈は緑の背中をポンポン、と叩いた。
(この子は何も知らないのに、晴明が私を呼び出すために巻き込まれた。本当なら、こんな怪しい家業に拘らせたくなかったと言うのに)
燈はそんな気持ちを押し殺し「碧の気持ちはよくわかるよ。だけどね、これは特別難しい任務だから、一度戻って英家全体で考えることだわ」と言った。
碧は今日の一連の出来事について頭がついてこないが、とにかく家に帰ることは理解できた。
「太常、同行せよ」と言う晴明の言葉に、太常は頭をさげ、「かしこまりました」と応えた。
「ありがとうございます。晴明さま」
燈も頭を下げ、礼を言った。
晴明は頬を赤らめ、手を握ろうと燈に近づく。
「燈、やはり私達は一緒になる運命ではないのか?」
燈はジトっと晴明を見て差し出された手を避けると「私の運命の糸は既に他の者と繋がっております」と言って、碧の手を掴む。
そして、晴明は肩をがっくりと落とした。