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【完結】陰陽師のお仕事 〜歴史の証人〜  作者: カズモリ
1.前編 はじまり
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2. 案内人

 碧は湯船につかり、ため息をついた。

「いやあ、まいったな」

 紙吹雪だらけの部屋を掃除するのに、なんと1時間に及んだ。


 壁と机の隙間や、ベッドの下に入り込んだ紙を回収するのに苦労した。紙を取るために自分で移動できるものだけ家具を移動し、掃除機で吸い取った。


 ベッドの下は掃除機の枝を伸ばし、吸い取ったが、全部吸い取れているのか疑問だ。


 昼間の出来事は、いまだに信じられないが、掃除をしていくと、実際に起きたことなのだと心の整理がついた。


 心の整理がつくと、次に思うことはひとつ。


 今夜再びあの声の主が現れるのだろうか、ということだ。現れたとして、どうやって現れるのだろうか。


 また紙吹雪を大量に発生させるのだけは御免こうむりたい。

 考えても答えは出ない。


 碧は湯船から出ると、棚からバスタオルを取り全身の水滴をとった。その後、近くにおいていたTシャツと半ズボンを履いた。


 濡れた髪をバスタオルで吹き水滴をとった。バスタオルを洗濯機に入れたとき、鏡に何かがうっすら見えた。

 だが、鏡を見ると自分以外に誰もいなかった。


「気のせい かな」


 心臓の脈が早鐘をうち、気持ちが悪くなった。夜に来る、と言っていた声の主かと思ったからだ。


 碧は洗面所の扉を閉めると、リビングに行き「お母さん」と大声で叫んだ。



  「それで、驚いて怖くなって、私を呼んだ、ということ?」

 碧の母はリビングのソファに座り、腕組みをした状態で碧に聞いた。


 碧は、半ベソをかきながら、こく、とうなずく。


 碧の母の(あかり)は、困ったようなため息を吐き、少し待っていてと告げて微笑み、碧の頭をぽんぽんと叩くと、ソファから立ち上がり、リビングを後にした。


 母はこの一連の出来事を馬鹿にするでもなく、訝しがるわけでもなく、ただ、碧の言葉を素直に聞き入れた。


 5分ほど経っただろうか。


 碧の母は「お待たせ」と言って戻ってきた。


 その左手には扇子を持っていた。


「お母さん、扇子? なんで持ってきたの?」


 燈は恥ずかしそうに笑うと「まあ、見ていてくださいな」と言って、扇子を広げた。


「あ、碧は紙とペン持ってきてね」

「え? あ、はい」


 碧は階段を駆け上がると勢いよく部屋の扉を開ける。


 机の引き出しから、ペンと鉛筆、新品のノート、それから、机の引き出しにしまったあの紙切れを持って、再びリビングに現れた。


 燈は碧から紙切れをつまむと、扇子の上に置き、瞳を閉じて、ふん、と力強く目を瞑った。


 燈に呼応する様に扇子が紫の光を放ち、リビングを光でいっぱいにした。


 眩しい、と思い目を瞑る。


 まぶたの向こうから、光を感じなくなるまで目を瞑っていた。目を開けた時、そこにはリビングはなく、ずいぶんと古い木造建築の中にいた。


 床は(すす)で黒く塗られており、歩くと煤がついた。

 

 燈は碧に「大丈夫?」と尋ねるが、碧は状況把握ができない。


「お母さん、えっと、家にいたよね?」


「そうね。時戻りをしたから、お家ではないわ。今は何時代なのか、場所もどこなのか正確にはわからないけど、碧の言うことが正しければ、安土桃山時代かな」


「は? 安土桃山時代?」


 碧は目を丸くし、燈の言葉が信じられず、声が大きくなった。


 そんな碧の姿を見て、燈は口の前に人差し指を立て、『静かに』のポーズをする。


「まあ、信じがたいよね。でも、今日、信じられないことがたくさんあったでしょ? だから、お母さんの言うことが信じられなくても、これが現実で事実よ」


 碧は黙って、母の話を聞いた。


 燈は扇子の上の紙をつまみ、ポケットにいれ「私の実家はずいぶん昔からある名家の分家の分家の分家みたいで、詳しくは覚えてないけど」と言って扇子をパチン、パチンと折っていく。


「まあ、兎に角、そんなような家で、昔から超能力があったのよ」


 碧はごくり、と唾をのみ込み、母を見る。


「この力は時戻りと言ってね、時間を戻すことができる力なの」


 碧は、信じるしかなかった。燈は子供をチラッと見ると、話を続ける。


「なぜ超能力があるか、というと、ある役目を果たすために代々力を受け継ぐのよ。時回りもその一つ」


 扇子を畳みおえると、風呂敷を広げ、扇子をしまいながら「12歳になったら、時戻りの修行をするんだけど、碧はどうやら、こちらから呼ばれたみたいだし、こちらの人が碧を連れて行ったら、あなた帰ってこられないから、私も来たのよ。それに、なんだか、きな臭いしね。碧が話してくれて良かった」と言ってにこりと笑って、碧を見た。


「お母さん、ありがとう」

「それで、ある役目というのはね」


 碧は頷く。


「歴史の証人と言う仕事を家業としているのよ。歴史の証人はね、歴史の中の謎を解き明かすことが仕事よ」


「謎を解くと言っても、たいしたことではないのよ。ただ、見届けるだけ。見届けて、歴史書に記すのよ だから、時戻りが必要なの」


 どういう意味だろう。

 いまいち良くワカラナイ。


「言葉通り、ただ見るだけなの。その時代に行って、見るだけ」


「どうやって? そもそも歴史の何をみたら良いかわからないよ。それに、どうしてあの人はこちらと繋がったの?」

「まずは『どうして繋がったか』については、文送りよ」


「時戻りをするとき、自分の意志から時代を選ぶ場合と、文送りと言って、今の時代のものを付して文を飛ばす方法があるの。文送りでは、自分で時代を選べないから、どの時代に文が届くかはわからない。だから、その時代にいる能力者が文を返してくれたら、契約成立なの」


  なんと言うことだろう。


 碧が朝顔の種を入れて飛ばしたことが、文送りの儀式となったらしい。

 しかし気になるのは、もう一つの疑問点、何を調べろと言うのだろうか。その質問の答えを燈は教えてくれない。


 燈は思い出したように突然、あ、と声を出すと、右手で左手のひらをポンと叩き「碧はまだ新米の新米で、芽すら出てないから、研修中って書いておくのよ」と告げた。


 碧は自分の身なりを見る。

 持っているのはノートとペンと鉛筆。


「どこに? ノートに?」

「貸してくれる?」


 燈は碧の手からペンを取る。『油性』の文字を確認すると、躊躇なく、碧の服の左胸に文字を書書き始めた。碧は焦って、燈を振り払おうとする。


「信じられない。この服、まだ一回しか着てないのに。なんで書くの」


 碧はさっきまで感動していたが、今は呆れたような目で母を見た。

 子供の発言など聞こえていないかのような涼やかな顔で、燈はペンにキャップをつけ、碧にペンを返す。碧は諦めたように、肩を落として、ペンを受け取り、胸の文字を見た。


 ーー研修中。


(なにこれ。だっさ)


「さっさと書かないからよ」

 燈が楽しそうにニカっと笑っているので、碧は文句を言いたげに、じろっと燈を見た。



 その時、目の端に何か動くものが見えた。男の姿をして、昼間に見たあの紙吹雪に似ている。


 黒い衣に身を包んだ男は背丈が180センチほどあるのか、この時代には珍しいほど背が高かった。

 

 少しずつ近づいてくる男の顔が、月明かりに照らされて良く見えてきた。年齢的には40代くらいだろうか。


「おや。迎えに行く前にいらしているとは思わなかった」


 低い声だった。


 紙吹雪の声とは違うような気がするが、気のせいか。


 燈は声のする方を振り返り、自分の横に立つ男を見ると、さっと身なりを正し、軽くお辞儀をした。


 碧も母を真似して、慌ててお辞儀をする。


「初めまして。私は歴史の証人 英家98代目の当主 燈です。こちらは私の子供の英 碧です」


 男性は狐のような細い目をさらに細くし、緑はと燈を見た。


「私たちとは随分と身なりが違うようだ。その姿では目立ちます。早くお着替えをされたほうが良いですね」


 歴史の教科書でしか見たことがないような着物を着ている男は昼間の紙吹雪でみた男の顔とは違ったように見える。


 碧が眉を寄せていると、男はくすり、と笑った。


「私の顔が珍しいですか?」

「いえ、そうではないのです。昼間のお顔の方だな、と思いまして」


 碧は慌てて否定すると、男は納得したのか、眉を下げて、ふふふ、と笑った。


「私はただの案内役です。主人のいる部屋まで案内します」



 よく笑う人だな、と碧は思った。

 その笑顔は目が笑っておらず、心から笑いではなく、上部だけのように見えた。


 燈が碧の肩をポンと叩き、一歩前に出る。

「案内してくれませんか? 初代 歴史の証人 安倍晴明のところへ」


 燈と碧を案内している男の名前は太常(たいじょう)といい、安倍晴明に仕えていると教えてくれた。


 太常の半歩後ろを歩く燈は、呆れたような顔をし、燈の一歩後ろを歩く碧は少し表情が固かった。


 お母さんも、この太常って人も、安倍晴明って、言ってたよね。あの手紙の名前は本当にそうなのか。

 だけど安土桃山時代ってことは、安倍晴明と時代が合わない。

 安倍晴明は平安時代の人物でしょ。500年以上未来に来てるってことになる。

 時間軸がバラバラじゃないか。


 初代 歴史の証人、安倍晴明。

 母の言葉が碧を不安にさせる。


 時間軸を自由に動かせるものだろうか。歴史の証人というのは。


 長い廊下を歩くと床鳴りがした。

 外は暗く、月明かりを頼りに歩くと、目も慣れてはくるが、床なりの音が不気味で嫌な感触がする。


「晴明さまは、お二人が既にいらっしゃていることをご存知でしたよ。だから、私を寄越しました。私はお二人を見るまでは半信半疑でしたが、晴明様のおっしゃるとおり、既にお二人がいらして、さすが晴明様だと思いました」


 太常の話を燈は信じていないのか、冗談をあしらうように応える。


「太常さまも気付いていたのではないですか?」


「とんでもない。私にはそんな能力はないですよ。それより、お召し物を変えないのですか?」


 太常は、口角をあげ、碧をチラッと見た。


「服ないんですよね。突然だったので」


 燈がそっけなく応えた。 

 太常は燈の嫌味をさらっと受け流した。


「それは失礼しました。お召し物を意のままに、変化できると思っていましたので」


「え?」

 碧は思わず、声が漏れた。


「そんな簡単に服をホイホイ出せるなら、食べ物やお金を出してますよ」


 燈の返答に太常はいやはや、と言って肩を落とした。


 しばらく床鳴りのする廊下を歩いた後、広い部屋の中に入った。

 床の間から2メートルほど離れた場所で太常が足を止め、ここで待つように指示を出した。


 床の間には掛け軸が飾ってあった。

 碧が掛け軸をぽけーと見ていると、太常はわざと緑の視界に入り、一礼をして去っていった。


 燈が「座りますか」と言って、碧を座るように促す。碧は首を縦に振って、正座をした。


「お母さん、色々聞きたいことはあって、一番気になっているのが、私たちがここにいる間、時間軸はどうなってるの?」


「大丈夫。時間軸は動いているけど、気にしなくて良いレベルだと思っていいわよ。それより、後で話すね」


 燈の言っていることがわからないが、今はこれ以上の会話は不要ということなのだろう。

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