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【完結】陰陽師のお仕事 〜歴史の証人〜  作者: カズモリ
1.前編 はじまり
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1.はじまりの手紙

 拝啓 この手紙を見ている方へ


  初めてお手紙を書きます。

 あなたがこの手紙を受け取ってくださったこと、ありがとうございます。

  風船につけていた、この手紙をご覧になっているということは、手紙と一緒に同封した朝顔の種にもお気づきになりましたか? それとも、封筒の端が破けて種はなかったですか?

  もしくは、黒い小石が入っていると思って、既に捨ててしまわれましたか?

  もし、捨ててしまっても、運悪くアスファルトに落ちてしまわない限り、きっと花が咲きますから、あまり気になさらないでください。

 あなたのお手元に無事、種がありましたら、土のあるところに種を埋めてくださると、きっと数ヶ月後には花が咲き、素敵な風景になっていると思います。

 少しお手間ですが、是非植えてみてください。

  そうすれば、僕も朝顔もとても嬉しい気持ちになります。

  そして、時々水をあげてくれると、言うことなしです。

  ご迷惑でしょうけど、宜しくお願いします。


 追伸:もし、あなたがご返信くださるなら、丸美小学校 三年 (はなぶさ)(みどり)までご返信ください。


  英 碧さま

 あなたからいただいた朝顔は、すくすく育ち、植えてから一月後には桃色の花を咲かせました。

  とても可愛らしい夏の色です。

 今の世の中では、なかなか落ち着いて花を愛でることもできなかったので、あなたからの素敵な贈り物にとても嬉しく思いました。

  ありがとう。

  安倍晴明より


 碧は郵便受けに入っていた茶色く汚れた手紙の封を開け、これまた茶色く汚れている便箋の文面を読むと、首を傾げた。


  安倍晴明なんて、ふざけた名前だな。それより、何よりこの手紙――

 手紙の宛名を見ると、碧の名前以外表に裏にもなにもない。

 やっぱり、切手が貼ってない。もちろん住所も記載がない

  直に投函したなら、もっと綺麗でも良いはず。泥水でもかけたかのような小汚い封筒と、所々茶色の染みができている手紙に違和感を覚える。


  敢えて封筒を汚した? 何のために?


 そんなことを考えながら、玄関の戸を開けて、靴を脱いだ。手紙と封筒を玄関横の廊下にある棚に置くと、洗面所に向かい、ハンドソープのポンプを押して泡を掌に出した。満遍なく手に馴染ませながら、また古びた手紙の事を考えた。

 なにより不気味なのは我が家の住所を知っていることだなぁ。


 封筒にも中身にも相手の住所は書いていなかった。返信はしたが、これ以上連絡を取り合う気もない、ということだろう。

 風船を放った姿を見た誰かが、かわいそうに思って返事をくれたのかな。 だから安倍晴明なんて名前を書いたのかな。いかにも(いぶか)しく思う様に。


 碧は泡だらけの手を水で流すと、棚にしまってあったタオルで水気を拭き、玄関横の棚に置いた小汚い手紙と封筒をつかむと、リビングの中に入った。


 冷蔵庫から、麦茶をとりだし、コップの半分程度に注ぎ、それを一気にのみほした。飲み干したコップを流しに置くと、リビング内にある階段を登り始めた。階段を登り切ると、腰高窓が左にあり、碧は窓の外をチラッと見た。



 外には日傘をさした着物の女性がいて目が合ったような気がした。碧はドキリとして、咄嗟に視線をそらした。

 

 碧の家は東京と埼玉の県境にあり、碧が2歳の頃、7年前に両親が分譲一戸建てを購入した。


 黒色の屋根にグレーの煉瓦造りの外壁を有するこの建物は、似たような建物がいくつも並んで、パッと見、見分けがつかない。それでも、この一帯の中で、周囲より少しばかり大きな南向きの庭を有しており、青々とした芝生の端には、黄色の花弁に中央が紫色のパンジーがいくつも咲いていた。


 この小さな空間を守るために両親は働いている。わかりやすい建物の老朽や庭の草花の変化には気がついても、中に住む人の心の変化には気づいていない。



 愛されているとは思う。ゆっくり話すことがなくとも、服は定期的に買い与えられ、必要なものは提供される。

 ――でも、孤独だった。食事は提供されても話す時間はない。


  小さな灰色のレンガの空間と学校まが碧の世界の全てで、外の世界と接することはない。だから、誰でも良かった。なんでも良かった。外と接することができるなら。


 数日前に新聞である記事を見た。九州の小学生がひまわりの種を飛ばしたら、四国の男性のところまでひまわりの種が届いたそうだ。


 そして男性は小学生がひまわりの種と一緒に飛ばした手紙のメッセージに則り、ひまわりを育て始めた。三年後、一粒のひまわりの種が沢山のひまわりへと育ち、その写真を風船を飛ばした小学校へ送った。


 碧はその記事を読み、これだ!と思った。退屈な変化のない毎日から、連れ出してくれる気がしたので、碧は風船に朝顔の種をつけて、飛ばした。

 だが、碧は三年も待てないので、向日葵ではなく、朝顔にした。その代わりと言ってはなんだが、種は一粒ではなく10粒入れた。誰かが見つけて育ててくるたら、朝顔だらけの写真を付した手紙の送り主と、文通ができるかもしれない。


 そんな期待を込めて、風の強い日に風船を飛ばした。



  誰かとつながりたい。でも、個人情報をむやみにさらしたく。そんな矛盾から碧は自宅の住所ではなく学校名を書いたが、手紙は自宅に届いた。


 残念なことに、風船は遠くまで飛距離を延ばすことなく、碧が風船を飛ばした地点とほぼ変わらぬところに着地もしくは割れたのだろう。そして、手紙には碧の名前を書いているので、碧のことを知っている人物もしくは碧が風船を飛ばした姿を見た人物に拾われたのだ。



 腰高窓の右隣に茶色のドアがあり、碧はドアを開けて部屋に入った。ベッドに横たわると、深く息を吐いた。薄汚れた手紙と封筒を半目で睨む。


「悪趣味だな」


  返事をくれたのは嬉しかったが、差出人の名前がおおよそ実名とは思えない人物名にして返信をすることと言い、わざわざ封筒や便箋に茶色のシミをつくって時間が経過しているように思わせて、自宅にポストインするなんて、からかっているとしか思えない。


 もらった手紙を封筒に戻そうとしたが、何かに引っかかり、便箋を封筒に戻せない。


  封筒の端が曲がっているのかな、と思い、碧は封筒をそっと覗いた。


  中から小指の第一関節程度の大きさの紙が突風とともに宙をまって出てきた。何事か、と碧は思ったが、状況をつかめぬまま、ただ、飛び出してくる紙を見ているだけだった。

 およそ数秒ほど停止していた碧の思考回路は、ゆっくりと動きだしたが、まだ反応は鈍い。


 手品なのか。それとも、幻なのか。いや、手品だ。と、堂々巡りをするだけだった。


 封筒からは沢山の紙が飛び出し、あっという間に部屋中に紙が舞いだした。しまいには、竜巻のような渦をつくり、くるくると紙が部屋の中心で回転している。


 時間にして10数秒だと思うが、碧には数十分にも及ぶ事態に感じた。停止していたのは思考回路だけではなく、心臓も停止していたんじゃないのかと思うほど、うるさく拍動を打っていた。


 規則的に宙を舞っていた紙は、徐々に集合していき、人物の顔のような形態を形成しつつ、宙に浮いた。



「初めまして、えっと、英 碧さんですか?」


 人の顔型に集合した紙が声を出した。


「え。は、はい。はなぶさ みどりです」


 紙の集合体を手品だと思うことにした碧は、自分が置かれている現状を少し俯瞰してみることができ始めていたが、また思わぬ事態が生じ、再び脳が考えることをあきらめた。

 ただし、あり得ないことだ。と、片隅には意識しつつ、謎の声に問いかけに答えていた。


「良かったです。素敵な贈り物を届けてくれて、ありがとうございました」

 謎の声は、低めの声で、恐らく男性だろう。年齢までは推察できない。

「いえ、そんな。こちらこそ、育ててくださり、ありがとうございました」


 なんでちゃんと返答しているんだか、と思ったが、それ以外のことが思いつかなかった。碧の戸惑っている様子がわかるのか、謎の声は話をつづけた。


「あ、驚かせてしまって、申し訳ない」

「あ、いえ……」碧はとっさに、否定したが、小さく、唾をごくり、とのみ込んだ。


「えっと、あなたに伺いたいことは山ほどありますが……、まず初めに気持ちの整理をする上で大事なことなので、教えてください。その、これは何かのマジックですか? 手品の一種ですか?」

「……マジック?」

 紙の集合体の眉とおぼしき場所が少しだけ、中央によった。


「はい。だって、今、紙の集合体から声が聞こえ、その紙と会話をしています。突然封筒から紙吹雪が舞うのだって、ありえないことです。何か仕掛けがあるのではないか、と思うのが普通ではないでしょうか?」

「なるほど。そういう考え方もありますね」


 紙の集合体は納得したのか、中央に寄っていた眉頭をもとの位置に戻した。一方、碧はこの手品の種明かしを得ていないので、不満げな顔をしている。


「考え方の違いといえる範囲を超えていると思います。 驚かせるつもりで、このような手の込んだマジックをされているなら、大成功です。もっと年老いていたら、恐らく心臓は止まって、再拍動をしなかったと思います。それ位、驚きました」


「それは、それは・・・」と、謎の声は小さく、くすくすと笑った。

「あの! それで、質問に対する回答を教えてもらえませんか」


 碧は食い下がったが、声の主は冷静に言い放つ。


「今はこの場で申し上げることはできません。ただ、あなたも同類とお見受けし、接点を持ったのです。より強力な同類の力が必要なので、あなたにお会いしたかったのです」

 声の主は「ふっ」と可笑しそうに鼻で笑うと、「まさか、こんなにお若い方とは思いませなんだが……..」

「それは、期待外れで申し訳ないですね」碧は少しむっ、として回答した。


「勘違いなさらないでいただきたい。あなたが考えているような方向性とは違います」

「私の考えがわかるのですか?」

「おおよそは、想像がつきます」と、声の主は言うと、「さて」と、話題を変えた。


「私も長くは話せないので手短に伝えますね。今晩改めて伺います。そのときはどうぞ、あなたの母君にもご一緒にお会いしたいものです。あなたの質問にはその時に回答します」

「なんで、母さん? て、いううか、あの、せめて、あなたの名前は」

 声の主は、碧の質問を最後まで聞かず、話をかぶせるように回答した。


「手紙に記した名で呼んでください」

「いや、偽名でしょ、それ。って、ちょっと」


 碧が話終わる前に、謎の声を発していた紙は重力に逆らって宙を漂っていたのがウソのように、一気に床に落ちた。

 碧は床に散らばった紙屑をみて、ため息をついた。散らかしたのは、私ではないが、掃除をするのは、きっと私に違いない。


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