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潜水少女  作者: 小萩珈琲
3/4

3起承転結の転

「困るなあ」


 ヤツカ様は不機嫌そうであった。私が、木天蓼神社に行き、お守りを見つけ出してほしいとお願いをした者だと、自己紹介をした途端、猫が欠伸をしたような間の抜けた声を出し始めた。


「もみじ、この子で間違いないのか?」


 そう言うと、階段の上から神社で会った白黒の猫が顔を出した。私の方に近寄り、二度三度ふんすふんすとにおいをかぐと一言「なあ」と鳴いた。


「もみじが言うのならば間違いないんだなあ。いやあ、君困るよ。落とし物の特徴くらいちゃんと言わないと、探せやしないだろう。それかメモを残しておいてもらわないと。君はまだ学生だからいいかもしれないけれど、それじゃあ社会に出た時に困ることになるよ」


「すみません」


 いいけどさあと、続けざまに文句を垂れるこの方が、かの有名なヤツカ様であるとすると、てんで私の想像とは違っており、神々しさの期待の大空振りを食らったのであった。


「その猫ちゃんはもみじちゃんというのですか」


「そうだ。ちなみにお前が神社で会ったもう一匹の名前はみかんという。みかんも来ているはずだけど、あいつは根っからの人たらしだからなあ。どこかで人に媚を売っているのではないかな」


「確かに、私も神社では見事に誘惑されました」


 今や、学校中の方々から猫の鳴き声が聞こえてくる。何気なく振り返ると、体育館の床下へとつながる通気口の奥にも、灰色の猫の毛並みが見えた。学生よりも多いのではないかと思える。


「できたぞお!」


 ふいにヤツカ様が声を張り上げた。新しい悪戯の仕込みが終わったようだ。


「早速、図書室に行こう。あの部屋がこの校舎で一番広くていい」


「私の探しものは探していただけないのですか」


「そんなもの特徴を教えてくれればすぐに見つかる。これまで、私は学校中、そしてこの街中を歩き回ったからな。ある時はバスに乗るサラリーマンに扮し、またある時はこの学校の教師に扮してだ。何故ならば私は森羅万象の情報をつかさどる神だから」


「割と泥臭く情報を集めるのですね」


「当然だ。情報は己の足で稼ぐ。これ仕事の基本だよ。さあ、図書室へ行こう。そこで詳しく話を聞かせておくれ」


 私はヤツカ様に促されるまま、一足先に校舎内へと入り二階の廊下でヤツカ様を待った。人目につかぬように図書室に向かうと言うので、如何様な神様的技術を見せて頂けるのだろうとわくわくしていると、窓の外から「お待たせ、さあ行こうか」と声をかけられた。

 そこには二本の鉄パイプがにゅっと生えており、白くほっそりとしたヤツカ様の足が、鉄パイプに付けられた三角の足場の上にのせられている。どこからどう見ても竹馬であった。ヤツカ様の体は窓枠よりも上の方にあり、私の方からは足しか見えない。


「そんな大きな竹馬をどこで?」


「これは今朝作った。プールの底に沈めて隠しておいたのだ」


 顔は見えずとも得意げな様子が声から聞き取れた。

それはかえって外からは目立つのではないかと私は心配になった。


「ヤツカ様のお顔を見ると死んでしまうというのは本当でしょうか」


「死ぬわけじゃないけど、似たようなものかな。私の瞳の奥はアンドロメダ銀河まで届くほど深い輝きをひそめている。不用意に見つめてしまえば、しばらくはその深みの中にどっぷりとはまってしまいかねないよ。そうすれば、お前は神の目線の中に取り込まれるのだ」


 神の目線とはこれ如何に、と疑問符が飛び交うが、どうやら私の想像するところの、幽霊的なものが見えるであるとか、神様の世界が見えるといったものとは少々異なるようである。私の安易な想像はヤツカ様に「メルヘンだね」と鼻で笑われ、まったく恥ずかしい気持ちになってしまった。


「お前たちは物を解釈する時、目で見た情報を得るだろう。例えばそれが運動している物体であるとか、静止している物体であるとか、色であったり、形であったり。そもそも外的なものが、お前たちが解釈しようとすることによって少しずつ理解の内側に取り込まれていく。しかし、それらをいみじく内側に取り込もうとするが、それは真実の姿なのか、と疑問に考えたことは無いか」


 しばらく考えたが、素直に「あまり意識したことがありません」と答えた。ヤツカ様は残念そうにため息をついた。


「そもそも人間は赤から紫の範囲でしか光を捕らえられていないんだ。世界はこんなにも色と物質であふれているのに」


「というと、神様は、ヤツカ様は私の見えていない視点で、物体を理解できるということでしょうか」


「つまりはそういうことである。例えば、静止しているものも実は運動している物体が平面投影していることもあるし、単振動している物体が実は円運動していることだってある。単純に言ってしまえば、お前たちが見ている外側の世界を私は常にみている」


 私たちが見ている世界の外側、というとそれも一つのメルヘンではないかと心がうずうずと躍ってしまう。


「私の目を見ると、その世界に行ってしまうぞ」


「あな、おそろしや」


 図書室に近づいてきた。茜色の空が窓をすり抜けて廊下に矩形の光の絨毯を広げる。絨毯の先の突き当りにわが校の図書室がある。コの字型の北校舎の背の部分を丸々一辺すべて図書室として確保しているのだから、わが校の図書室というのはとにかくだだっ広い。


「ちょっと先に行くから、少ししたら入ってきて。中で、探し物について詳しく聞こうじゃないか」


 そう言うと、ヤツカ様の声が途絶えた。窓から部屋の中に入り込んだようだ。

五分程経過したころ、図書室の中から、「え!」とか「うわ!」という声が聞こえ始めた。自習か、読書かで中にいた人の身に何か起きたようだった。そう暫くして、戸の奥から「きれいね」と呟くような声が聞こえたため、私はおそるおそる戸を開けてみた。


 私の背丈ほどもあるススキがぼうぼうに生えて、図書室内を埋め尽くしていた。

どこからともなくリーンリーンと鈴虫の鳴く音が聞こえる。窓から差し込む夕日に照らされているせいか、ススキの頭が金色に揺れて見えた。

辺りから困惑と感嘆の声が入り混じり、互いに干渉して聞こえた。


「また、変なことが起きた」「でもこれは綺麗ね、素敵」「おい、前が見えないぞ、出口が分からん、参ったな」確かに、この様子では動き回るにはいささかデンジャラスである。


 足元に一匹の猫が現れた。茶白の猫、みかんであった。

 こっちにこいと言うように、体をススキの中に入れて尻尾を振った。私は丸こい背中を頼りに、伸びたススキを両手でかき分け、身をよじるようにして、できるだけススキを折ってしまわないように進んだ。地面はもともとカーペットが敷かれていたはずだったが、今はこれもススキの茎が横倒れになり、畳のように敷き詰められていた。下に注意してばかり進んでいると、ふいに目の前に巨大な本棚が現れ、私は何度も古い書物たちに頭突きを食らわす羽目になった。


 右に、左にくねくねと曲がるうちに、すっかり自分の居場所が分からなくなりかけた頃、みかんは立ち止まり、一人掛けの自習机の前で私の足元にすり寄ってきた。私は椅子に座り、ミカンを抱き上げて膝の上に座らせた。


「それでは、お前の探し物について詳しく聞こう」


 ススキの壁の向こうからヤツカ様の声だけが聞こえた。


                   〇


 前述したとおり、私の母は大変美人な方であった。それに加えて大変気の強い方だったとも言っていた。母の体を心配する父が手術に備えて神社を回り、由緒正しきお守りを買い漁るのを見て「みっともないから、おとなしくしていなさい」と一喝したという。

 父が奔走して集めたお守りには一切頼らず、母が病院に持って行った物は、ある日の旅行で偶然見つけた赤い手毬のお守りであった。

 赤の菱形がちりばめられた小さな手毬に、紐を通すような穴が通っている。大きさはビー玉ほどで、母はそれに赤い紐を通して、ストラップにしていた。


「どこかも分からない神様の品より、このお守りが守ってくれるに違いないわ」


「そんなあ、せっかくたくさん買ってきたのに。こっちのがご利益あるよたぶん」


「私だって神様にお願いしたもの」


「なんだよ、ずっと家にいたじゃないか。神社で買ったものでもないし、温泉旅館のお土産売り場で買ったやつだぜ、それ」


 結果的には母は病院から帰ってくることは無く、家に帰ってきたのはお守りのみとなってしまったが、それをとがめることなどしない。よほどその赤い毬が気に入っていたんだね、と私は父に言った。

 それを、不注意であっけなく失くしてしまう自分の不甲斐なさったら、情けない。今となっては私が持てる唯一の母との絆であったというのに。


                   〇


 私が淡々と話している間、ヤツカ様は静かに聞いていた。時折、ススキの向こうで居なくなってやしないかと不安に駆られた。話し終わると「もう、終わり?」と聞く声がしたので、ああ、本当にまだ居たんだなと分かった。であれば、相槌くらい打ってくれてもいいのに。


「あい分かった。では探そう。その手毬の様なものを、まだ私は見ていない。詳細を聞いたことだし、本腰入れてさがそうかね。見つかったら、何らかの方法で教える」


「ありがとうございます」


「うん。帰る時気を付けて、なんせ図書室中ススキまみれだから、ひとたび迷ってしまったら、にっちもさっちもいかないだろうから。みかん出口まで連れて行ってやってくれ」


 ヤツカ様がそういうと、私の腿をふみふみしていたみかんが液体の様にぬるりと降りた。


「何か、質問はあるか。あれば手短に頼む。今日は噂のおはぎを食べに行く予定だから」


 少し考えた。ヤツカ様にこうして話をしていること自体、神秘的で奇跡の様な体験であるから、もう少しいろいろ聞いてみたい気もする。しかし、気まぐれに適当な質問を投げかけて、落胆させたくないという妙な意地もありつつ、私は会ったら聞こうと思っていた疑問を投げることとした。


「お賽銭で百円というのはかなり高価ではないでしょうか」


 すると、ヤツカ様はややあってから、あたりのススキを揺らす程大声で笑った。


「馬鹿垂れ、世の中の物価が上がっているのだから当然、賃金もあがるわい。神様の人件費が百円だぞ。格安じゃないか、労働基準法違反の領域だよこれは」


「賃金ととらえるとそうかもしれません。百円は格安です。では、もっと高くしては」


「うーん。でも取り過ぎるのも私の方針に反するんだなあ。安過ぎず、でも報酬としての金額は欲しい。その自己矛盾の中で許容できるぎりぎりの金額にしたつもりである。百円くらい自販機の下からも見つかるし」


「納得でございます」


 日が傾き、真っ赤に染まるススキの林の中、私はみかんに連れられそそくさと出口へと向かった。


                    〇


 珍しく雨が降った。

 快晴の合間をかいくぐって到来した雨は、街をどっぷりとした湿気で覆いつくし、まるで街全体が海底に沈んだかのようであった。私は海底に同化する魚の様に、ただじいっと机に座り、ピーター・シムプルを読み耽っていた。

私は脳内に海岸線を思い浮かべ、そこに自らの影を落とした。潮の香りを満面に受け止め、きしきしと帆の張る音に耳を澄ませて水平線の向こうを眺めていると、不思議と私も乗組員の一人となった気持ちになれる。錆びた手すりにもたれて、さあアイリッシュ海にブドウジュースで乾杯しようとしたところ、携帯が振動して現実世界へと早々に帰着した。


「ヤツカ様ってやっぱり本当にいたのね。どんな感じだった、詳しく!」


 昨日の夜に送ったメールの返信が来た。渡利さんは純粋で聡明な乙女代表であるが、文体は非常に親しみやすい表情をしている。


「声はお腹に響くほど低くて、温かみのある優しそうな声だった。顔は見てないけど、腕は見た。ひょろひょろしていてびっくりするくらい長かった」


「そう聞くとなんだか妖怪みたいね」


「そうなの、妖怪みたいなの」


 渡利さんの本体はと言うと、同じ教室内の窓際の席に居るので立って近づけばすぐに話ができるのだが、彼女と私は直接話したことがない。正直に言うと、私はこの距離感をむずむずするほど楽しんでいる。渡利さんから送られてくるメールを待っている時などは、さながら、飼い主の合図を待つ犬のごとき心境に少し似ている。ただここに主従関係が生まれているわけではないということだけは強く主張はしておく。


 渡利さんの席のあたりは今日も人がちらちらと集まって華やかである。海底に咲く一凛の華にみなが吸い寄せられる。


「あとで、みんなとプールに行くんだけど、米谷さんはどうする?」


「今日、ものすごく雨降っているよ」


「傘をさせばいいじゃない。それに、少しくらい肌が濡れていたほうが、色気が出るわよ。米谷さん可愛らしいのだから、少し色気が出れば男どもなんてイチコロよ」


「イチコロにしたところで得が無いからねえ」


 午後になると雨脚が強まり、静かな深海から景色はすっかり一変した。地面にたたきつける様な雨で、廊下まで水浸しになり、下駄箱から下りる階段の下は水たまりが出来ていた。おかげで購買からの帰り道、私はずぶぬれとなってしまい、意図せず水も滴るいい女と化したわけであるが、イチコロになる男などおらず、皆ずぶぬれの犬を見るかのような憐みを含んだ視線を送るばかりであった。

 ずぶ濡れになったのはプールサイドにいた渡利さんも同じであったようで、ぱたぱたと教室に駆け込んできた渡利さんとその仲間たちも全身びっしょりと濡れていた。制服の袖がぴったりと腕に張り付き、妖艶な桃色の肌が透けて見えた。その、愛らしさにクラス中の男どもは揃いもそろってくぎ付けである。どこからともなく、男子たちからハンカチやタオルの差し入れがひっきりなしとなった。

 これが、女性としての魅力の違いか。私は小さなハンカチで額を、髪を拭きつつその光景を眺めていた。購買で買ったチョコドーナツの紙袋が皺だらけであったが、中身は無事だった。とにかく甘いお菓子の香りには心が安らぐもので、冷え切った体にじわじわと幸福の波が広がる。糖の心強さのたるや、間然する所なし。


 渡利さんからメールが届いた。


「タオル借りたんだけど使う? ハンカチじゃ追いつかないでしょう。風邪をひいてしまうわ」


 なんて優しい人なのだろうと思った。携帯を持つ私の手が震える程、渡利さんの思いやりは私の心を打ったが、私は丁重に断った。


「ところで、米谷さんのなくしたものって小さな手毬のストラップよね」


「うん、そうだよ」


「見間違いかしら。さっき、どこかで見たような気がするの」


「本当に⁉」


 その時、大きな風の塊が窓にぶつかって、割れんばかりに窓が揺れた。教室がどよめき、小さな悲鳴が漏れる。隣の教室の窓は割れてしまったようだ。大きな悲鳴と、がちゃがちゃとガラスを踏む音が聞こえた。

 一時騒然となる。誰かが職員室に先生を呼びに行ったおかげで、すぐに能條先生とほか教師二人が駆けつけてくれた。生徒を廊下に出し、段ボールと布で窓を補強するので四苦八苦。なんとか水浸しになった教室と、窓ガラスの破片を撤去する作業へと移行した。

 私はあっけにとられ、ただぼんやりとそれを傍観していた。男子生徒の中には手伝いをする者もいたが、ほとんどの生徒はほかの教室に逃げ込んでいた。

 能條先生がモップで床に散った水を吸い取っては、バケツに絞りだしている。


「手伝いましょうか」


 たまらず、私は教室の隅に転がっていた雑巾を手に取って能條先生に近づいた。


「雑巾はいいわ、ガラスで手を切られても困るから。そうね、布と段ボールを持ってきてもらえるかしら、あと棚田先生も呼んできてもらえる? たしか、今は二―三で授業をしているはずよ」


 棚田先生は社会の先生で、学校ではいわゆる便利屋的立ち位置にいるのである。彼であれば止水用のテープやコーキングガンを持っているに違いない。こんな時に使わずいつ使いどころがあるのであろうか。授業は生徒にひどく不評であるが、こんな時こそ棚田先生が光り輝き、生徒に尊敬の目で見られる千載一遇の好機である。


 私は急いで棚田先生の元へ向かおうとした。

 一度、教室を出る時に振り返ると、渡利さんが窓から外を眺めていた。

 隙間から入り込む雨も気にすることなく、しっとりと濡れた髪が横顔に張り付いているが、じいっと外の景色を見入っている。その目に、いったい何を見ているのだろうか。

女子生徒が、渡利さんの肩を叩き、「どうしたの」と声をかけたが、動く様子はない。雨が強く当たる窓に映る雫の影が、渡利さんの顔に斑の模様を作るようにして、じっとりと流れていた。

それから、私は棚田先生を教室に連れてくることが出来て、後片付けの輪から外れ再び部外者になった。棚田先生は銃の様に大きな道具を構えて、ガラス窓に粘着性の液体を縫った。するとプラスチック版がぴったりと窓に張り付き、そこから一切の水が漏れることは無かった。棚田先生、お見事である。私は心の中で、棚田先生に小さな拍手を送った。


「おい」


 不意に後ろから声をかけられた。


「消火栓の中だ」


 振り返ると廊下の片隅に消火栓の赤い鉄の扉がある。その前に白黒の猫、もみじがちょこんと座って毛づくろいをしていた。私はかがみ込み、もみじを撫でながら消火栓の扉の奥に耳を澄ました。消火栓の扉の奥からは微かに、がさがさと服のこすれる音が聞こえる。すぐにヤツカ様が中にいるのだと気づいた。


「お前と同じクラスの、いつもお前と連絡を取っている女。あの女、なんか変な感じだな。私が隠れていても、厭な目つきで追ってくるし怪しいな」


「渡利さんのことでしょうか」


「うん、たぶん」


「私がヤツカ様の事を知ったのも渡利さんに聞いたからです」


「うん」


「さっき、私のお守りを見つけたって言ってましたよ」


「なに! 本当か!」


「ヤツカ様より先に見つけてしまうかもしれないですね。ああ、神様の面目がつぶれる音が聞こえ始めました」


「その手は桑名の焼き蛤! けしかけても無駄だ。何故ならば私も既に見つけたからだ。ただちょっと取りづらいところにある」


「そうなのですか」


「そうか、渡利とかいう女も見つけたのか。ふむ」


 鉄扉の向こうで、ふんふんと荒い鼻息が聞こえる。しばしば、もみじが首筋を消火栓の立つ扉に首元をこすりつけて猫なで声を上げる。


 窓の外が一瞬パッと明るくなり、暫くして巨大な猫の喉が鳴るような鈍い音が鳴った。墨汁を水で薄めて広げたような雲が、何層にも重なりそのまま落ちてきそうなほど肥えている。次第に雷の光と音の間格差が縮まってきたかと思うと、一瞬の静寂が訪れた。風雲急を告げる。

あたりがパッと明るくなると同時に何か爆発したような轟音が響き、窓や廊下が共鳴して揺れた。校舎全体が悲鳴を上げ、校内の人々が驚きのあまり思わず叫んだ。


 校舎を伝わる振動と、雷の音の大きさに、思わず驚いてかがんでいた態勢が崩れる。

 湿気のせいでつるつるに濡れた廊下に手をつくと、ただならぬ不快感に襲われた。


「うえー、ばっちい」


 立て直すと、そこにもみじの姿がなかった。濡れた廊下に猫の毛が落ちていたので、雷に驚いてどこかへと走って逃げて行ってしまったらしい。

 消火栓の向こうから、人の気配がしない。「……ヤツカ様」と呼びかけて耳を澄ましても、何も聞こえず、私は恐る恐る鉄の扉を開けて中をのぞいた。そこにヤツカ様の姿はなく、白い折り畳みのホースがぴっちりと納まっており、人の入るスペースなど無い。こんなところにヤツカ様はどのようにして入っていたのか不思議である。


                    〇


 昼休みが終わり、私たちは足早に教室に戻った。

 携帯ニュースの情報では大きな雷は市内の避雷針に落ちたようである。その雷の後、嘘のようにばったりと雷と雨は止み、雲は綿あめをちぎったように薄くなり、にぶい晴天がちらちらと顔をのぞかせ始めたのだった。


 午後一番の授業は古典であった。これは、教室全体が血で血を洗う様な、眠気との熱い戦いに包まれることになるだろう。

 午後一番の古典の授業は当然のように、私たちの脳をα波の状態へと優しく誘った。もちろん誘われるままに眠る者もいれば、必死に抗い、眉毛を吊り上げ、落ちる瞼を必死の形相で食い止めようとする者もいるのである。対処の仕方は十人十色。

 何やらいびきが聞こえてくる後ろ隻を振り返ってみると、机の上のエナジードリンクを片手でつかみながら、机に突っ伏して寝息を立てていた。道半ばで力尽きたようである。教室を見渡すと何人か同じ体制で突っ伏している。夏草や兵どもが夢の中。力尽きそうな私も同様に夢の中へとゆっくりと潜って行きそうだった。

 渡利さんは授業など聞いていない様子であった。相変わらず窓の外を見下ろしている。

 何を見ているのだろう。不思議に思った時、渡利さんの口元が微かに動いた気がした。


「あった」

 そう言ったような気がした。


そうして、彼女の目線が私の方へゆっくりと動いた時、私は眠気と現実の縁から足を踏み外したかのように、眠りの中へと落ちて行った。


                    〇


 夢を深く青い大海に例えるとするならば、私は仰向けになり脱力して海面に浮かんでいた。

 空は海を映し出したように濃い藍色で、むしろ紺色に近く、西の空は重たい雲で翳っていた。黒い雲の中からは機嫌の悪そうな音がして、時折接触の悪い照明みたいに光っては消える。もし、雷が海に落ちたら、私は感電しちゃうかなと思った。


 生暖かくじっとりとした風が西の雲の方から優しく吹いた。その風に何やら懐かしく親しみのある香りが乗ってきたのを、私の鼻が敏感にとらえた。古い畳と埃臭い蚊帳それに蚊取り線香の香りである。誰かが蚊帳の外で話をしている声も聞こえる。


 いつの記憶だろう。思い出せない。最近である気もするし、生まれる前だった気もする。

 はっとして、夢から覚め、机から顔を上げた。時計を見ると寝る前から五分と経過していない。先生は相変わらず誰に向けでもなく、言葉柔らかく万葉集を読んでいる。

 窓際の席を見ようと顔を上げると、そこに渡利さんの姿は無かった。


                    〇


 私は校舎の中を走った。

 典型的文科系人間の貧弱な肺が、古びた風船のようにぱりぱりと伸縮している。渡利さんの携帯に電話をかけても、メールを送っても、全く応答がない。図書室かと思い、向かってもやはりいない。プールサイド、穴が埋められた校庭、屋上、屋根に大量にボールの挟まった体育館、校舎裏の林、どこにもいない。

 北校舎と南校舎をつなぐ三階の渡り廊下から、コの字型になった校舎の外形を眺めて、水道の水にハンカチをうっすらと濡らして、額の汗を拭った。反対側の窓を見ると、蓮の花が映えるプールと購買がある棟の奥に武道場が見える。一息ついたところで、もう一度携帯を確認した。渡利さんからの着信と返信はまだない。


 渡利さんの姿が消えた後、教室が少しざわついた。机に残された書きかけのノートと、芯が出しっぱなしになったシャープペンが転がり、「どこに行ったのかしら」と皆が囁いていた。次第に眠気眼を擦りながら机から起き上がる者達が辺りをきょろきょろと見まわして、事の異変に気付き始めた。

 しかしその騒ぎは自然と、まるで水面に一滴の雫が落ちた後の様に静まっていったのである。「まあ、どこかに行ったのだろう。特に騒ぐようなことじゃない」そんな呑気な空気が充満していた。それは、どこか他人の事に深入りしないという他人行儀な雰囲気が感じられて、私は厭だった。


 私は能條先生に相談するべく、職員室へと駆けた。

 北校舎から南校舎へと移る渡り廊下をかけていると「廊下を走ってはいけません」と誰かが呟いたように聞こえた。足音に霞み消える程の事だったので、それがヤツカ様の声だと気づいたのは、渡り廊下をすっかりわたりきってからだった。

 振り返ると、そこには湿った廊下と半開きになった窓があるだけで、ヤツカ様の気配も猫たちもいなかった。

 職員室の扉を開けると、能條先生は冷えた三ツ矢サイダーにモズクを濯ぎ、太いストローでずるずると啜っていた。

能條先生のデスクの上には、卓上扇風機がせわしなく首を回し、銀色の小さなラックに下げられた筆の頭がドライヤーで乾かされる髪のように揺れていた。茶箱に一杯になった平積みの書類に、茶色の鯱型の文鎮がまるで守り神のようにどっしりと構え、去華就実たる仕事っぷりであった。

能條先生は駆け込んできた私に驚き、危うくモズクを噴き出しかけた。


「未婚の女性の鼻からモズクが出るところじゃないの! 危機一髪よ」


 手拭いで口元の溢れたモズクを拭いつつ、能條先生は椅子を出してくれた。

 私は授業中に渡利さんの姿が見えなくなったこと、連絡しても音沙汰がない事を口早に伝えた。机の脇には鞄がぶら下がっているし、机の上にはまだ渡利さんのぬくもりの痕跡が生々しく残っており、勤勉な渡利さんが、たとえ午後一の古典の授業といえど、学業を放棄して帰宅したとは考えられない。


「なんだか、変な感じがするね。ちょっと私、渡利の保護者の方に電話してみるわ。家に帰っているかもしれないし、無いとは思うけど」


「お願いします。心配しすぎかもしれないけど」


 能條先生は、私にモズクサイダーを差し出し、「これを飲めばたちどころに落ち着くことが出来る」と言った。そうして、窓の外を眺めて、暫し私たちはずるずると大きな音を立ててそれを啜ったのであった。炭酸が口の中ではじけると、モズクがゆらゆらと揺れてほぐれてゆく。これは、落ち着くというより未知との遭遇であり、口内の情報量が多すぎて美味しいのか、まずいのか分からない。決して好みの味ではないとだけは断言しておく。


「エキサイティングですね」


「癖になるだろう」


 みょうちきりんな二人が並んでモズクを啜る。


                    〇


 体育館脇の道路を抜け、部室棟の方へと足早に向かう途中、プールの方から低い声が響いてきた。


「おうい、こっちー」


 振り返ると、高く伸びたコンクリート壁の上に色白で異様なほど長い腕がにゅうっと突き出て、私を手招いている。プールサイド脇の更衣室の奥にヤツカ様がいるのだと分かった。

 私はプールサイドへ続く階段を上り、鉄柵をよちよちと乗り越えた。


「何しているのですか、こんなところで」


 ヤツカ様はプールサイドにパラソルを開いて、四肢を放り投げるようにして寝そべっていた。顔はパラソルに隠れてみえない位置にある。


「だめじゃないか、廊下を走っては、転んだらケガするぞ。私がちゃんと注意したのに言うこと聞かないんだから困るな」


「実は、渡利さんが授業中に忽然と消えてしまって探し回っているんです」


「ほーう、そりゃあ難儀だな」


 へらへらと今にも寝入りそうに力なく返事をした。


「今日は退屈なんだ。なんか校内もドタバタしていて悪戯するのも悪いし。そりゃあ、私も神様であるから悪戯するにも時と場合を見極めるのだ。だから、不本意ではあるが、私にしては珍しく無聊をかこっていたのだ」


「退屈を満喫なさっているのですね」


 プールで鯉が跳ね、波が立ち蓮の花が上下に揺れている。

 空はうっすらと曇っているから、光が反射せず水中がよく透き通って見える。水の中が気持ちいいのか、鯉たちがプールの中を縦横無尽に泳いでいる。プールサイドには誰かが鯉の観賞用に持ち運んだ茶色いパイプ椅子がいくつか転がり、鯉の餌が隅っこの方に置かれていた。緑の柄のついた網の中で、プールから掬い取ったであろう濡れた枯葉がごったごたにくたびれている。赤や黒の着物を着た子供の様に華やかな鯉が、水の中をくるくると回っている。

水面には黒い大きな影が行ったり来たりして見えた。


「なにか変です。プールの上には何もないのに、影が揺れている」


「お前さん、そりゃあ君の探し物だよ。見えないのかい。まあそりゃあそうか」


「私の探し物、渡利さんでしょうか」


 すると、ヤツカ様は少し戸惑った様子を見せた後、パラソルが揺れる程に呵々大笑した。


「いやいや、お前さん。君の探し物はお守りではなかったかい」


「ああ、そうでした。今は、渡利さんがいなくなってしまったので……、そちらにばかり」


「いやしかしだな、お前さんの言っていることも間違ってはいない。あそこにはお守りと渡利がいる」


 再び弱弱しく雨が降り始めてぱらぱらとパラソルが音を立て始めた。うっすらと伸びる白い雲が含む最期の雨とでもいおうか。とても弱弱しい滴りが、私の輪郭を撫でるように降ってきた。

 あの、影の所に渡利さんとお守りがある。にわかには信じられないことであるが、きっとヤツカ様には見えていらっしゃるのであろう。以前にヤツカ様が言っていた言葉を思い出した。私たちが見えている外側の世界。いわば神目線にある認識の世界に近いのかもしれない。私には影が行ったり来たりしているように見えるが、実は私の見えるものの外側に、認識できない場所に、渡利さんとお守りが存在しているのかもしれない。

 そんなことをじっくりと考えると不思議な気持ちになる。頭のてっぺんがツンとしてくるのだ。


「とにかく助けに行かなければなりません!」


「お! お前さんが行くかい」


 私が行こうと思っていたけど、どうするか。とヤツカ様は聞く。長細い腕がこちらに伸ばされ、私を誘惑するかのように手招きする。


「友達ですから。当然私が行きます」


 その伸ばされた手を掴んだ。雨のせいかその手はひんやりしっとりといていて、豆腐のように滑らかであった。


                    〇


 プールサイドの縁に座り、水に足を浸して水面をちゃぷちゃぷと波立てた。鯉が足元に集まってきて中から私の顔を見上げている。「どうしたの。一緒に遊ぼう」と言わんばかりに色とりどりの尾びれを揺らして集まってきた。「えらく気にいられたなあ」とヤツカ様がパラソルの下からぬるりと這い出してきた。山椒魚の様に這いつくばってプールサイドをのそりのそりと歩いてくる。


 私はヤツカ様の顔を見ないように、横目でその全体像を見ていた。すると、その姿は先程までの人間の姿とは程遠く、体はぬめるように黒光り、ところどころ凹凸としていて、山荘魚によく似た古代の魚のようであった。そのまま私のよこを通り抜け、飛沫も上げずにプールの中に滑り込んでゆく。


「お前、泳げるかね」


 水の中からヤツカ様の声が聞こえる。


「はい、私水泳は小さな頃に習得済みですから」


「息を止めるのは得意か」


「平気です。私は幼い頃から我慢強い子なのです」


 ぱしゃぱしゃと水を手で掬い取って体へとかけた。お腹、胸、首、そして頭まで一通り掛けるとゆっくりと入水する。じんわりと水の冷たさが伝わるが、首までつかる頃にはすっかり慣れて、いっそ水中の方があたたかく感じるようになった。


「よし、潜りたまえ」


私は思いっきり水に顔付けて、頭のてっぺんまで深く潜水した。体から気泡が湧く音と、水の流動する音で思いのほか外よりも水中の方が騒がしい。

 目の前に一匹の大きく黒々とした古代魚が現れた。その正体はヤツカ様である。


「私の目の奥を見ろ」


 古代魚の暗い瞳の中にぎらぎらと輝く星がちりばめられ、その奥には銀河がぎっしり詰まっている宇宙の広がりを感じたような気がした。その光たちはところどころ集まって小さく渦巻き、周りの小さな光を吸い込んでまた大きな渦を形成していった。

 見れば見る程その渦の中に私も吸い込まれそうになる。息の続くのも忘れて私はしばらくの間その小さな瞳の中の広大な宇宙の虜となってしまっていた。


「あまり奥まで進まないこと、それから迷ったらみかんについてゆくこと」


 ぐるぐると渦巻く光の中に吸い込まれるように、次第にプールの中の水もゆっくり渦巻き始めた。か弱き女子高生は成すすべなく渦の中に吸い込まれていく。もはや、抵抗する気などみじんもない。排水溝に吸い込まれる枯葉の如く、いや、海底に漂うわかめの心得である。

水面に浮かぶ蓮のまるい葉が段々と遠のいていき、たかが水深百二十センチのプールが嫌に深くなっていた。下から見上げると水面近くを泳ぐ鯉が空を飛んでいるように見えた。


「どこまで落ちてゆけばいいのですか」


 水中なのに声が出た。


「そらあ、プールの底までにきまっているだろう。そんな遠くは無いさ、無事に帰ってきたらモズクサイダーで一杯やろう」


 遠くの水面からヤツカ様の声が反響するように降ってきた。


 水面から入り込む光が水に散ってしまうことなくまんべんなく降り注いでいる。

 透き通る青い空の中をゆっくりと落ちているみたいだ。落ちてゆく道中に、一人の長い髪をなびかせた女性が漂っているのが見えた。

 近づいてみると、渡利さんであった。何かを抱えるようにしてラッコの様にくるまりぷかぷかと漂っている。「渡利さん」と私は声をかけた。

 渡利さんは私に気づくと、少し瞳を潤ませるようにしてせかせかと手足をばたつかせるようにしながら近づき、私に抱き着いてきた。柑橘系の爽やかな香りが私の鼻の奥をくすぐった。耳元で何かを呟いているが、私の心がふわふわとしていて全く耳に入ってこない。


「渡利さん、無事でしたか」


 渡利さんはコクコクと頷くと、「お守りがあった気がしたの、それで手を伸ばしても届かなくて、頑張って伸ばしたんだけど、いつの間にかプールに落ちちゃって」と鼻声ながらに語った。赤くなった鼻先と目が白い肌を染めて、イチゴシロップをかけたかき氷のように脆く崩れてしまいそうである。


「プールは凄く深いしどんどん沈んでいくし、息は出来るけど、泳いでも泳いでも空気をかいているみたいに上がれないし。心細くてしょうがなかったの」


「私が来たからもう安心よ」


 ようやく渡利さんは、はうと一息つき私の肩にもたれかかるようにして脱力した。


「そういえば、これ実は落ちた時に手に引っかかったんだけど、お守りってこれじゃないかしら。ストラップじゃなくて髪留めになっているのだけど」


 渡利さんの手の中には赤い小さな毬がついた髪留めのゴムが握られていた。それは確かに私が失くした毬型のおまもりそのものであった。


「これは確かに私のお守りだと思う。でも、なんか真新しい気もするし、毬が二つ付いているね」


 しばらく二人で水の中を落ちてゆくと一面田んぼの畦道にゆっくりと降り立った。プールの中という様子は消え失せて、すっかりそこは空気溢れて風が吹き抜ける外の景色であった。

 真上の空は水で薄く伸ばしたような青色で澄み渡っていたが、遠くの方で濃い灰色の雲がゴロゴロと唸り声をあげていた。空が静と動の二面性を兼ね備えているようにみえて、私のおへそのあたりがそわそわしていた。水中に垂れる太陽の光が、まるで空から梯子が降りているように見えた。

 一面に広がる実った黄金の稲穂が首を垂らして柔らかな風に揺れている。「不思議な場所ね」と渡利さんは言い、「あの雲の雷が落ちてきたら大変ね」と私は言っておへそを隠した。

 翳る雲の群れから湿った風が吹き、あたりの稲穂に一陣の海面のごとき波を立てた。その風の中に私は懐かしく、親しみのある香りを嗅ぎ取った。


「ちょっと歩いてみっかい」


 私は半ば強引に渡利さんの手を引き、トンボが飛び交う田んぼの畦道を歩いて行った。この景色、私には見覚えがある。確信できぬ記憶の深淵に向かってずんずんと踏み込む気持ちで、私は懐かしい香りのする方へと進んでいった。じわじわと汗さえかいてきそうなほどであった。遠くからは微かにセミの鳴く声も聞こえてくる。


 道中、オレンジ色のTシャツを着た小さな女の子に会った。彼女は畦道沿いの用水路にかがみ込み、岩に張り付くタニシを見つめていた。髪の毛が縦横無尽にくるくると暴れている。その姿を見て、私の予想は確信へと変わって行った。

 近づく私たちに気づくと、彼女は脱兎のごとく一目散に退散していった。モミジの様な手をぱたぱたと振って、畦道を駆け上がってゆく。彼女が見ていた川の石にはタニシがずんぐりと張り付いていた。その奥で、何かが沈んでいる。


「何かしら、ちょっと遠くて手が届かないわね」


 渡利さんが手を伸ばしながら言った。また水の中に落ちてしまってはいけないので、私は慌てて渡利さんの体を支えた。見かけによらず、渡利さんはアグレッシブな節がある。それに、のぞき込まなくても、その正体については私が知っていた。


「あれは髪留めよ。小さい頃、癖っ毛が嫌で鬱陶しくて、いつも髪を束ねていたの。そうしたらお母さんが髪留めをくれて、とてもうれしかった。でも、川に落としてしまった。タニシを取ろうとして前かがみになった拍子にね」


「どうして、そんなことを米谷さんが知っているの?」


 不思議そうに渡利さんは首をひねる。

 走り去ってゆく少女の背中を指さして私は言った。


「あれは、幼い頃の私だから」


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