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潜水少女  作者: 小萩珈琲
2/4

2起承転結の承

 天真爛漫の限りを尽くした母は妹を生んですぐに亡くなった。町一番の美人であったと豪語する父の証言を裏付けるように妹は美人に育ったが、私はこんなちんちくりんの少女へと育ってしまった。

小さい頃に始めた水泳は、なんとなく億劫になってしまい、背泳ぎまで習得した後、ぱったりと行かなくなってしまった。空手も、剣道も齧ったもののすぐに飽きてしまい、今でも続いているのは書道だけである。これではちんちくりんな性格を一新することはできず、ただただ、筆の進むがままに、私自身は一言も発せず、雄弁なのは筆のみとなる。


 もちろん、運動神経が悪いながらに、私は全力であるという点においては否定しない。サッカーをすれば思い切り空振りして靴を虚空に放り投げるし、テニスでは迫りくる球を一つ残らず虚空の彼方へと吹き飛ばす。創作ダンスの授業では海底を漂うわかめにインスピレーションを受けて、私は全力で体をくねらせた「これは、前衛的ね!」と先生も唸るほどであった。ただ残念なことに体育の点数は低かった。


 そんな私がある日、帰り道にある「(くま)亀堂(かめどう)」という店で甘さの暴挙ともいえる自慢のおはぎをもっちもっちと頬張っていたころである。狭い店内に私だけと勘違いして、小さく鼻歌を奏でて、「甘味と鼻歌の豊かなハーモニー、メロンソーダを添えて」を作曲することに余念がなかった。そのため「おもしろい曲ね」と声を掛けられるまで、店内にいた渡利さんに気づくことが出来なかったのである。


 私は黒髪のロングというものに並々ならぬ憧れを抱いている。というのも、父親譲りのひん曲がった癖っ毛が、濡らしても伸ばしても治らない癖っ毛が、私の唯一のコンプレックスであるからだ。だから、私はうっかり渡利さんの髪に見とれて、自作の曲を聞かれて恥ずかしがることすら遅れてしまった。


「なんていう歌なの?」


彼女が笑うと頬にえくぼが出来て、まさに恋の落とし穴とも言うにふさわしい。これが、私と渡利さんの出会いである。


「メロンソーダとおはぎです」


渡利さんは私の向かいの席に座った。正面からまじまじと見ると、ましゅまろの様な白い肌にビー玉のように輝く瞳がきらきらと光っている。神様は彼女を造形する際にちょっと気合を入れたに違いない。そうして息抜きとして私を作ったのだろう。そうに違いない。この差は神様の怠惰が招いた結果に違いない。


米谷(よねたに)さん、ここよく来るの?」「週三くらいで来ています」「ねえ、敬語やめてよ。同じクラスじゃない。私は初めて来たよ。ここのおはぎ、すごくおいしいね」


 渡利さんはおはぎを箸で綺麗に切る。髪を耳にかけて食べる仕草など、どこか妖艶でとても同い年の乙女とは思えなかった。私はおはぎを頬張って食いちぎる。もっちもっちと頬張る私に渡利さんは水色のハンカチを差し出してくれた。私は専らティッシュしか持ち歩かない主義だったのだけれど、「これが、可憐な乙女の所作なのね!」と、その日からハンカチも持ち歩こうと心に決めたのだった。

 私たちはメールアドレスを交換した。教室の中でも、外でも直接話すことは無かったが、メールだけは何故か毎日し合う不思議な関係になったのである。


                   〇


 窓の外では、ボールのはじける音と熱き青春の掛け声が、夕日に照らされ煌めく汗と共にグラウンドの地面に滲みだした頃、武道館ではむせ返るほどの男汁と女汁の熱気が、激しく渦巻き始める。一方、教室では互いの恋の悩みを打ち明かし合う男女が、ひそかに互いの魅力に気づき始め、危うい不純で不毛な恋心が生まれ始めている。能條(のうじょう)先生は購買で購入した唐揚げポテトにチーズとケチャップをどっさりかけ、悪魔的な料理に舌鼓を打っていた。


「眉目秀麗」「才色兼備」「珍魚落雁」


 最近新調した筆は赤子の産毛のように柔らかく、なめらかな書き心地が筆を自然と画仙紙の上を滑らせる。止まらない。これが製筆技術の発展というものなのかしら。そうして、私も窓の外の彼らのように、己の青春を墨の滲むのと同様にこの紙一枚一枚に滲ませてゆくのよ。


「それは誤字だよ、米谷。“珍しい”ではなく“沈む”が正しいわ」


 能條先生が横からのぞき込んでいた。私はため息をついて近くにあった模造紙に「沈」と書きなぐり、四角く切り取ると、そのまま「珍」の文字の上に張り付けた。


 夕日が差し込む部室に私と能條先生の二人、残りの部員は既に帰宅している。茜色の空を映して、能條先生の眼鏡が反射板のように光っている。悪魔的な食べものの数々を腹に納めて、その細い体のどこで消費しているのか、これは学校の七不思議に一つと考えてまず間違いない。口の周りに無邪気に付着したケチャップを拭ってくださいという意味を込めて、私はハンカチを渡したが、能條先生は「気が利くね!」とラッパの様な音と共に豪快に鼻をかんだ。最悪だ。


「そういえばまだ見つからないの? お守り」


「そうですねえ。神頼みもしたんですけど、なかなか見つからんものです」


 先生はいつも文句を言わずに生徒が部室を出るまで待っている。部員が遅くまで残っていても、無駄話をしていない限りは一緒にいてくれる。唇は油でぎとぎとだけれど、なんだかんだ私は能條先生が好きだ。


部室の窓を閉める時、湿った風が流れ込んできた。茜色に色づいた空には雲一つないのにも関わらず、網戸から吹き流れてくる風の中には、しっとりと冷えた実家の納屋の様な湿った香りがふわりと漂ってきた。壁に張った画仙紙が七夕飾りのようにはためき、壁際の棚の上にある山盛りの新聞紙が風でカサカサと音を立てる。

「帰りにたい焼きを食おう」と声をかけられた。私はやや呆れながら振り返って、能條先生を見た。


「さっき、驚異的なジャンクフードを食ったのに、まだお腹が空いているのですか?」


「ストレスには糖分が効くのよ。とびきりあまったるいあんこが食べたいわ」


「先生、前に甘いものは苦手と言ってませんでしたか」


「言ってないわよ」


 はあお腹空いた、と先生は大きく背伸びした。ぐぐうと手を広げるとポキポキと背骨が鳴る音がした。言った言わないの不毛な水掛け論を論ずる必要もないので「熊亀堂のおはぎがおすすめですよ」と早々に話題を打ち止めた。


                   〇


 しばしば学校内に不穏な噂が流れ始めたのは、ずるずると夏の暑さの名残を引きずった八月も終わりの頃であった。

十代の若者の輝きは、八月下旬の日に照らされより一層増すのですね、と窓際から校庭を見下ろす能條先生に語りかけた。明らかな日光不足の白肌に一線の汗の跡が濡れて光っている。

 三ツ矢サイダーの入ったコップを傾け、喉を鳴らしながら飲むと、能條先生は言った。


「この三ツ矢サイダーの泡みたいにしゅわしゅわと湧き上がる力をどこかで発揮してやろう、という若さが際立つわね」


「能條先生にもしゅわしゅわと湧き上がりますか」


「多少はね。でも、サイダーよりも麦酒(ビール)の泡の方が好きだわ」


 風で画仙紙が散ってしまわないように、部室の窓は極力閉めてある。能條先生はぱたぱたとうちわで扇ぎ、シャツを膨らませている。首元がぬらぬらと汗で濡れて、水から上がった海の生物のように色気のある肌を晒していた。目の下には不摂生を象徴する大きなくまが影を潜め、それがまたいっそう病弱でどこか妖艶な大人の女性を表現しているのであった。


「疲れていますね」


「そらあ、疲れるわよ。仕事ってのは疲れるためにやってるのよ。ただでさえ忙しいのに、こうも学校中が荒らされてたらたまったもんじゃないわよ」


 部室が荒らされていたり、職員室の冷蔵庫から羊羹が丸々一本無くなったり、書類がズタボロに破かれていたり、体育館の天井にバスケ部の保有する全てのバスケットボールが挟まっていたり、挙句の果てには体育中に学校一の美人とうたわれている渡利さんのスカートが盗まれていたりと、ここ最近は何者かによる悪戯が後を絶たない。

 最後の項目に関しては、私はうちのクラスにいる川勝という変態青年が、この事態に便乗して盗んだと睨んでいる。証拠はないのだけれどアイツならばやりかねない!


「許せませんね。川勝だけは」


「これ! 証拠も無いのに、犯人と決めつけるのはやめなさい」


 この奇妙な出来事が連日続き、今日の教師たちをてんやわんやとさせているのである。

生徒と言えば存外暢気なもので、これは私も含めてではあるが、体育の授業が中止になったり、荒らされた教室の掃除で授業がつぶれたり、いつも厳格そうに威張る教師達があたふたしている姿が滑稽に見えてしょうがないのだ。「畜生、古典の授業がつぶれるなんてなんてこったい」「ゆるさないぞ! 犯人」など口元の笑みを隠しつつ、皆口々に枕詞を呟くのだ。


 例に漏れず、この書道部の部室も何者かにひどく荒らされていた。

部室の壁一面に滑らかな書体で「賽銭希望」「拝殿の改築願い」「清き一銭を」などの言葉で埋め尽くされていた。紙面の上を魚が泳ぐ様に書かれた文字は大変可愛らしく、いつかの出目金が躍るように水の中で遊ぶ仕草を彷彿とさせた。あっちでうねり、こっちで跳ね、ぐるぐると韋駄天走りのように駆け回る筆先がありありと想像できる。全くでたらめに動く、遊び心の行く末を、私たち部員はじゃらしを目で追う子猫のように見回したのであった。


 墨汁のにおいが充満する教室の中で、私は思わずうっとりとして「はうう」と感嘆の吐息が漏れたが、能條先生は激昂した。


「犯人を見つけて、髪を切って丸坊主にしてやる。その髪で作った筆で、反省文を書かせてやらねば気が済まないわ!」


 能條先生の獣の様な咆哮も空しく、それからも学校中を取り巻く薄い霧の様な、不穏な香りは校舎中をぐるりと漂い続け、珍事件はむしろエスカレートしていった。


 ある日、校舎から離れた体育館脇の通路の奥にあるプールの中に、色鮮やかな鯉が放たれ、夏空に映える見事な蓮の花が咲き乱れた。プールサイドには唖然とする水泳部の連中と野次馬たちでごった返していた。渡利さんが食べかけの食パンを放り込むと、パクパクと大口を開けて次の食パンを催促したらしい。それを写真に撮って、私に送ってくれた。


「餌を催促してぷくぷと泡を吐くのよこの子たち! 米谷さんも来なよ」


「騒ぎが大人しくなってからひっそりと行くよ。牛柄の鯉がかわいいね」


「牛柄の子が好きなのね。じゃあ、この子を重点的に撮って送るわね」


 誰もいなくなった教室の窓からプールをのぞくと、錦色のうろこがキラキラと反射する水面の光に見え隠れしてはぶるんと踵を返すように四方八方に散った。


 またある日は、校庭に大きな穴がぽっかりと開いていた。まさに大きな鯰が校庭を飲み込もうとしているように見えた。穴の中に木製の船が沈んでいて、嵐の中を進んできたかのようにズタボロであった。引きあげると船の中には大漁旗が丁寧に畳まれてあった。それを丁寧に伸ばし、今では屋上の給水塔脇の校旗に学生たちお手製のポールに括りつけられ、風にはためきながらその威厳を誇示している。


 校内が猫で埋め尽くされそうになったこともある。一日中どこからともなくにゃあにゃあと鳴き声が聞こえて、学生たちはたちまちその肉球共にメロメロになった。人懐こい猫もいれば、お高くとまり餌にしか興味のない猫もいる。校内ではマタタビが秘密裏に売買されるなど、風紀の乱れが目立った。「猫に愛されたいだけなんだ! マタタビがないとダメなんだ」と、職員室に連行される若者共の悲痛な叫びが廊下にこだましたのである。


 そんなことが続いたある日の放課後、私は帰り道のバスの中で、渡利さんとメールをしていた。


「これ、あれじゃない? ヤツカ様が米谷さんのお守りを探しに来たんじゃないかな」


「そうなのかなあ」


「明らかに人力とは思えないよ」


「そうだとしたら、早く見つけてくれないかな。私にはただ悪戯して遊んでいるようにしか見えないよ」


 私も鵜の目鷹の目でお守りを探し続けているのだが、相変わらず見つかっていない。学校と家を往復する生活なのだから、そのどちらかにはあると推測しているのだが、校舎というのは中々大きい。到底見つからない。駅かもしれない。道端かもしれない。お守りにGPSでもつけていればすぐに見つかるのに、などと愚かに臍を嚙んだところで根本的な解決にはならず、後悔は空しく、太陽に熱されたアスファルトの上で焼かれてしまうだけである。もし本当にヤツカ様が学校に来ているのであれば、是非直接お会いしたいと、まだ見ぬ神のご加護に期待ばかりして、ムクムクと胸が膨らむのであった。


「ヤツカ様の顔を直接見たら死んでしまうらしいわよ」


「そうなの!」


 驚いて前の座席に足が当たってしまった。背広姿の男性に睨まれ、小さく舌打ちされた。私は後ろ姿に小さく頭を下げる。


「死にたくないよぉ」


「じゃあ、間違って会わないように気をつけなきゃね」


「渡利さんはどうしてこんなに詳しいの?」


「能條先生に聞いたのよ。なぜかこんなのばっかり詳しいの」

                   〇

 地球のへそでお湯が沸いたかのようにむくむくに吹き上がった入道雲が、北校舎の奥からプールをのぞき込んでいる。こんなにも世界は平和なので、私は窓から入り込む風に耳を漱ぎ、図書室で掘り出した星野道夫写真集を読み耽り、まだ見ぬアラスカの地へと妄想の旅に出かけていた。

 妄想の中の私は自由気ままに雪山を駆け回るカリブーと共に過ごし、東西に延びるオーロラの下で、温かい珈琲を手でくるみこむのだ。ああ、こんにちはアラスカロマンス。私はここに壮大な人生の目論見を見出したかもしれない。山一面を覆いつくす純白の雪から垣間見えるツンドラの黒い葉が壮大な自然を物語っている。版画で描かれたような強い陰影の北アメリカ大陸の壮大な自然が、私の視覚を通して五臓六腑に深く染み渡る。


思わず、すうはあと深呼吸をすると、それは紛れもなく教室の香りで、すっかり妄想から目が覚めてしまった。


 教室を駆け回る騒がしい学生たち、頭上ではためく埃臭いカーテン、先程の数学の授業の名残でベン図が書き上げられた黒板、どれもがあまりにも日常的で普遍な私の現状を表しているのである。

 渡利さんの周りは華やかだ。皆、渡利さんのえくぼの虜になったのだろうと思う。私も彼女のえくぼの落とし穴に引っ掛かりそうになった身であるからその気持ちはよくわかる。ただよう柑橘系の清涼感に、人間臭さすら疑わしい。おはぎを箸で割る所作など、当然のようでなかなかできることではない。

学歴は中学校卒業、徒手空拳の熊亀堂のご主人が、業を興して半世紀、ようやく手に入れた甘さの暴挙に対し、平静を保ち、齧りつきたい精神に侵されることなく、箸でおはぎを丁寧に割ることなど、常人にできるのであろうか。いや、できない。きっと彼女は木天蓼神社の階段も汗一つ流さずに、縁側に座れば猫たちも次第に寄り添い、参拝料は無料になるに違いない。


 窓際の一番前の席は彼女にうってつけである。前を向けばその姿をこの目に捉えることが出来る。さらさらと流れる黒髪を眺めながら自分のねじ曲がった髪の毛を弄った。湿気のせいでいつにも増してぐりんぐりんにひん曲がっている。

 渡利さんの近くにいた女子が私の視線に気づいた。口元に手をあてて、何やら周りの生徒たちにひそひそと耳打ちしている。周りの人たちが私をちらちらとみて笑ったが、渡利さんは特に反応せず、窓の方から鯉の泳ぐプールの方を見やった。


 一日の授業が終わり、私は北校舎を出て、部室棟の方へとのっしのっしと歩いていた。八月の終わりになっても蝉の声は寧ろたけなわである。きしきしと音を立てる渡り廊下の脇には、こんもり茂った銀杏の木が青々とした葉を揺らしている。この向こうに鯉の放たれたプールがある。

 こんな暑い日にはプールサイドで足をちゃぷちゃぷと水に濡らして、スイカなどを頬張りたい欲望にかられる。いや、乙女としては頬張るのではなく、スプーンでしゃくしゃくと掬って食べるのが殊更風情なのであろう。私はまだあの騒動からプールサイドに足を延ばしていない。ちょうど、今は人が少ないし、ちょっとのぞいてみようかと思った。

 そうして、簀子から足を外し、プールサイドへと続くコンクリ―トの階段へと足をかけた時である。


「今はやめておいた方がいい」


 声は階段の両脇をコンクリート壁の向こうから降ってきた。主の姿は見えないが声だけが低く響くように伝ってきた。


「今、新しい悪戯の準備をしているから。ここに来られると私が困る」


 いかにも自分が一連の騒動の犯人だと自供しているかのような言いぶりである。


「どんな悪戯を企んでいらっしゃるのですか。場合によっては先生に告げ口をせねばなりませんよ」


「まあまあ、そう言いなさんな。お前さんあれだ、ちょっと真面目過ぎる学生さんだな。皆、割と喜んでいるではないか。このプールなんてかなり話題になってるようだし」


「プールが使えなくて迷惑している学生もいますよ。水泳部とか」


「あいつらか」


 にゅうと階段の先のコンクリートの壁から白い足が伸び出た。そうしてポリポリと頭らへんを掻くような音がした。何か、違和感がする。鉄格子柵ごしに私は目を凝らした。ほっそりとして、骨ばった足かと思ったものは竹竿のように細長い腕であった。


「校舎から見える屋外のプールじゃなくて、市民用の屋内プールが使えるからラッキーだと言っていたぞ。な? 存外気楽なものだろう。だからお前もそんな真面目に考えないで、気楽にいこう」


 細長い指をプラプラと振って見せた。不健康そうで、心配になるほど白い、というか日に透けるほど色味がない。


「貴方は、誰ですか」


 私は恐る恐る聞いてみた。

 突然、壁から顔がのぞいてきたり、あるいはその長い手足がもぞもぞと動いて私に襲いかかってきたらどうしようなどと考えていた。日に焼けて黒くなったコンクリートからのぞく空は、世界が空っぽになったように青々としていて、吸い込まれそうになった。


「私はヤツカという」


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