8光陰矢の如 しって、今みたいなこと言うんじゃないですか?
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「光陰矢の如しって、今みたいなこと言うんじゃないですか?」
僕は軽口を叩けるほどにみんなと仲良くなった。
あの時、初対面でじっとり睨まれた秋田さんとも、羨ましさのあまり嫌いになりそうだった春山君とも、クマみたいな印象でてっきり大道具だと思い込んでいた、実は小道具の戸高さんとも、逆に絶対小道具と思った大道具の堂本さんとも、旧知の仲のように語り合える。
「本当なら、今頃、インドに行って、秋のロケ撮ってる予定だったんですよ。」
僕は、インドから帰路、成田空港で初めてモリスに会った時のことを思い出していた。
あの怪しげな外国人でしかなかったモリスは…僕たちの生活を一変させた。
僕は監督が言った一流の仕事というやつに触れ、恐れおののいた。
次元が違う…
「本当に3カ月で最後の1シーン以外撮り終えるなんて、奇跡としか言いようがないです。」
「そうね、みんな頑張ったわ。なにより、モリスがよくやったわ。」
「そうっすね、さすが監督、やっぱり見る目があったってことですよね。俺はいまだにカメラを通さないモリスには、輝きを見いだせないでいます。」
「ま、それは、そうね。とにかく、今日はラストシーン以外、全て撮ってしまうのだから、気合入れていくわよ。」
段取り良く撮影は開始される。スムーズに。今、心底実感している。これが“一流の仕事”。確かに僕は他のメンバーに比べて経験が少ない。だからこそ、その凄さが身に染みる。
「はい、カーアーット!今日はこれでおしまい。お疲れさま。明日のラストシーンはロケでやるから。車の準備お願いね。」
「監督、場所は?」
「それは、明日アタシがナビするわ。」
「了解です。明日が待ち遠しくて、眠れないかもしれないです。」
各々が、談笑しながら、後片付けをしていると、突然大きな音がして監督が倒れた。
「監督―。」
スタッフが駆け寄る。秋田さんが監督の息を確かめている。
「救急車だ。救急車呼ぶんだ。」
えー。えー。どうして…どうして…僕の頭は正常に機能していない。救急車が来て、監督が担架にのせられる。しかし、その作業は実に緩慢にゆっくり行われているように感じられる。気が気でなかった。始終、異常なままの頭をフリフリ、意味もなく歩き回っていた。
「ラストが見えて、気が抜けたんでしょうか?」
「いえ、ラストを残して気を抜く方ではありませんから…。」
誰かと誰かが話している。僕は上の空で、倒れるのを必死でこらえて、みんなの声を聴いていた。
「過労だよ、過労にしよう。監督は、頑張るマンだけど、よる年波には勝てないって。」
「でも、顔色は悪くないです…。」
「そりゃ、ドウラン。」「だ。」「ですね。」
「え?」
「とりあえず、っていうんで、濡れタオル、バシバシ使ってましたから。さすがに、剥げたんでしょうね。」
「え?ドウラン塗ってたんですか?」
「監督はメイクの腕も超一流なんだよ。」
「はあ・・・戸高さんも気が付いてましたか?」
「ええ、まあ、監督最近やせてきたなーって。」
「あっ、そっちじゃなくて、ドウラン。」
「ああ、そうですね。本当のご年齢は推察してはいました。」
「そっかー、鋭いね。」
みんな、なんでそんなに平気なんだ。
監督が・・・人が・・・人ではないかもしれないけど、監督が、倒れてるのに。
救急隊員が救急車の付き添いに僕を選び、いや、僕が志願したのかな?とにかく頭がモヤモヤなまま僕は救急車に、横たわる監督の横にちょこんと座った。みんな、片付けが残っているし、救急車にはそんなにたくさんの人数は乗れないのだ。だから僕だけ。
監督を運んだ救急車は運よく一番近くの救急指定病院に入ることができた。僕は待ち構えていた看護士に手あたり次第、問いを投げかけたが、誰も答えてくれなかった。その後も通りかかる人すべてに声をかけまくっていたら、待合室から、小さな小部屋に連れていかれた。横になっていいですよ、と言ってくれた看護師が去り、代わりにちょこまかと小刻みに歩くメガネの医者らしき人がやってきて、僕を揺り起した。




