11 ウヮン
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「ウヮン。」
あまりに、タイミングよく吠えたので、本当に言葉の意味が分かってるのかと思った。
今はソフトバンクの白戸さんもいるし、ありえない話じゃないのかも?
幸田刑事は、一瞬間をあけたものの、すぐさま敬礼の姿勢を取った。
署長が、フヌフヌとうなずきながら、
「仙田君は2回目だったね。よろしく頼むよ。」
仙田刑事はシェパードの存在は無視して、署長に向かって言った。
「嫌です。2度とごめんだと、前回言いました。犬の変更がきかないなら、俺を下ろしてください。」
「そんな我儘が通ると思ってんのか、警視庁は麻薬がらみってことで、麻薬捜査のプロであるマック警部の投入を決断したんだ。そして、所轄の担当刑事はおまえだ、抜け道はない。」
仙田刑事は、そういわれると分かっていたように、すんなり引いた。分かっていたけど、言わずにはおれなかった、という所だろうか。
「はいはい、了解いたしました。」
と敬礼した。
仙田、幸田両刑事がシェパードを連れてドアを出る瞬間、署長が小さな声で言った。
「俺だって不本意だよ。早く解決して、返しちゃってくれ。」
仙田刑事は、軽い敬礼でそれに答えると、スタスタ歩き出した。
シェパードの手綱はいつの間にか、幸田刑事の手にある。
半信半疑の幸田刑事は、おそるおそる切り出した。
「あの、マック警部殿はどのように指揮をとられるのでしょうか?」
「バカか、お前は。実際、指揮なんてとれるわけないだろ。本庁の作戦だよ。こうして犬送っとけば、この事件は本庁が解決したってことになるのっ。検挙率稼ぎもここまですりゃ、たいしたもんだよ、全く。実際の命令は俺が出すの、当たり前だろ。まさか、お前・・・あれ?ソフトバンクに影響されちゃった?」
幸田刑事は図星をつかれ、挙動不審になりながら、
「いや、そうだろうと思っていましたよ。当たり前です。影響なんてされてませんよ、はい、全然。いや、言葉分かんないからどうしようかなと思っていたんですよ、良かった良かった。」
仙田刑事は、大きくため息をついた、そして、首をふりながら、
「良くないよ、良くないんだよ。お前みたいのがいるから、こんなことになっちゃうんだよ。犬に使われてるんだよ、イイわけないんだよ、一個も良くないんだよ。だから、ゆとってるって言われちゃうんだよ。ああ、餌だけちゃんとやっとけよ、痩せて帰したら、本庁からクレームがくるかもしれん。」
「えっ、僕、ゆとってますか?あぁ、同期の中ではシビアな方なんだけどな・・・あ、餌。分かりました、何食べるんですかね?犬飼ったことあります?僕、猫ならあるんんですけどね。」
「知らねー。ドックフードじゃないの~。犬なんて一生飼いたくないね。はぁ~、やりたくないけど、やりますよ。最初に撮影所の捜索、続いて、監督、安川、他のスタッフの自宅の徹底捜索。全部今日中にやるぞ。」
「ウヮン!」
「仙田さん、やっぱり、マック警部は言葉が・・・・。」
「バカか?それ、行くぞ。」
「ああーーーっ!仙田さん、マック警部が先に行っちゃいました。」
「ん、もう、手綱を離すなよ」
「すいません」
マックは、肉屋に突進した。二人の刑事にも、それは良く分かった。しかし、見ているしかできなかった。マックがまっすぐ肉屋に向かっていき、主人がケースから出したばかりの巨大肉を見事な横っ飛びでかっさらっていくのを。
「ああ、肉盗っちゃった。これじゃ、泥棒ですよね。ああ、すいません。お金払います。」
肉屋の主人は、何がなんだか分からない。説明するような口調で幸田刑事が続ける。
「ど、泥棒じゃないですよ。警察ですから。訓練っていうか、実践ていうか、何かを取り返すような場面もあるかもしれないですからね。なんと言っても警部なんですから、泥棒ではないです。はい」
「3200円」
「え?」
「松坂牛だから、あれ。」
「あ、はあ、そうですね、そりゃ、警部ですから。口がこえてるのかな~は、は。あ、領収書お願いします。」
支払いを済ませた幸田は、領収書をたたみながら「これ、経費で落ちるのか。」とぽそってつぶやいた。
「仙田さん、警察犬っていうのは、確か厳しい訓練を受けて立派に教育された犬なのでは?」
「川崎さんにクレームだせば?」
「川崎さんって、あ、マック・カワサキ・シェパード警部って・・・そういうことですか。」
「ん、最近は、誰が作ったか、明らかにするのがはやりだからね。調教師の名前がミドルネーム」
「で、で、犬種がファミリーネームですか・・・。でも、調教師さんて3人しかいないですよね。で、犬種はほとんどシェパードとすれバ…。」
「そろそろ、幸田君にもわかってきたかな、警察上層部の人間がバカかもしれないと。さて、仕事だ。マックが吠えたもんは、全て押収だ。それで、仕事は終了だ。」
「全部ですか・・・すごい量になりそうですね。」
「うん、知らん。後は鑑識の仕事だ。さ、バシバシいくぞ。」
「ハイ!」
マック警部以下二名は、気合を入れて、あらゆる所をくまなく捜査したが、マック警部が吠えることはなかった。仙田、幸田両名は、ご丁寧に鼻先まで、品物を持っていって確認したが、警部はうるさそうに首を振るばかり。
「どうなってるんだ?」
「どうなってるんでしょう?マック警部の鼻がおかしいのではないですか?」
「それは、ない。曲がりなりにも警察犬だぞ。素行に問題があっても、鼻は確かだ。前回の捜査では犯人の部屋だけでなく、近所の自転車や掃除道具、ありとあらゆるものの吠えまくって、凄かったんだ。全部持って帰った結果、どうだったと思う?」
「やっぱり、発情かなんかしてて、吠えちゃった系ですか?」
「バカか?警察の手入れがあるって、犯人のやつ、薬をぶちまけたんだ。たまたま窓の下を通りがかった、おばちゃんの頭にかかって、おばちゃんが薬をばらまきながら近所中回ったのが真相。キレッキレだろ。」
「そりゃじゃあ、今回の事件は一体どういうことですか?」
「うーん。調べてない所がまだ、あるって事じゃないか?」
二人は首をかしげた。
しかし、その後、スタッフは勿論、その知り合いにまで捜査網を広げたが、マックは吠えない。麻薬の痕跡が全くない。つまり、捜査は暗礁に乗り上げたのだ。
そんな中、病院で生死をさまよっていた監督の意識が戻った。
警察は早速事情聴取にあたるが、だんまりを決め込む監督に業を煮やし、監視付きで安川に面会させてみることにした。監視に立ち会ったのは勿論、マック警部と以下二名だ。安川の姿を認めた監督は覚醒後はじめて、笑みを浮かべた。




