前編。始まりは、遺跡の爆殺。
「これで、一通り回れたな?」
あたしたち四人を見回して、カークは確認に声を上げた。あたしたちは一様に頷く。
パラパラと、壁のような岩の一部が、時の流れに負けて落ちる。
たしかに、こんなところに頭脳を鍛えた学者の方々が下調べなしに来るのは怖いだろうな。
あたしたち、エブリデブットは冒険者パーティで、今は安全確認の依頼でとある遺跡にやって来ている。
強度を調べるために、ナックルウェポンって通り名を持つウルチパが壁をぶん殴ったせいで、一部壁に孔開いちゃったけど。
壁だと思ったそこは、実は隠し部屋みたいになってたから結果問題なしだって、ウルチパは勝ち誇ってたけどね。
でも一つ部屋があっただけで、そこにはなにもなかった。
いったい、なんのために使う部屋なのか。
それは、これから来る人達が調べてくれるでしょう。
「でもさー、なにも持って帰らないのなんて、つまんないよねぇ」
火魔法が得意な双子娘、通称ツイン・エラプションの妹のマグエヌが、不満そうに切り出した。
「そうね。たしかに遺跡に来といてお宝なしって言うのは、面白くないわね」
姉のマグエス、既になにかないか部屋の中を見回し始めた。
「こらこら。あたしたちは、学者さんたちの安全確保のために来たんだから、たとえばなんかお宝があったとしても、それはあちらさんのにしないと。ああ言う人達なに言うかわかんないわよ」
「お、あった! エヌ! 宝箱!」
「おお! 流石お姉ちゃん!」
「聞きなさいよ!」
「も……もう宝箱に向かったアルよ。電光石火ヨネ、こうなったら」
おかしな口調のこいつがウルチパ。苦笑いしている。
「苦笑いしてないでとめなさい! あんた余裕でしょそんぐらい!」
「気付くのが送れたネ、勘弁するヨロシ」
あらぬ方向を指差して言うのに腹が立ったけど、その指の先を見たら……!
「つあああ!」
いらだって地面を踏み鳴らしたあたし。ウルチパの指し示した指の先には、嬉々として宝箱を開けようとしているあの爆発姉妹、もといバカ発姉妹の姿があった。
「どんな罠があるかわからないってのにっ! って言うかカークもぼんやりしてないでとめろ!」
「お……お前の勢いがすごすぎて、動くのに時間がかかってな」
「なぁもぉこいつら!」
「おーっし開いたー!」
「つ開けちまいやがったのね、んのバカっ」
「なんだ?」
「凄まじい地響きネ?」
「言わんこっちゃない!」
「お? なんだろなんだろ?」
「なにが起きるのかな?」
「ワクワクすんじゃないわよ! あんたらのせいでしょうが!」
ズボッ、音をつけるならこんな感じ。
地面が、下から掘り起こされたような、妙な動き方をした。
「っ! すぐ部屋から出るアルよ!」
「ちょっ、どうしたのよ?」
「出るのが先! 行くヨ!」
言うが早いか、ウルチパはさっさと、今いる部屋を走り出てしまった。
「ちょっ、こら! なぁもぉどいつもこいつもマイペースなんだからっ! っ?」
突然足元、足首をなにかに掴まれたような感触。
続けて、変なうめき声……!
「ぎゃあああ!」
思いっきり足を振り抜いて、それを振りほどく。
あたしの蹴りの勢いのせいか、足首を掴んでいた物は、手首から先だけが吹っ飛んで行った。
「なるほどっ! ウルチパがっ、さっさとっ逃げたのはっ! こういうっ! ことかっ!」
「リズミカルに連中のドタマ踏み壊してんじゃないわよカークっ」
「にげろやにげろー!」
「それにげろー!」
「遊ぶな現況っ!」
なにはともあれ。あたしたちは、大急ぎで遺跡の外まで駆け抜けた。
途中、あっちゃこっちゃから独特の、足を引きずるような音が聞こえて、鳥肌が立つやらゾクゾクするやら軽く気持ち悪くなるやら、散々だった。
「放置するわけにはいかないな。どうする、凄まじい数のゾンビだが?」
そう、なにが出て来たのか。
宝箱開けたら大量のゾンビが、遺跡のそこここから文字通り湧いて出たのだ。
「あたしは連中の処理、遠慮するわよ」
「出たアルな、アブニエの丸投げ」
「しょうがないでしょ、怖いし気持ち悪いし!」
「よし。なら」
「うん、わたしたちがなんとかしましょう」
「現況のくせに、なにヒーローづらしてんのよ、エラップス姉妹」
「やだなぁ睨まないでよアブニエちゃんってばー」
「怖い怖い」
だいたい後から喋ってるのが姉のマグエスで、先に喋ってるのが妹のマグエヌ。
「わかったわよ。んじゃ現況さんに、きっちりと責任取っ手もらいましょう。で? どうするの?」
「見てれば」
「わかる!」
自信満々な二人を見て、あたしたちはとりあえず、姉妹の後ろに非難する。
「……いやな予感しかしないんだけど」
「派手に行きそうな気配しかせんアルな」
「こりゃ、遺跡さんには滅びてもらうことになりそうだぜ」
気の毒な気持ちで遺跡を見つめるあたしたち。そんな空気を構いもせずに、二人同時の呪文詠唱が始まった。
二人の服が赤い輝きをうっすらと放つ。
これは魔力の通りやすい糸で作られた服で、魔力の使用を補助する魔縫服って言う高級品のなせる業。
エラップス家はこれを作る仕立て屋の家だから、冒険者としてはそこまで蓄えのある方じゃないあたしたちエブリデブットだけど、ツイン・エラプションの二人は装備できてるってわけである。
「イハーチ、ツオツーレ、エオチラ」
始まった詠唱。
こんな古代語、いったいどこで学んで来たのか。
聞いても、彼女たちには古代語が普通の呪文って認識だったみたいで、「みんな倣ってるよね?」って不思議そうに聞き返されて、再度追及しようって気力が萎えてしまった。
だから謎のままである。
「イオーレ、エニアチラ」
少しずつ、熱が二人の周囲に渦巻き始めた。
なにを言うでもなく、詠唱する前からなにをするのかわかってるのは流石双子よね。
「ソタチニール、ラフネニタノオータツ」
「「オノ、ヌム、リアツール!」」
炎の翼がうっすらと、二人の背中に一対、姿を現した。
このぼんやりした、魔法発動前の二人に現れる変化、綺麗であたしは好き。きっとぼんやりよりもっと気の利いた言い方ある気がするんだけど、パッとは出て来ないのよねいつも。
「いくよ!」
「甘さ控えめ!」
背中にあった翼がすーっと消えた。
「「暴虐のジェミニバン!」」
バンと同時に、二人が並ぶちょうど真ん中でお互いの両腕を組み合わせて、大きな三角形を作る。
すると、二人の両手が真っ赤に色づいた。
まるで紅色の手袋でもしたように。
二人は組み合わせた手を解いて、強く地面を蹴って垂直に飛んだ。
「「はぁっ!」」
気合の声と同時に、手を地面へと勢いよく向ける二人。
すると、真っ赤な球体が二つ、地面に向かって行くのが少しだけ見えた。
「くうっ!」
直後、凄まじい轟音が響き、あたしは耳をふさいだ。巻きあがった炎の熱気に、目も開けてられなくなった。
「ほい」
着地音と同時にマグエヌの声。
「お掃除完了~、ってね」
続けてマグエスも着地したみたい。
「たしかに、あれだけのゾンビの大量発生。放置するわけにはいかなかったネ」
熱気が少し弱まって、目を開けても大丈夫って判断。ウルチパの声に後押しされたのもあって、あたしはこわごわ目を開けた。
「火事って次元じゃないわね、これ……。流石現代魔法の倍の威力。それでもここまでのことには、そうそうならないでしょうけど」
思わず顔をしかめていた。眼前が、全て炎と化していたのだ。
肉の焦げる不快な臭いのおまけつきで。
「だな。学者の先生方には事情を説明するしかない」
「そうね。ウルチパの言う通り、あのゾンビどもを放置するわけにもいかなかったし。しかたないか」
燃え盛る遺跡だった場所を見つめて、あたしは溜息交じりに呟いた。
「ところで二人とも。いったい、あの宝箱からなに持ち出して来たの?」
「これ」って言って二人は、ポケットからそれぞれ一つずつ、赤い宝石を取り出して見せた。
その輝きは鈍くって、なんだか不気味な印象だ。
色も黒に近い赤で、長い間見続けてたら呪われそう。
「さ、それしまって帰りましょう」
「いいのか? 燃やしっぱなしで」
「爆発的に燃やしておいて、言うことじゃないかもしれないんだけど」
姉のマグエスが、少し言い難そうに切り出した。なんだろうと注目する。
「水魔法……ぜんぜん使えないんだよね。えへへ」
ごまかし笑い。けど、あたしたちが返した言葉はこれだった。
「「「「知ってた」」」」
「妹まで言っちゃったわよ……? まあ、いつものことだけど」
「じゃ、帰る前に消防隊んとこよってくか。『こいつらがやりましたが、後始末できないんでおねがいします』って」
「それしか、ないアルしな」
「ないの? あるの?」
あたしが突っ込みじみた聞き方したら、
「アハハ、ないあるないある、アハハハ!」
「ないのにある、あるのにない、アハハ!」
とツイン・エラプションが大笑いし出してしまった。
そんなこんなで、あたしたちは地域の消防隊のところに向かうことになった。サイレヌオルフも遠吠えっぱなしだしね。
*****
「おお冒険者さん、ちょうどいいところに! 大変じゃ! 大変なんじゃ!」
遺跡爆殺から二日経った昼。
今滞在してる村から出発しようと、冒険者ギルドの受け付けを兼ねてる宿屋から出たところで、大慌てな様子で走り回ってる村長に声を賭けられた。
当然のことながら、消防隊の人にはこっぴどく怒られた。
消防隊の要である、水の力を扱うドラゴンたちにも溜息をつかれるありさまで、もうごめんなさいするしかなかったのよね。
遺跡爆殺の翌日。事情を話したら、学者さんたちは残念そうだったけど理解してはくれて安堵した。
それで、二つあるからと例の黒赤い宝石を、あれにブラッドルビーって命名した学者さんが片方を戦利品としてこっちにくれたので、手ぶらでもなくなったから冒険者としてもよかった。
「ちょ、ちょっとおちついてください村長っ。なにがどうしたんですか、そんな血相変えて?」
びっくりしながらのあたしの問い。
「いいから来てくだされ! ほれ早く!」
あたしの言葉にまともに答えてくれず、村長は来た道を駆け出した。
「元気なおじいちゃんだねぇ」
「ほんと、元気いっぱい」
「爆発姉妹、注目するのそこじゃないだろ。あの様子、尋常じゃないな。俺達が仕事に出てる間に、いったいなにがあったんだ?」
「さっきから、小さくドスンドスン言ってるアルが、これと関係あるんアルかね?」
「そんなの聞こえてる? あたしには、まったく聞こえないんだけど?」
「こいつは身体能力どころか、五感も鋭いからな」
「失礼な! 魔力に対する感覚、いわば第六感もビッキビキアルよ!」
「ビキビキって……、って! 爆発姉妹さっさと行かない!」
村長をおっかけて、エラップス姉妹は楽しそうに笑いながら走り出してしまったのだ。
「子守は大変だぜ」
言うとカークが、彼女たちを追って駆け出す。
「まったくアルな」
「あんたらも似たようなもんじゃない」
走り出したウルチパを追い、あたしが一番後でダッシュ。
「「失礼な」」
「だんだんドスンドスンがでかくなってるアル。そろそろ聞こえて来るんじゃないアルか?」
「たしかに、小さくだけど」
「ああ。なんだか、聞えて来たな」
「なにがいるんだろ?」
「なにかなー?」
「あれじゃ!」
あたしたちの会話を聞いてたかのように村長が言って、惰性走りを数歩してから止まる。あたしたちも、少しずつ速度を緩めて惰性走りなく停止。
「あれは……」
カークの声に、しっかりと視線を正面に向ける。
「ドラゴン……よね? どうしたのかしら、なんか苦しそう」
「まるで、悶絶してるかのようアルな」
「そうなのか? ワシにはただ暴れてるようにしか見えんが。で、じゃ。冒険者さんたちには、あのドラゴンを大人しくさせてもらいたいのじゃ。あれを見て、精霊の怒りじゃとか天変地異の前触れじゃとか言って怯えとるもんがおるでな」
「たしかに、ドラゴンは各種魔力の源、精霊の化身って言われてるものね」
「超強力な回復能力持ってるアルから、冒険者の間でも手を出さないのが一般的。あのドタバタ状態をなんとかしろ とは、ずいぶんと難易度の高い話アルよ村長」
「難しいのは承知の上じゃ。しかし、ワシらではどうにもならんでな。頼まれてくれんか、無論報酬は出すぞ」
「そうだなぁ。こんだけ村長が走り回るほど緊急なんだ、やってみるぞ」
「そうね。ただジタバタしてるだけなら、どうにかなるかもだし」
「了承してくれた、と判断してよろしいかの?」
「ああ、大丈夫だ。なんとかしてみる」
「恩に着るぞい。いつ完全に発狂してブレス吐き出すかもわからんからのう。やってもらえるならこれほどありがたいことはないわい。それではな、吉報を待っておるぞい」
言うと村長は、村の方に帰って行った。なぜか小走りで。
「げ……元気のいいじいさんだぜ」
「なんか、走り回ってたのに騙された気がするけど、受けた以上はこなすわよ。冒険者として、受けた依頼は捨てない」
「信用にもかかわることアルしな」
「よし。やるか」
カークの声に、あたしたちは全員同時に、
「おー!」
と拳を突き上げた。
古代語は、点字で英語を書いた時の文字を、仮名に読み替えた物になってます。長音は呪文っぽさの味付けですけど。
点字はアルファベットも、記号を前置きして仮名五十音を利用するため仮名に逆変換できます。
でもDからが五十音順通りじゃなくなるので、逆変換すると言葉としては成立しない呪文みたいな文字の羅列になるんです。
以下にAからZを活字で置いておくので、古代語の解読したくなったら参考にしてくださいませ。
点字アルファベット早見表
ABCDEFG=アイウルラエレ
HIJKLMN=リオロナニヌツ
OPQRSTU=タネテチノトハ
VWXYZ=ヒソフムマ
改めて書いてみたら、なんだかふっかつのじゅもんみたいだな。あ、よく見たら最後に夢魔がいる!