それ、無理だから
ここは由緒あるマグドネル王国の貴族学院。今、王太子を筆頭とした卒業生がこれから始まる卒業記念パーティーを楽しもうとしていた。
出席した保護者達も、息子や娘が無事に卒業出来た事を喜び正装した晴れの姿を見て喜んでいた。
そんな中、王太子であるホーネット王子の叫び声が響く。勘の良い方ならお分かりであろう。数えきれぬ程に繰り返されながら、未だに受け継がれている例の騒動である。
「サイウン・ナカジマ、お前は可憐なラファール・ダッソーを苛め、階段から突き落としたな。その卑劣な行為、到底王太子妃とは認められん。よって婚約を破棄し、このダッソー男爵家令嬢ラファールと婚約する!」
マグドネル王家の先代王であるファントム王は、学生時代にナカジマ辺境伯家のフガクに命を助けられた。
その後互いに家を継ぐまで家格を超えて交流し、互いの子を結婚させようと誓った。
しかし、双方の子は男児しか産まれなかった。その次代を継いだイーグル王にホーネット王子が産まれ、テンザン辺境伯にサイウン嬢が産まれた為即座に婚約となった。
しかし、ホーネット王子は学院で奔放可憐なラファール嬢に惹かれた。
ラファール嬢にサイウンから苛められたと聞いた王子はこの言葉を鵜呑みにして卒業生ではないサイウン嬢をパーティーに呼び、婚約破棄と断罪をする流れとなったのである。
「テンザン殿、本当に、本当に済まない」
サイウン嬢の弁解を聞く前から、イーグル王はテンザン辺境伯に謝罪をした。しかし、それを不審に思ったのはこの会場の中ではホーネット王子とラファール嬢だけであった。
「父上、ラファールを殺そうとしたサイウンは犯罪者です。謝罪するべきは父上ではなくサイウンです!」
テンザン辺境伯の背後でメイドと共にいるサイウン嬢を睨むホーネット王子。
その場にいる全員は、心の中で「それ、絶対に無理だから!」と突っ込んでいた。
「ホーネット、学生ではないサイウン嬢が学院に侵入して苛めを行ったりその娘を突き落としたと?」
「家の権力を使って入り込んだり、取り巻きを使ってやらせるという手もあります。婚約者なのに見向きもされないので嫉妬に狂ったのでしょう」
婚約破棄のパターンとしてはありがちな理由であったが、誰一人それを信じる者は居なかった。
「婚約者に冤罪を被せ貶めるなど見下げた根性よの。ホーネットは自室に閉じ込めよ。その女は城の地下牢に放り込め」
「父上、実の息子の私よりもその女を信じると言うのですか!」
「信じるも信じないもなぁ・・・」
イーグル王は息子の婚約者を見る。当事者であるサイウン嬢は、メイドの腕に抱かれスヤスヤと眠っていた。
「一歳の幼女が、どうやったら苛めを指示したり階段から突き落としたり出来ると言うのだバカ息子め」
「「「「「「そりゃそうだ!」」」」」」
下は男爵から上は公爵までが揃って叫んだが、イーグル王はそれを不敬と責めずに不問にしたそうだ。
後日、ダッソー家は爵位を剥奪され、ラファール嬢は国外追放となった。
ホーネット王子は離宮に軟禁され、二年後アパッチ王子が産まれると王位継承権と王族としての身分を剥奪された。その後はそのまま幽閉され寂しい一生を終える事となる。
サイウン嬢はアパッチ王子と結婚し、その一生を幸せに平穏に過ごす。
後世マグドネル王家は衰退し、隣国のボーイング王家に吸収されその歴史を閉じるのであった。