第7話 二番弟子、魔法の衰退に気づく
気功魔剣を消しても、しばらくの間マイアさんは一言も話さなかった。
というか、完全に思考停止してしまっているようだった。
「魔法と……気……両方」
目を泳がせながら、ずっとぶつぶつと呟いている。
しかし、しばらくすると、急にハッとしたように体をビクつかせ、こんなことを言い出した。
「この事は、早くご両親に報告しないと!」
「待ってください!」
すかさず俺はマイアさんの腕をつかみ、部屋を出ようとするのを引き留めた。
おそらく、このままマイアさんを行かせると、マイアさんは俺のことを人間離れした存在かのように報告してしまうだろう。
そうなれば、俺が魔法と気の双方を扱えることは認められたとしても、それが訓練によって誰でも習得可能であることは信じられにくくなってしまう。
それだけは、何としても防がなければならない。
まずは、マイアさんに気を習得してもらうのがいいだろう。
両親への報告は、そのあとで十分だ。
「一旦、落ち着いてください」
マイアさんに深呼吸を促す。
数分後、マイアさんはようやく普通に喋れるようになった。
「ほんとビックリしましたよ! テーラス君、本当に適性は魔法なんですか?」
「そうですよ。って言うか、さっきこ気功剣に魔法を付与してたじゃないですか」
「それも……そうでしたね」
「というか、一つ思ったんですが……魔法か気か片方しか使えないで、どうやって身体強化を使うんですか?」
ふと思いついた疑問を投げかけてみた。
身体強化は、気の場の中で魔力を動かし、発生した力を使う技だ。
片方のみしか扱えないで、どうやって発動するのだろう。
「……身体強化って何ですか?」
そう来たか。まさか、概念すら知らないとは。
……もう一度実演するか。
「マイアさん、腕相撲をしませんか?」
「へ? 腕相撲ですか? いいですけど……」
そう言って、マイアさんは机に肘をついた。
俺も机に肘をつけ、マイアさんの手を握る。
「いきますよ、始め!」
合図をして、全力を込める。とは言っても、筋力だけで出せる全力だが。
いきなり均衡が崩れ、どんどん押し込まれていく。
相手は女性とはいえ、名門校で特待生としてやってきたエリートの大人だ。
すぐに、自分の掌が机につきそうになった。
そのタイミングで、俺は身体強化を発動した。
すると……俺は苦も無くマイアさんの腕力を押し返し、ものの数秒で勝利することができた。
「あ……あれ? 今、一体なにが?」
マイアさんは、混乱した表情で自分の手と俺の顔を交互に見ている。
「最初が身体強化なしの状態で、あと一歩で負けるってところで身体強化を発動しました。こういう力のことですが……本当にご存知ありませんか?」
「確かに、途中からテーラス君の魔力が動き始めたのは感じましたが……今みたいな現象は、初めて経験しました。それも魔法と気の両方が必要なんですか?」
「そうですね」
「あの……今思ったんですけど、テーラス君、私、必要ですか?」
真面目な顔で自分の存在意義を聞いてくるマイアさん。
「目の保養になるんで必要です」とは言えなかった。
この人は、そういう返事では余計に傷ついてしまうタイプだろうからな。
代わりに、こう答えた。
「もしかしたら、教えてもらうことは何もないかもしれませんね。でも、僕にはあなたが必要です。具体的には……僕以外の人間にも、魔法と気の両方を扱うことができるという証人になって欲しいんです。僕が手引きしますから、気の扱い方を一緒に練習しませんか?」
魔法と気の両方を扱えれば、今後家庭教師としても引っ張りだこになると思いますし、と付け加えた。
教えるのが好きな人間は、往々にして学習意欲も強いものである。
伝説の技だなどと敬遠せず、ものにしてくれるに違いない。
教えてもらうことは何もないってのはちょっと傲慢だったかもしれないが……知識面で大賢者の二番弟子がそこらの優等生に負けるとしたら、それはそれで問題だしな。まあいいだろう。
「はい! なんかここまでやられると、プライドより好奇心が勝っちゃいますし。ご期待に沿える自信は皆無ですが、とりあえずテーラス君を信じてみます!」
マイアさんも、思った通りに機嫌を直してくれた。
転生しても、俺の世渡り力は健在だな。
「じゃ、早速練習しましょうか!」
☆ ☆ ☆
「せいのまそ、ふのまそ、ふああぁぁぁ……」
1通り鍛錬を終える頃には、マイアさんはすっかり疲れ果ててしまっていた。
結論から言うと、気の訓練に入る以前の問題として、マイアさんがあまりにも魔法の基礎を知らなさ過ぎたのだ。
魔力と気の相互作用が知られていない時点で、随分と戦闘ノウハウが衰退したものだとは思っていたが、まさか「魔圧」や「魔流」の概念すら知らないというのはな。
想定外過ぎて、こちらも開いた口が塞がらなかった。
じゃあ一体魔法学園では何を教えていたのか、と聞いてみると、毎日ただ様々な魔法を使ったり、迷宮に魔物を狩りに行ったりしていただけだと言う。
「基礎訓練」に該当するものは、何一つ教わらなかったんだそうだ。
教師が知らないと言うのだから仕方がないことではあるのだろうが、魔法の仕組みを教えない魔法学園って存在意義あるのかと疑ってしまうな。
無論、マイアさんの母校を悪く言うようなことは決して口にしないけれど。
お陰で、座学から始める羽目になってしまった。
それこそ、俺みたいな転生者ではない、ただの6歳児に教えるかのような要領でだ。
魔圧や魔流はマイアさんにとっては斬新な概念だったらしく、「魔法の威力が魔力量だけでは決まらないって何ですかそれは!」とかなり仰天していた。
そんなマイアさんも、「魔素に正と負の性質がある」というあたりから頭がこんがらがり始めてしまったようだった。
確かに、俺も前世で初めて習ったときはさっぱり理解できなかったからな。その気持ちは分かる。
だが、これが分からないと最も効果的な魔圧訓練である「コンデンサー訓練」ができないので、何とか頑張って理解してほしいものだ。
その後、とりあえず座学の内容は「そういうものだ」と覚えてもらい、実技に移った。
鍛錬の様子は今の俺に比べれば随分と稚拙ではあったが……前世で初めて魔法を習った際の俺並みにはできていた気がするので、素質自体はある方なんじゃないかと思う。
そうして、今に至る。
俺はまだもうちょっと鍛錬を続けるつもりだが、マイアさんはもう限界だろうな。
そう思っていると。
「あの……。テーラス君、絶対ただの6歳児じゃありませんよね? 何といいますか……優秀とか、そんな次元を遥かに超えちゃってるじゃないですか。こんな聞き方をするのも何ですけど、何者ですか?」
マイアさんが、そう質問してきた。
「今から言うことは、完全に他言無用ですよ」
そう前置きして、俺は正直に話す事にした。
俺が転生者であることは家族を含め誰にも言わないつもりでいたが、この状況でならマイアさんだけには告げても良いだろう。
ただし、マイアさん以外は誰も信じないだろうから、マイアさんが変人扱いされない為にも他言無用と釘を刺したがな。
「俺は、大賢者グレフミンの弟子の1人です。転生したら、この時代に生まれ変わりました」
……。
あれ、マイアさん固まっちゃったぞ。どうしちゃったんだろう?
「……大賢者……グレフミン……。まさか、テーラス君が架空の世界からの使者だったなんて。私、とんでもない人に出会ってしまってたんですね」
……おい。勝手に話を捻じ曲げるな。
俺は実在の歴史からやってきたんだぞ。
【次回のあらすじ】
テーラス樹、冒険者登録の際マイアさんに活躍の場を与えるようです。