第52話 二番弟子、勘が当たる
「すみません」
俺は、ポスターを剥がしていた会場スタッフと思われる人に声をかけた。
「どうしてポスターを剥がしてらっしゃるんですか? 兵!兵!兵!って、これから開催ですよね?」
すると……会場スタッフと思われる女性は、こう答えた。
「あ……もしかして、ご存知無いんですね。 兵!兵!兵!は、延期となったんですよ」
「……はい?」
思わず、俺は聞き返してしまった。
……そんな話、俺一切聞いてないぞ。
というか、国をあげたお祭りを、今更延期になんてできるもんなんだろうか。
「……それって、いつ決まったんですか?」
「1週間ほど前です」
「急ですね……」
……そんなに最近の話だったのか。
確かにそれなら、俺がそのことを知り得なかったのも無理は無いな。
ゴドウィンと一緒に飛べる俺ならまだしも、この時代には1週間でここから樹領まで情報を伝える手段は存在しないのだから。
ただ……
「それだと、俺みたいに、情報が回ってなくて会場まで来ちゃう人が出てくるんじゃないですか?」
「そうですね。ですから……私たちは会場の撤去作業だけでなく、そうして来てしまった方の誘導の役割もあるんです」
そういうことらしかった。
それにしても……国が総力をあげて行う規模の祭りが延期に追い込まれるとは、一体何があったのだろうか。
このスタッフがどこまで知ってるかは分からないが、とりあえず聞いてみることにした。
「何で、兵!兵!兵!は延期になったんですか?」
「それが……どうやら、その情報は極秘事項みたいなんです」
お役に立てずすみません、と、スタッフは頭を下げた。
……極秘事項か。
どうも、雲行きが怪しくなってきたな。
そう思い、元来た道を引き返そうとすると……突然、スタッフの人は俺の服の袖を掴み、慌てた声でこう言ってきた。
「あ、そういえば! 貴方って、テーラス樹様ですよね?」
……俺のことを知っているのか。
普通に「そうです」と答えようかとも思ったが……妙に嫌な予感がしたので、俺は何も答えなかった。
そうしていると、スタッフの人はこう続けた。
「フェンリル連れの超絶美少年……間違いないですね」
スタッフの様子は、まるで何かを分析するかのようだった。
……なんか、怪しいな。
そう思った俺は、こう聞き返してみることにした。
「だとしたら、どうなるんですか?」
すると、スタッフの人はこう答えた。
「テーラス樹様。一緒に、王宮まで付いて来てください。私がお連れしますので」
スタッフの人のその言葉で……俺の警戒心は、一気に高まった。
俺の勘が正しければ、今俺はかなりまずい状況に置かれている。
ただの会場スタッフが、俺を「王宮に案内する」などと言っているのだ。これを怪しいと言わずして、何と言うのか。
本来は、舞踏会等のイベントで、高位貴族令嬢の心理状態把握にのみ使うつもりだったが……そんなことを言っている場合じゃないな。
そう思い、俺はサイコメトリーを発動した。
スタッフは、こんな思考をしていた。
(テーラス樹様は、王女様の想い人。テーラス様がここにいらっしゃる可能性を踏まえて、侍女である私がこの仕事に派遣されたんですから……このチャンスを逃すわけにはまいりません)
……想定の数倍まずいやつだった。
よりにもよって、高位貴族どころか王女って……おい。
うん。
これ、何としても王宮についていくのだけは拒否しなければならないな。
このスタッフ──侍女は、何としても俺を王宮に連れ帰るつもりのようだが……俺の交渉力は、それを許すほど安くはない。
そう思い、俺はこう返事をした。
「すみません、それはできません。……今日は、フェンリルの特別な日ですから」
そう言いつつ……俺はゴドウィンに、こっそりと指で合図を送った。
これはタダのハッタリだ。
「フェンリルの特別な日」などというものは存在しない。
俺は、ゴドウィンと再会して間もない頃に、「もしも、その場を切り抜けるためにフェンリルに関するデタラメを言わないといけない状況に陥ったら合図するから、口裏を合わせてくれ」と、取り決めをしていたのだ。
まさか、それを使う日が来るとは思ってもみなかったがな。
「フェンリルの……特別な日?」
「はい。この日はだけはキチンとしないと……色々とまずいんです。王宮側には、『無理やり連れてくるのは良くない状況だった』と伝えていただければ、と」
具体的なことは何も言わない。
そもそも、「色々とまずいこと」なんて、実際は起きないのだからな。
「フェンリルを怒らせると王国そのものが──」くらいは言っても、信じさせることはできるかもしれないが……いくらハッタリに同意してくれてるとはいえ、ゴドウィンの立場が悪くなるような事は言いたくないしな。
曖昧なまま引き下がらせることができれば、それが一番と言えよう。
「そうですか……残念ですね……」
……どうやら、上手くいったようだ。
「では、これにて」
俺は一礼し……足早に、その場を去った。
「やっぱり引きとどめよう」などと思わせる時間は、与えてはならない。
曲がり角を曲がったところで、視線誘導と幻影魔法の併用を開始し……そのまま、俺たちは会場の外まで出ることができた。
とりあえず、危急の問題は去ったな。
樹領まで呼び出しが来なかったあたり、王宮への招集はそこまで緊急ではなさそうなので、しばらくは次の手に出られることは無いだろう。
となると……今度は、兵!兵!兵!の延期理由でも探っていくとするか。
只事ではなさそうだしな。
何か、人類全体にとって危機的な事が起こってはいないか。
それだけでも、確認しておきたいものだ。
【次回のあらすじ】
延期の原因となった「極秘情報」の在り処にたどり着きます。




