第37話 二番弟子、元家庭教師の教え子に会う
今回は、ちょっとした休憩の回になります。
「こ……こんなに早く飛べるなんて……フェンリルって凄いんだね」
「いや、我1人では不可能だ。人間と協力して、初めてこの速度が出せる」
「……それなんだけどさ。どうして、フェンリル単独の場合と人間とフェンリルが協力した場合で、そんなに速度に違いが出るの?」
「簡単な話だ。我1人だと飛ぶために細かい風の制御を行わなければならんが、適切な翼があれば我は上昇気流を生み出すだけで良い。我のリソースの大半を制御に使うか、単純に推進力に使えるか。この差は大きいという話だ」
「なるほど、ね」
空を舞うこと約10分。
初めは怯えていたマイアもようやく慣れてきたらしく、ゴドウィンと会話できるまでになったきた。
「ゴドウィン、この辺で降ろしてくれ」
俺の馬が見えてきたので、着地してもらう。
「懐かしい……これ、あの時盗賊から奪った馬だよね?」
「ああ。こいつのお陰で、俺はペリアレイ魔法学園からアインナハトの森まで2日で来れたんだ。頼もしい奴だぞ」
マイアが馬を撫でると、馬は嬉しそうに嘶いた。
それを見て、俺は1つの提案を思いついた。
「良かったら、この馬貸しとこうか? 俺はこれからしばらくゴドウィンと一緒に過ごそうと思うし、そうなったら馬での移動はほぼしなくなるからな」
「……良いの?」
「ああ。俺が持ってても、暫くは宝の持ち腐れになる。今回『妖艶なるもの』狩りに協力してくれたこともあるし、これくらいのことはさせてもらいたい」
「ありがとう」
こうして、俺の駿馬はマイアに預かってもらうことにした。
俺は馬を繫ぎ止めるのに使っていた野宿用具を収納し、気でソリの形の結界を張ってそれをゴドウィンに繋いだ。
マイアの教え子のもとに向かう際、馬にはマイアに乗ってもらおうと思う。
そして、俺はゴドウィンにソリを引っ張ってもらい、移動しようってわけだ。
馬単体で走らせるわけにはいかないし、俺とゴドウィンだけ飛んでたら、道案内してもらえなくなるからな。
これが最適解だろう。
☆ ☆ ☆
「なあゴドウィン。そういえば、お前はワートに狙われなかったのか?」
「ワート……あの忌々しい、グレフミンの一番弟子のことか」
「そう、それだ」
「確かに、奴と戦って命を落としていったフェンリルは少なくなかったな。だが、奴は俺を狙って来なかった。奴の性格から察するに、当時芸能活動しかしていなかったフェンリルになど興味なかったのではないか?」
「なるほど、一理ある。全く戦闘行為に及ばず、エンタメの世界だけで生きていたフェンリルなどお前くらいのもんだったからな」
「それが、こんな結果で命拾いするとは。分からぬものだな」
俺とゴドウィンが、他愛もなく前世の時代の話をしていた時。
「あ、ここから見える、あの家だよ!」
マイアがそう言って、教え子の家を指差した。
それから約5分。
俺たち一行は、その家に到着した。
庭先で結界ソリを解除していると、玄関から1人の女の子が飛び出してきた。
そして──
「あ、マイアさん、おかえり……い……ぃ……」
出てきた瞬間の元気は一体どこへ行ってしまったのか。
その女の子は俺とゴドウィンを見るなり、口をあんぐりと開けたまま動かなくなってしまったのだ。
「ふぇ、フェンリルー!?」
「は、ハハハッ。あの娘は、テーラスの容姿より我の方が気になるらしいな!」
驚く女の子の叫びに、そう言って得意げになるゴドウィン。
「……拳骨入れていいか?」
ちょっとゴドウィンの態度が目に余るのでそう言いはしたが、おそらくこの女の子は俺よりゴドウィンをカッコいいと思って叫んだ訳ではなさそうだ。
むしろ、突然のフェンリルの登場に及び腰になってしまっている可能性が高い。
ここは1つ、アイスブレーキングをしなければならなさそうだな。
☆ ☆ ☆
「ゴドウィン、本当にそんな事が出来るのか?」
「勿論だ。ワートの暴走以降、俺は暇を持て余していたからな。今となっては、全メンバーの楽器を全部再現することくらい容易い」
という訳で、俺とゴドウィンは「使命ヲ負イシ男タチ」を臨時で再結成することにした。
自分の為にライブを開いてくれたとなれば、女の子だってフェンリルであるゴドウィンに対して心を開いてくれるだろう。
そう思ってのことだ。
ちなみにゴドウィンがボーカル以外全て風魔法で再現できるようになっているというのは、かなり嬉しい誤算だ。
「にしても不思議。楽器を演奏するフェンリル……テーラスの過去の話を聞いても、どうしてもそんなイメージが持てなかったもん」
女の子の背をさすりながら、マイアはそう呟いた。
「不思議なのはこっちの方だ。いつから『フェンリルは殺戮の死神』みたいなイメージが定着したんだってか」
「まあ、そういう生き方をする奴の方が主流だったからな。芸能の世界で生きられたのなど、我らみたいな才あるもののみよ」
俺の返答に、ゴドウィンがそう誇らしげに返す。
……まあ確かに、フェンリルの8割は戦闘に従事していたもんな。
価値観が歴史に歪められたとして、不自然とは言えないか。
「まあ、とりあえず楽しもう。今回の曲目は、俺たちのデビュー曲『感情』と、特に人気の高かった『距離』『もう一度、翔べ』の3曲だ。ノリにノっていけよ!」
俺のMCと共に、演奏がスタートした。
【次回のあらすじ】
とりあえず、次で連休編を終わらせて、なんとか次々回から次の敵とのバトルの章に入れたらと思います。




