第36話 二番弟子、空を飛ぶ
「『妖艶なるもの』を倒したのは貴様らだな」
白銀の狼は厳かな声で、そう聞いてきた。そしてこう続ける。
「その事自体はどうでもいい。だが、貴様らはそんな事の為に、我の眠りを妨げたのだ。その落とし前、どうつけてくれよう?」
ゆったりとしたペースで、俺たち2人に近づいてくる狼。
その雰囲気は、何人たりとも顔を上げて話すことを許さないとでも言うかのようだった。
「あ……あれってもしかして、フ、フェンリル……?」
マイアが完全に萎縮してしまっている。
まああの威圧感を感じるのが初めてなら、そうなるのも無理はないな。
……そう言えば、完全に忘れていたな。
探知にマイアが引っかかったことで完全に頭から吹き飛んでいたが、ケ・アナケアの耐久力を底上げしてる奴がいるんだった。
「妖艶なるもの」を倒したこと自体はどうでもいいと言っている以上、直接手出しはしていないんだろうが……フェンリルともなれば、存在するだけでそれくらいの影響は与えられるか。
普通に考えて、ちょっとヤバい状況だ。
魔力も気も全回復している時ならまだしも、この疲弊した状態でフェンリルを相手取るのは相当にしんどい。
だが……このフェンリルとは、戦う必要は無いかもしれないな。
どこどなく、見覚えのある奴なのだ。
試しに、転生探知を使う。
……うん。これは確定だな。
むしろ、再開を喜ぶ時と言っても過言ではないだろう。
「久しぶりだな、ゴドウィン」
俺は、前世の知り合いである事が判明したフェンリルの名前を呼んだ。
「……なぜ我の名前を!」
流石のフェンリルも、名前を当てられたことにはたじろいだようだ。
同時に、重苦しかった威圧感も消滅する。
「なぜ、ねえ。まあ、こっちがここまで変わっていれば見分けはつかないか。仕方ない、ヒントを出そう。『使命ヲ負イシ男タチ』のメンバーの波長で転生探知を使うんだ。外見の情報以外が、俺と完全に一致する奴がいるはずだ」
俺はゴドウィンにそう促した。
「使命ヲ負イシ男タチ」というのは、前世で組んでいたバンドの名前だ。
前世の時代では、風魔法が得意なフェンリルに楽器の音を魔法で再現してもらう形の音楽ユニットは少なくなかった。
「使命ヲ負イシ男タチ」もその1つで、俺がボーカルを担当し、ゴドウィンにはシンセサイザー音をやってもらっていた。
わざわざ回りくどくクイズ形式にしたのは、ゴドウィンに俺の正体を信じてもらうためだ。
「俺が転生したレーロンだ」と言うより、自分で当てた方が納得できるという心理は、人間もフェンリルも変わらないからな。
あと転生探知は、前世で俺が教えた。
ゴドウィンは「〇〇ができる唯一のフェンリル」というのに強いこだわりがあったようで、人間すら見向きもしない技にもかかわらず頑張って覚えてくれたのだ。
それがこんなところで役に立つとは。
「……レーロンか?」
転生探知を使い終えたゴドウィンが、そう聞いてきた。
「ああ」
「では……レーロンは、昔語っていた『改竄転生』とかいう、理論を聞いてるだけで頭痛がするような技を、本当に使ったというのか?」
「また大袈裟な。『改竄転生』、見方によっちゃあ結構有用なんだぞ」
改竄転生使いのことを変態扱いされはしたものの、どうやら俺が誰かは理解してくれたようだ。
「一つ言っておくが、今の俺の名前はテーラス樹な。あとこの人はマイア。俺の元家庭教師だから、怖がらせないでやってくれよ」
「分かった、テーラス。というか、そもそもここに来ていたのがテーラスだと分かっていたならば、脅すような真似はしなかったんだがな」
「まあ、その件はもう大丈夫だ。それより俺、森のはずれに馬を繋いでるんだが……そこまでひとっ飛び、お願い出来ないか?」
「久しぶりに高速飛行ができるってことか? 断る理由はない」
フェンリルは風魔法が得意で、魔力も豊富だ。それ故に、風を操って多少は空を飛ぶこともできる。
だが、単独ではさほどスピードを出すことができないという欠点もある。
しかし、そこで人間が協力すると、話は変わってくる。
人間が気で結界の翼を作り、フェンリルがそこに上昇気流を送る。
この方法でなら、高速飛行も可能となるのだ。
だが、今の時代の人間で、フェンリルと協力して空を飛べる者はそう大していないだろう。
ゴドウィンが久しぶりと言うのも頷けるな。
「てなわけで、だ。マイア、ゴドウィンの背中に乗ってくれ」
「……は? このフェンリルに乗るの?」
「ああ。心配しなくとも、ゴドウィンは前世で仲が良かったフェンリルだ。さっきは寝起きでイライラしてたけど、基本は温厚な奴だし、恐れることは無いぞ」
「わ……分かった。テーラスがそう言うなら……」
こうしてマイアは、ゴドウィンに乗って飛ぶことに了承してくれた。だが──
「おい、レー……じゃなくてテーラス。この娘は、気功航空力学とやらは理解しておるんだろうな?」
ゴドウィンが、そう心配そうに聞いてきた。
前世では、人間が作る結界の翼が稚拙なあまり、墜落するフェンリル一行が後を立たなかった。
その問題を解決するために作られたのが、気功航空力学というもの。
前世では、それを学んでなければフェンリルと協力しての高速飛行は禁じられていたが……今となっては、そのことすら忘れ去られてしまっているのだろう。
マイアにも、ちょろっとその話をした覚えはあるが……前世で免許を取れる基準で習熟させてはなかったな。
「そこは気にするな。翼は俺がやる。ちょっとの距離だし2人でも乗せられるだろう?」
「……そうだな。女と子供なら、何とかなろう」
では、出発だ。
【次回のあらすじ】
テーラス樹、マイアの教え子に会います。
「使命ヲ負イシ男タチ」は、果たして再結成なるのか──?




