第2話 二番弟子、大賢者の死を知る
「適性診断」の後自室に戻った俺は、とりあえず魔法の訓練を行う事にした。
魔法が「気」に大きく劣るかのような不当な評価への疑問は残るが、6歳児にできる調べ物のレベルなんてたかが知れてるしな。
これを機に家族から蔑まれるようになった、とかいう訳でもないので、今は自分にできる事に専念し将来に備えた方がいいだろう。
ここで言う魔法の訓練とは、魔法の威力を上昇させることである。
魔法の威力には、「魔法の威力=魔圧×魔流」という公式がある。これから様々な方法で、魔圧と魔流を別々に鍛えていくのだ。
まずは鍛え方が単純な「魔流」の方からいくとしよう。
「魔流」というのは、1回の魔法で消費できる魔力量のことだ。
訓練していない人の場合、最大魔力量の5%くらいが限界となる。
これを増やす方法は2つ、「最大魔力量の増加」と「最大魔力量に対する1度に消費できる魔力の割合の増加」だ。
前者は戦闘経験に応じてのみ増やせるものなので、今からやるのは後者だな。
訓練方法は単純明快。体内で、魔力を行ったり来たりさせるだけだ。
師範はこの練習メニューを「交流魔流の訓練」と言っていたな。
コツは、魔力の行き来の切り替えを限界まで素早く行うことだ。
今の自分だと、1秒あたり4回の切り替えが限界ってとこだな。
この体で初めてやるにしては良い方だろう。前世でなら、1秒あたり1000回くらいはいけたんだが。
まあ実用レベルを基準にするなら、大人になるまでに1秒あたり400回くらい切り替えられるようになれば上出来だ。
そこまで来れば、1度の魔法で最大魔力量の30%は使えるようになるからな。
ちなみに師範は、本気を出せば1秒あたり100000回は切り替えられていた。
あの人マジレベチ。参考にならない。てかどうやって数えてんだ。
ちなみに参考にする必要もない。師範は最大魔力量の50%を1度に消費できたって話だが、2回打ったら魔力切れになるような大魔法など滅多に使わないからな。
30分もすると飽きてきたので、魔圧の訓練に移ることにした。
「魔圧」というのは、魔力の流れを生み出そうとする圧力のようなもののことだ。
師範は「魔圧」ではなく「魔位差」という言い方をすべきだと力説してたけど、結局後者は広まらなかったな。
強め方は3つあり、どれも室内でできるものなので一つずつやっていこう。
最初の訓練法は、体内の魔力の流れを滞らせる「魔力抵抗」の大きさを自在に変化させてみる方法だ。
特に難しいことは無く、魔力の流れの滞らせ方をいろいろ試しているだけでいい。
簡単な反面効率の悪い訓練方法ではあるが、後に複雑な訓練をやる際の基礎となるので無意識にできる程度には慣れておく事が肝要だ。
数分「魔力抵抗」の訓練をやると、次の訓練法に移る。
それは、体の左半分に正の魔素、右半分に負の魔素を集めて性質の違う魔素を分離し、体の中心を魔力を通さない絶縁性にする訓練だ。
「コンデンサー訓練」とか「キャパシター訓練」などと呼ばれていた方法だな。
コツは、魔素の分離の精度を上げる事と絶縁部分を可能な限り薄くすることだ。
難易度の高い訓練方法である代わりに、魔圧の上昇においては最も効率的な訓練でもある。
当たり前だが、前世に比べると分離の精度も低いし、絶縁層もかなり厚くしないとすぐ失敗してしまう。
もどかしいというよりは、懐かしい感じだな。
ま、転生のデメリットは覚悟していた事だし、成長を楽しんでいくとしようか。
最後の訓練法は、体内で魔力を螺旋状に流すというものだ。
この訓練には、特殊な性質がある。
魔力を螺旋状に流すと、螺旋の軸の部分に「気」の場ができるのだ。この現象は、師範によって「魔気誘導」と名づけられた。
因みに「魔気誘導」に代表されるような魔力と気の相互作用は、師範である大賢者グレフミンによって発見された。
そしてこの発見こそが、我が師範が大賢者と称される理由なのだ。
なんせ、この発見のおかげで人類は魔力と気の双方を扱えるようになったのだからな。
我が師範は、人類の発展の礎そのものだ。
さて、訓練に話を戻そう。
うん、問題なく「気」の流れを感じるな。
訓練していない6歳児の魔力で発生させられる「気」の場などたかが知れているのだが、前世の感覚のおかげで微かに気を感じ取れた。
ある程度強力な「気」の場を生成できるようになれば、こんどは気の訓練も開始できるようになる。
実に楽しみだ。
魔流の訓練を初めてから約2時間が経ったところで、俺は今日の訓練を切り上げた。
転生してから初めての訓練なのでちょっと張り切りすぎたのか、かなり疲れてしまったな。
昼寝でもするか。
☆ ☆ ☆
昼寝から覚めた俺は、本を読むことにした。
居間の本棚をざっと眺める。
ここには子供用の本しか置いてないし、父の書斎にでも行ってみるか。
……そう思った矢先、俺は本棚の1冊の本に目が留まった。
タイトルは、「大賢者グレフミンの伝記」だ。
……なぜ、そんなものが存在する?
俺が知る限り、師範は自伝を残すような人でもなければ他人に伝記を書かれて喜ぶような人でもなかった。
むしろ、そういった類のものが流通するのをかなり嫌っていたはずだ。
俺が死んでいる間に心変わりした……という線は、考えづらいな。
ちょっと読んでみるか。
☆ ☆ ☆
「大賢者グレフミンの伝記」を読み終えた俺は、かなりの衝撃を受けた。
まず、大部分が間違っているとしか思えないような内容だった。
最も重要な部分であるはずの「魔力と気の相互作用」に関する記述が一切無かったのだ。
その上で、「大賢者グレフミンは唯一、魔法と気の双方を扱えたため大賢者と呼ばれるようになった」などと書かれてあるのだ。
児童書だからかとも思ったが、それにしても酷すぎる内容だ。
「魔法と気の双方が使えるのは大賢者のみ」なんて馬鹿げた嘘、子供だって真に受けはしないだろ。
誤植で済まされるレベルでもない。
更に酷かったのは、ラストの部分だ。
「大賢者グレフミンは、魔族との闘いの末その生涯を終えた」って何だよ。
これに関しては色々と言いたい。
師範が……死んだ?
まず、そこがどうあったって信じられない。師範を殺す存在が、思い当たらないのだ。
師範は飽くなき探求心の持ち主だったので「永遠の命に飽きて自殺」も無いだろう。
美形で天才、持病や障碍は無い健康そのものの師範が転生術を使ったとも考えにくい。
あと魔族って何だ。そんなもの前世では聞いたこともないぞ。
百歩譲ってそこは俺の知識不足だとしてもだ。
「魔族との闘いの末」などと書かれてはいるが、師範を殺せるレベルの悪人がいれば人類などとっくに絶滅しているはずだぞ。
まずい。ますます疑問が広がってしまった。
だが、見方を変えれば疑問解消の糸口を見つけたとも言える。
……師範関係を切り口に探りを入れていくとするか。
【次回のあらすじ】
テーラス樹、転生後最初の狩りに出かけます!