【第一章】第四部分
玲駆との距離が一向に縮まらない日々が続いたある日の夕方。美散は自分の部屋でキズ付きの柱とにらめっこしていたが、胸の変化に気がついた。セーラー服の上がキツくなってきたのである。
「胸が大きくなってる。でも柱のキズはおととしの5月5日、じゃなくて、昨日と同じだよ。でも制服の上がキツいってことは、ま、ま、まさか、単純に太ったってこと?最近、お菓子を食べ過ぎたから?これはストレス太りかも?ず~ん。」
超どんよりした天気な表情になった美散。
「いやあたしの勘違いかも。もう一度確認しなきゃ。」
今度は、柱のキズ位置がかなり下に来ている。
「あれ?さっきよりもキズの位置が低くなってる。・・・。おかしいよ。もしかして身長が伸びてる?いや、からだ全体が大きくなってるんじゃないの?もうこういう成長期じゃないはずだし。これって、もしかして、思春期にかかるあの病気かも?」
大きな不安を抱えて、美散はすぐさま医者に駆け込んだ。ここは『青春クリニック』という名前の医院である。
小さな治療室にいる白衣の医者。ナスビのような顔に丸いメガネをかけている中年男である。血液と尿の検査を行い、診察結果が出た。
「あなた、もうちょっと、こちらに近づいてください。検査結果をお話するのに、聞こえないでしょう。」
医者に対しても5メートルの排他的経済水域を張っている美散。床に密着した全警戒モード展開中。
「す、すみません。いつもの習性で。」
おずおずとした動きで、医者の元に匍匐前進した美散。
「残念ながら、あなたは『巨人女子症』です。」
「ええっ?やっぱり~。お代官様~。」
いきなり巨人宣告を受けた美散。床から医者を涙目で見上げている。
『巨人女子症』とは、思春期女子1万人にひとり現れる異常。保健体育の教科書にも乗っている突発性の病気である。1万人にひとりというのは、けっこう高い確率であり、意外に身近になってしまう病気である。この病気は原因不明で、治療法がまだ見つかっていない。巨人女子症になると、最大16メートルの高さになり普通の生活が送れなくなる。
「こ、こんなことって、あり得ないよぉ~。あたし、市民権がなくなるんだよね?選挙権とか、市民サービスを受ける権利、警察に守られる、救急車で運ばれるとか。」
美散は下を向いて、医者と目を合わせることはない。
「この病気では警察官のお世話にならないでしょう。でも救急車には乗れません、これは差別ではなく、物理的にです。」
「きょ、教育を受ける権利とかもなくなるの?」
医者は沈黙。
「ま、まさか、学校に行けなくなるとか。」
やはり無回答。