【第一章】第三部分
幼い頃は、玲駆の方が、美散よりもからだがデカかった。一般的に女子の方が成長が早くてやや大きいが、美散と玲駆の場合はそうでなかったため、同い年の子供たちからも、『美散ちゃん、ちっちゃくて変』と言われていた。ふたりがいつも並んでいるから、余計に身長差が目立っていたのである。しかし、幼少期からイケメンだった玲駆を独占する美散への嫉妬心が、非難の主たる原因であったが、美散は気づいていなかった。
キャッチボールをしても、美散は玲駆の球を捕れなかった。美散は運動神経も未発達であった。小さい頃は運動神経のありなしが、人格・性格形成に大きく影響する。美散が引っ込み思案になってしまった大きな原因はこれである。
「うえ~ん。また、レイちゃんのボールが捕れなかったよ~。」
「美散ちゃんはちっちゃいからダメなんだよ。チビはキャッチボール禁止だよ。球拾いに専念するんだね。」
歯に衣着せぬ子供は残酷である。イジメの端緒は、弱者に劣等感を作って広げるところから始まる。
「美散は大人になったら大きくなるんだよ。今に見てろ!」
玲駆はそう言って、イジメられそうになる美散を守ってくれていた。
小学生になってからも、いつも『美散は小さい』とからかわれていた。でも玲駆は、美散をこう言って励ましていた。
「美散はきっと大きくなるんだから、他人の言うことは気にするな。」
ある時、教室の掃除をしていた玲駆と美散。後ろの黒板側に寄せた机の上に乗せていた椅子が、ガラガラと落ちてきた。即座に身を挺して美散を助けた玲駆。
「レイちゃん!大丈夫?」
起き上がった美散は、自分の代わりに椅子の下敷きになった玲駆の背中をさすりながら話しかけた。
そんな玲駆のことが美散は大好きだった。
しかし、小学校最上級生になり、『小さい』の方向が首の下になった。
「美散はいつまでも子供だなあ。」
「な、なんだよ。小さいことがそんなに悪いことなの?」
「もうすぐ中学生になる。そうなれば大きい方がいいだろう。でも小さい頃と同じ気持ちのままでいれることは悪くないかもな。」
「それじゃあ、あたしが子供のままでいいってことになるよ。そんなのイヤだよ。あたしだって、いつか大きくなって、レイちゃんを見下ろしてやるもん。その時、レイちゃんからあたしにコクってよね。それでいい?」
「わかったよ。約束するよ。」
「いつもりがとう、レイちゃん。でもあたしにこんなことしたら、レイちゃんがみんなからイジメられたりしないか心配だよ。」
「大丈夫だ。俺は強いから。」
玲駆はイジメ予測を否定せず、自分の防御力をアピールしていた。
しかし、この後、玲駆はイジメよりももっと大きな心のダメージを受けることになる。