【第一章】第二十部分
美散は少し何事かを考えていたが、ポンと膝を叩いた。
「キャプテン。お願いがあるんだけど。」
「いったい、なんだ。改めて。」
「あたしを鍛えてほしい。」
「このあたいにか?血迷った犬は道を忘れるぞ。」
「ここにいるなら犬以下だよ。」
「そこまで言うなら、再テストのチャンスをやろう。レギュラーは取ったり取られたりだからな。つまり常在戦場、サバイバルゲームなんだよ、どこまでもな。安らぎなんか存在しない過酷な世界さ、ここは。」
その後、一週間、ランボウの指導下、筋トレ重ねてパワーアップした。ぷにぷにだったからだに筋肉がついて、引き締まったからだになった美散。もちろん出るところは出ていない。
「今度は打てるよ。トモヨンさん。」
「そうかしら。打てるならば打ってみなさいですわ。」
『ビュー~!』という唸りを立てて美散に向かうボール。
「来た、いける!」
美散は外角低めのいちばん遠いストレートをものの見事に打ち返した。打球は『ドカン!』という音をたてて、スコアボードを粉砕した。
「やりますわねえ。あの速球を打ち返すとは、それもこの短期間で。ならば、これではどうでしょうか。」
トモヨンは同じような力強いフォームで、投球した。
「もうストレートはあたしには通用しないよ。よしっ!」
美散は全力でバットを振った。
「カキーン!実に耳に心地よい音だね。さて、打球はスコアボードを超えたかな。」
キャッチャーのランボウはマスク越しに、しれっとした顔で囁いた。
「美散。ボールはキャッチャーミットにすっぽりだぞ。」
「はっ?ウソだよ。球場の遥か外に行ったんだよね?」
美散は、真っ暗なお化け屋敷で後ろを振り返るように、キャッチャーを見た。
「白いヒト球はここだよ。」
「キャーッ!」
あまりの恐怖に美散は卒倒した。
「今のはスライダー、つまり変化球だ。野球はストレートを打つのが基本だが、それだけではダメだ。変化球が打てないとな。」
「それはたしかにそうだね。でも曲がったことすらわからなかった球を打つなんてすごく難しいよ。」
美散は都会の人混みの中で財布を落としたような顔になった。
「よし、美散。合格だ。」
キャッチャーマスクからわずかにくぐもった声が聞こえた。
「合格?『不』という文字を忘れてるよ。キャプテン、もう認知症なんだ。年齢重ねるってコワいねえ。」
「違う!あたいはまだ、ぴちぴちがーるだぞ。」
「その言い回しに年輪が見えてるよ。もう皮膚、いやお肌はカサカサお化けだねえ。ささくれ立ちが角質化して、触るとケガするよ。」
「違うと言ってるだろう。合格なんだよ、合格!」




