【第一章】第十四部分
食堂から寮に繋がる白い通路を使って寮に移動する美散。部屋のところまで、ずっと白いままで、どれだけ歩いたのか、わからないし、自分の部屋の番号である、99号室という番号もドアに彫られているだけであり、見つけるにはひと苦労であった。
中に入ると、普通の人間感覚で六畳のイメージの部屋で、壁には窓がなかった。白いライトが天井に組み込まれていた。わずかにベッドや家具らしきものも判別できたが、壁、天井と同色の白であり、全てが一体化しているような感じだった。
「ここって閉鎖空間じゃない。白い空間にあたしひとりが置きざりにされてる感じだよ。音も何もしない。ほかに誰がいるのか、わからない。何もない。たったひとりの異空間だよ。こんなところにひとりで生活するなんて、あり得ないよ~。」
『ピンポンパンポン。室内放送だぜ。』
「ランボウさんの声だよ。どこから喋ってるんだよ。」
「室内スピーカーに決まってるだろ。奥の壁内に設置されてるのさ。って、そんなことはどうでもいい。寮の部屋が真っ白なのにはちゃんと理由がある。すべてが白であることによって、物体の大きさを自覚させない、選手の心のケアを考えたシステムだよ。白がイヤなら、漆黒のブラックホールのような部屋もあるから、そこに入ってもらってもいいぜ。」
「これが心のケア?ふざけないでよ!ううう。」
美散は悲しくなり、眠りにつくまでひたすら泣いていた。
美散は翌日も球場に来ていた。起きている間に部屋に留まるのは、気が狂いそうになるからであった。外に出た方がマシということである。寮にいるか、野球をするか、二つの道しか与えないと、必ずどちらかを選んでしまうのは、弱い心理を突く効果的な戦略である。
「今日は打撃練習だ。投げてくる球をひたすら打って打って打ちまくれ!野球をうまくなるには練習しかないぞ。これは愛の無知なんだからなっ。」
「それは愛を知らないという意味になるよ。痛い、痛い、痛い!」
打撃練習と言っても、ランボウがバッティングマシンを使って、デッドボールを美散にぶつけているだけである。ヘルメットをかぶっている頭部が保護されているだけで、全身でボールを受けるというサンドバッグ状態である。
「そりゃ、そりゃ、そりゃ。これがよけられないようじゃ、到底野球はできないぞ。」
「そもそもあたしが野球をやる意味がいまだにわからないよ~。」
「そんなことは考えなくていい。貴様には野球しかないんだよ。わかったか。」
「全然わからないよ!ゴツン。痛い!」
「何やってんだよ。テキトーっていうか、デタラメに投げてるだけだぞ。百発百中で当たるってのは、おかしくね?」
「デタラメになんか投げてないよね。あたしがよけても、投げる球は顔やからだに当たってるじゃない。これは狙い投げだよ。」
「気づいていたか。ハナマル、二重丸をやるぜ。」
「そんな丸、いらないよ~。」
ランボウのマシンによる攻撃はひたすら続いた。美散は大量出血で体力を失ってきた。
「キャプテン、もういい加減にしてはどうですの。」
銀色で長い艶やか髪。しっかりとした大きな瞳は柔らかな笑顔に溶け込んでいる。ユニフォーム姿ではあるが、手に赤く四角の紙を持っている。背番号は4。他の選手と違い、ドスン、ドスンという音が聞こえない。静かな歩き方に気品が感じられる。
「なんだ、トモヨン。来るの、遅せえじゃないが。」




