【第一章】第十部分
数分後、美散は我に帰り、ようやく冷静になった。
バットを握ったままのランボウは、途方に暮れてグラウンドに女の子座りしている美散に声をかけた。
「お前は巨人軍に入団したんだ。ユニフォームをよく見ろ。背番号は99だ。練習はもう始まっている。貴様の居場所はこのスタジアムだけだ。でも今日はナッキーに免じてこれぐらいで済ませてやろう。美散はからだが固いようだから、柔軟体操でもしておくんだな。あとは明日だ。」
「えっ、これで終わり?あたし、地獄の特訓からやっと解放されるの?やった~!ガツン。」
美散の顔面にボールが飛んできた。
「痛ったい!何が起こったんだよ?」
ランボウはバットを離していなかった。
「練習とは不意打ちに備えるものだ。来るとわかってるものは誰でも捕れる。それを超えないと一人前とは言えない。」
「あたし、まだわかってるものすら、捕れないんだけど。ブツブツ。」
ランボウからの連続攻撃を受けているうちに、本来内気な美散はちょっと大胆になってきた。露骨に文句を言いたげな視線をランボウに向けている。
「そんな甘えがジャイアンツで許されるものか!未熟者には反論という言葉の持ち合わせはないぞ。」
「なにこれ?イジメにダマし?酷過ぎる場所だよ~。」
怒りと疑問だらけの美散に対して、その後もひたすらノックをし続けるランボウ。
「痛い、痛い、痛い!」
全身に次々とボールが当たる美散。
「グラブを使え。痛みを取り除くには、ボールをキャッチするしかないぞ。」
『ガツン。』
ランボウの発破の直後、美散の顔面に直撃!
「やっちまったか。これでまた病院送り、何人目か。」
肩を落としたランボウ。しかし美散はまだ立っていた。
顔の前に出したグラブにボールが収まっていた。
「あれ?固かったからだが知らないうちに動いたよ。どうしてだろう。」
全身をひねって、からだの柔らかさを試している美散。
「よし、今度こそ、練習はここまでだ。」
「良かった!さあ、ウチに帰ろうかな。・・・。そもそも帰るウチってあるのかな?ず~ん。」
明日のない自分に気づいた美散に対するランボウ。
「美散、ここから出ようとか思うなよ。思えないだろうがな。そこから外が見えるから見てみろ。」
美散の黒い瞳に映ったのは、巨大な焦げ茶色の木造建造物。
「ここって、有名な大東大寺の大仏殿の隣?」
「そうだ。ここは一般には大仏殿とされるが、その裏が球場と寮。」
美散は大仏殿にお参りする人間の姿を見た。そして自分の手のひらと比べてみた。
「ちょっと待ってよ。あたしがあんなに、デカくなったってこと?」
「やっと気づいたか。いや気づいていたけど、認めたくなかっただけだろうけどな。あたいも美散も身長が人間、いや現役時代の十倍になってるんだよ。」
「は、十倍⁉それって、まさに巨人じゃない!」
「だからここは巨人軍なんだよ。人間様は住まない世界さ。」
「えええっ?って、ここは前とほとんど変わらないのに。からだだけ、こんなになっちゃったなんて、不幸指数は百倍だよ。」
胸を触った美散は肩を落とした。




