表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

叫びよ響け

作者: 禾野ノギ

「本校で昨日、“いじめ”がありました。これは極めて遺憾であります」


 我が校の体育館の壇上で、お世辞にも若々しいとは言えない校長が、声を震わせそう叫んだ。

 その横では、教頭が神妙な面持ちで目を閉じている。


 俺が通う高校で、どうもいじめがあったらしい。別にどこの誰が被害者で、どこの誰が加害者かなんて事は知らないし、特にこれと言って興味もない。知っているのは、俺の学年ではないという事だけ。

 いじめはあくまで個人間の問題だ。俺たちのような第三者には関係ない。それが、生まれてこの方17年間周りに合わせて生きてきた俺の立場である。




 教室はいつになく騒がしい。どうせ誰がやったんだとか、誰がやられたんだとか、どんな事をされたんだとか、さしずめそんな会話だろう。

 この会話だって、興味ない。勝手に話していればいいさ。


 扉を開け、担任が入室してきた。そのしかめっ面は、先程の教頭のものと似ている。

 だが、俺には分かる。コイツら教師は、自らが所属する団体内で勃発したいじめ問題によって、自分のネームバリューが潰れてしまうことしか考えていないのだろう。

 よく報道なんかで、「いじめを止められなかったのが、教師として悔しい」なんて善人ぶって泣き噦る一般教員なんかが出てくるが、アレはどうせ上部だけだろう。内心は、この担任と同じ事を思っている筈だ。余程の聖人君子でもない限りは。



 教師のつまらない説教を軽く聞き流しながら、俺はノートの端に書きなぐる。

 教鞭を振るのが下手な教員への批判、社会風刺画、それと、特に意味のない歪な図形。

 周りの奴らも似たような者で、隠れてスマホを弄ったり、副業したりといった感じだ。聞いている者は皆無だろう。


「こら!人が話しているときに、スマホを触るな!一体今までどんな教育を受けてきたんだ!」


 スマホを弄っていた男子生徒が、早速担任に見つかった。

 担任は怒り心頭といった表情で、黒板を思い切り叩きつけた。これは説教が伸びるな。




 長い説教から解放された帰り道、共に歩く友人は居ない。寧ろこういう時は居なくていい。

 人にはそれぞれ自分のペースというものがある。俺は歩くのが多少速い方だが、俺の友人たちが同じペースであるとも限らない。遅いかもしれないし、俺より速いかもしれない。

 そんな彼ら彼女らのペースを好き好んで乱したくはない。だから、俺はこうして一人帰路につくのだ。

 ただ、俺はそこそこ遠くから通っているだけあり、方向が同じ奴が少ないというのもあるが。


 人気のない小道に、冷たい秋風が吹き付けた。




 家に帰っても、俺は俺だ。

 親の機嫌を見て態度を変え、母が頼めば片付けを手伝い、父が頼めばその方を揉む。

 そうしているから、親戚や近所の住民からの評判は割と良い。あまり嬉しくないけど。


「そうだ。お前が通っている学校でいじめがあったんだってな」


 俺に背を向けたまま、父がそう尋ねてきた。その視線は、テレビを捉えているようだった。


「あったみたいだな。知らないけど」


 肩を揉む手を休めずに、俺はそう答えた。


「お前は関係ないのか?」

「ああ。そもそもいじめられるように事は避けてるからな」

「そうか。なら良かった」


 俺の答えに安心したのか、父は凝り固まった肩の力を少し抜いた。




 たとえいじめがあったからといって、特に学校生活に支障が出るわけじゃない。


 代わり映えのしない授業を、絶対にSNS映えしないような落書きを描きながらやり過ごす。

 飛んでくる質問も、飛んでくるチョーク片も、何食わぬ顔で華麗にかわして着地する。

 絶対に話を聞いていないような奴に正解され、担当教師が悔しそうに唇を噛む。それを見て、クラス全体がどっと笑出だす。


 それなりの学園生活。だが、それでいいだろう?




 最近、学校に来ない奴がいる。

 別に高校だから、来なくたってもいいのだ。強制ではないと入学時に何度も言われて嫌気がさした記憶がある。

 別に、病弱だったりサボり癖があったら、ここまでの心配はしない。


 だが、アイツはそんな奴じゃない。

 入学当初、人一倍笑って、人一倍叫んで、そして人一倍新しい友人を作ろうとしていたような奴だ。そんな明るいアイツが不登校だなんて、違和感しか感じなかった。

 周りの連中も同じ考えのようで、皆一様に不安がっている。


 アイツに、一体何があったのだろうか。




「えー大事な話があります。◯◯君は家の事情で転校したそうです」


 数日後、アイツの転校が知らされた。俺たちが気にしだした頃には、既に遠くに引っ越していたらしい。

 担任には、当分話さないでくれと口止めしていたらしい。そのお陰で、アイツがどこへ引っ越したのか、俺には見当がつかない。転校先を隠蔽したかったんだろう。


 でも行く前に、一言くらい声をかけてくれればいいのに。友達だろ?




 クラスが一人少なくなったところで、俺の日常には特に大きな変化はない。

 ただ、クラス全体で言えば、全体的に笑顔が減った。

 単にテストが近いだけだろうが、俺はそれだけとは思えない。

 アイツが与えていた影響力が絶大で、クラスメイトは皆、アイツがいれば明るく笑っていた。

 今は皆真剣に机に向き合って、数学教師に渡されたプリントに取り組んでいる。

 やはり点Pもクラスのムードメーカーも、あまり遠くへ動いて欲しくないな。




 冬休みが近くなり、教室の暖房がようやっと埃を吐きながらも動き出した。

 その暖かさに触れるうち、アイツに触れる者は減った。皆それなりに笑顔が増えてきた。

 アイツは既に、このクラスでは過去の人になりかけている。

 その事実を垣間見た気がして、俺は少し寂しくなった。


「あ、雪だ」

「えっ!どれどれ?」


 今年の初雪は、そんな日の下校前に降った。




 冬休みに入ったら、アイツがどこへ行ったのか調べてみようと、仲間内で話し合っていた。

 俺はアイツのアカウントを知らないが、知ってる奴が言うにはここ1ヶ月ほどは既読もつかないらしい。

 ネットに転がる情報や、アイツの学力的に行けるような学校を絞り込もうとしてみたが、どうにも上手くいかない。

 気づけばクリスマスが過ぎ、大晦日になり、とうとう年まで越してしまった。


 初詣の願い事は、アイツにまた笑顔で会う事。

 他の友人達も、同じ事を願ったようだった。




「なっ……」


 俺は、テレビの前で絶句してしまった。

 見れば、アイツの名前が出ている。名前だけ。

 その横には、“死亡”と書かれていた。驚きすぎてまともに声が出ない。


 遺体の発見場所は、隣町の廃屋だったそうだ。

 状態が悪く、死後一月は経っているとのことだった。


 俺は、急いで家を飛び出した。


 立ち入り禁止の札の向こうには、テレビで見た光景が広がっている。

 その近くには、見知った顔があった。初詣でアイツにまた会えるよう願った連中だ。

 俺達の願い事が、無事に叶うことはなかった。


 それからの、俺達の足取りは重かった。

 なんせ友人が一人死んだのだ。やむを得ないだろう。

 アイツの笑顔を思い出すたび、胸が苦しくなる。

 アイツのことは忘れよう。そう心に誓った。




 アイツを殺した犯人が判明した。

 殺したのは、アイツの母親だった。世も末だ。そう思った。

 遺体には、多数の虐待跡があったらしい。アイツの母親の証言によれば、日常的に虐待を繰り返していたとのことだった。


 俺は、湧き上がる怒りを噛み締め、朝食を飲み込む事しか出来なかった。




 時が経つにつれて、次第に事の全貌が明らかになってきた。

 アイツは、しっかりといじめ対策のアンケートに記入していた。それを、転校先の学校の教師は無視した。

 よく聞くような話だが、いざ関係者になってみれば非常に悔しい。

 俺は、何かアイツの助けになってやれなかったのか?クラスメイトなのに?友達なのに?

 どうしようもない悔しさがこみ上げてきた。それでも、どうにも出来ない非力な俺は、ただ泣き叫ぶ事しか出来なかった。




 アイツが死んだと聞いたあの日から二週間が経った。


 報道で取り上げられるのは、「なぜ虐待を止める事ができなかったのか?」で持ちきりだった。

 太った中年男性が、神妙な面持ちで感嘆を語り、それに専門家達がツッコミを入れていた。

 だが、この考えには致命的な落とし穴がある。

 それは、この考え自体が「いじめをなくす事」を根本としている事だ。

 いじめをなくす。これにはいくつかの方法がある。

 一つは、本来の意味でいじめを防止する事。無論夢物語である。人間の性質上弱いものいじめは避けられない。

 それを踏まえて取られるもう一つの行動はは、いじめを黙殺する事だ。


 怠惰な教師連中は、自身の職場の評判を悪くしないために、たとえいじめがあっても黙殺するだろう。

 それによって、アイツは死んだ。誰の助けも得られずに。俺が助ける事も出来ずに。


 聞けば、転校前にもアンケートに書いていたそうじゃないか。報道機関の情報網には光るものがあるな。伝え方は問題あるが。

 そのアンケートを、あのモラハラ担任は黙殺した。その姿が容易に想像できてしまう。

 …嗚呼、最悪だ。反吐が出る。

「いじめをなくす事」を美とする社会が、こうも醜いものだとは。


「いじめをなくす事」を美とするのではなく、「いじめを見つける事」を美とすれば、この悲劇は起こらなかったのではないか。

 小さないじめを見つけることすら功績としたなら、黙殺で人が死ぬことはないのに。


 アイツの笑顔が、一瞬頭をよぎった。




 アイツの葬儀に、俺達も参加した。

 クラスメイト全員の顔は重く、沈んでいた。その中でも一人、担任だけは、やはりあの時と同じしかめっ面だ。

 殴りたい。その気持ちを抑え込んだ。


 雲間から、太陽が覗いていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ