第90話:えっ……これとやりますの?(汗)
『よかろう!ベルファストの霊廟まで2人で来ると良い!』
キーガン様が楽しそうに宣言なさいます。
わたくしは頷き、そのまま顔を隠して俯きました。
「あー……アレクサ?」
「おおおおお待ち下さい義兄様」
顔が赤く染まっているのがわかりますの。うう、勢いに任せてなんてことを。
義兄様の手が檻を越えて伸び、わたくしの目元を優しく撫でます。
「可愛いアレクサ。わたしはいつも君に勇気づけられる。
君の声に、強き意志に、その存在に。
幼き日も。わたしが正気を失おうとも」
わたくしは顔を上げ、潤む瞳で翠の瞳を見上げます。
「そ、それはわたくしの台詞ですの。
義兄様がいるからこそ、わたくしはここまで至っているのですのよ?」
義兄様の手がわたくしの頰を包むように触れます。
「この魂の牢獄に捕らわれている身で、あなたの求婚を受けるわけにはいかないのです。
我が魂は三柱の神のもの故に」
そうですわね。誓約でレオ義兄様の全てが捧げられている以上、そこに結婚という新たな誓いは重ねられませんもの。
「だが、わたしの誓約がもし破られ、その際にわたしがまだ生きているというのであれば……。
それが極めて困難な道のりであり、それをあなたに委ねるのは心苦しくあるのですが……。
成就の暁にはわたしから求婚させて下さい」
わたくしは檻に灼かれるのも構わず義兄様に抱きつきました。
「お待ちしてますわ、我が騎士」
その時、義兄様の胸元に、急に3本の鎖が出現しました。義兄様の胸から生えるそれは1本が下に向かい、1本はキーガン様の手に、もう1本はクロの前にいる光球に結ばれています。誓約の象徴としての鎖?なぜ今それが具現化しましたの……?
義兄様、キーガン様の顔を見、彼らも驚いている様子であったためクロの方を見ます。クロの向かいでお話しされていた光球と義兄様の間を繋ぐ鎖が、ぼろぼろと急速に赤く錆び崩れ落ちました。
『「は?」』
義兄様もキーガン様もぽかんとしてますの。
光球はクロの元へと近づいていき、クロの身体に重なるように吸い込まれていきます。
「すごい!クロはもう解決したのですか!」
わたくしの呼びかけにクロがゆっくりとこちらに漂い寄ってきますの。
『ええ、レオナルド殿に呼び出された海の神は、海魚の神の中でも下位にあたる神であったので。
我が庇護下に置き、レオナルド殿の一生をここより眺めることを対価に契約を譲渡して貰いました』
なるほど。
『これにより、アレクサにも彼の神が危機に陥った場合に力を差し出す義務と、契約の関係上レオナルド殿に魔力を供出する必要が発生しましたが……』
「全く、問題、ありませんの。
ただ、庇護下にあるというのであれば、その姿を見なくては護ることもできません。ご挨拶していただけるよう、お願いできますか?」
わたしの呼びかけに応じて、クロのお尻からにゅるりと細身のお魚さんが姿を見せましたの。銀色の身体のお魚さんは、挨拶する様にパクパクと口とエラを動かし、またクロのお尻の中に消えて行きました。
えっと……。
『わたしの庇護下に入った小魚の神です』
えぇ……お尻の穴の中で庇護しますの……。
『元々彼の眷属、カクレウオはこうして我らの身体を利用しているのです』
い、いや。く、クロが良いならいいんですけどもね。
今度は義兄様の胸から下に下がる鎖がじゃらりと音を立てました。下を見ると、巨大な光球が上昇を始めていますの。
それはまるで日が昇るように。
キーガン様が笑みを見せます。
『ふふん、問題は全てあの方よ。覚悟せよ』
わたくしたちより高い位置へと光球が移動すると、それはゆっくりと変形していきます。蹲る人がその四肢を伸ばしていくかのように。天を覆う神の姿が顕現します。
銀灰色の髪に髭、月桂樹の冠、空の青を映したかの如き瞳の色。老いを感じさせる皺、それに相反するかのような圧倒的な威圧感、神力。
骨太で分厚い筋肉質な身体を純白のトーガで覆い、その上に身に纏うは雷霆。まるで雷雲が帯電しているかのように、全身から放電を起こしています。
無数の稲光がわたくしの眼を焼き、雷鳴が轟き鼓膜を叩きました。
稲妻は彼の神の右手に集まり、杖か槍の如き形状をとります。
あの得物……知ってますわ。そう、ケラウノス。
「……義兄様はほんと何を呼んでしまったんですの」
『主神クラスと言いましたよ』
わたくしの呟きにクロが答えます。
言いましたけど!主神も主神、最高神って感じですのよ!
神がわたくしを睥睨し、声を放ちます。
『人の娘よ。汝が兄を取り戻しに来たか』
わたくしの身体が勝手に膝をつきます。意識することもなく頭が垂れ、最敬礼をとらされています。
わたくしは全力をもって頭を上げ、神の目を見て言いました。
「その通りですの。わたくしはアレクサンドラ、我が義兄レオナルドの魂の解放を求めてここまで来ました。
あなたは偉大なる天空の神、全知全能なるゼウスでよろしいですか?」
神は頷かれました。
ひゅー……マジですのー……。
『我は彼の者の訴えを聞き、誓約を為した。
我は誓約に応じ、神の体を与えた。
我は対価として、彼の全てを得た。
汝は如何なる理を以て、そに介入せんとするや』
そう、これは全てわたくしの我が儘。神々はただ誓約を守っているだけ。……それでも!
「理などありませんの。ただ、愛を以て介入いたします」
『愛か』
神の顔が愉快そうに歪みます。
「偉大なる神よ。愛多き神よ。よもやあなたが愛のために立つことをとやかく言いはしませんわね?」
ゼウスは複数の妻を持ち、さらに数多の浮気をした神様ですからね!
『うむ、文句は無い。娘アレクサンドラよ。
だが汝、誓約を破らせる対価が払えるのか?』
やはりそうなりますわよね……。
「我が義兄、レオナルドは全てを以て誓約の対価となしました。それを破らせるのにわたくしの全てで足りますか?」
「アレクサ……!」
義兄様が声を上げます。神は笑みを深めます。
『構わんぞ?汝、我の妻となるか?』
「いえ、わたくしの夫となるべきはレオナルドをおいて他にありませんわ。
ではもう一つ、わたくしの全て以外の対価はあり得ますか?」
『無い』
想定通り……ではありますわね。であれば。
わたくしの全身がこわばり、口内が緊張で一滴の水分も無くなったように感じます。
ただ一言を言うために全精力を使い果たすような気持ちで告げました。
「なれば誓約が無効であると証を立てます。
かの誓約は、レオナルドがわたくしを護る誓約ですの。故にわたくしが護られるべき弱き存在では無いと示すことにより、その誓約は無効ですわね?」
『然り。如何に示す』
よし。わたくしは頷きます。
「ただ、勝つことで」
『誰にかね?』
「無論、レオナルドに」
その言葉に天が大きく揺れます。まるで嵐の目にいるかのよう。
これは、笑いですわね。呵々大笑されていますの。
『神の身体に人が勝とうとするか!なんたる不遜!』
嵐がぴたり、と収まります。
『だが良かろう、示してみよ。
しかし、示したとして、その後どうなるか分かっておろうな?』
「天地、海がレオナルドに襲い掛かるでしょう。ただし……」
クロの方を見ます。
『海は誓約より外れました。故に海は逆巻き押し流すことはありません』
キーガン様の方を見ます。
『彼らがベルファストを解放した後であれば、地が割れて呑み込むことはないでしょう』
正面に向き直り、わたくしの身体くらいの大きさがある眼を睨み付けます。
『天は落ち、汝の思い人たるレオナルドを打ち砕かん!』
わたくしは全精力を動員して鼻で笑います。
「ふん、追い返してやりますの!」
再び嵐が巻き起こります。今度はわたくしを吹き飛ばすような体験したこともないような暴風が襲い掛かりました。
『良かろう!良かろう!
なれば汝が神の身体を倒す日を楽しみに待つとしよう!』
クロの棘を掴みますが、風に煽られ、持ち上げられ、吹き飛ばされます。
「レオ義兄様!次は現実で……!」
『…………!』
声が届いたかは分かりません。
わたくしたちははるか上方へと吹き飛ばされ、精神の世界より追放されましたの。
カクレウオ
主になまこのお尻の穴の中を住居とする魚。らめぇ!
貝の中にいることもあり、英名のpearl fishは真珠貝の中に住んで石化したのがいたせい。
とんだ間抜けですね?
尻の穴にするりと尻尾から入って、頭だけ出している写真がとても酷い感じなので、ぜひ画像検索とかすべき。
ちなみに、なまこのお尻にするりと入り込むための進化をしているので、引っかかる鱗とか鰭とかが無くなっている。
『尻の穴に入りやすくなるための進化』という字面からして笑う。
あとラスボスはゼウス。




