第84話:ぴんぼーる・ういっち
「〈瞬間移動〉!」
空中、頭上に20mほどの高さに転移。
眼下には引き絞られて直径1mほどになった蜘蛛糸の玉。
「〈空中歩行〉……クロ!」
『はい、[領域展開]』
わたくしを中心に海水が発生し……わたくしは空中に留まり、大量の海水が地上へと落下していきました。蜘蛛糸に大量の海水が絡み、押し流していきますの。
ふー、なんとか対応しきりましたのよ。それにしても……。
「ミセス、今の技はわたくし避けなかったら死んでいたのでは?」
「そうねぇ」
ミセスは穏やかに微笑みながら答えます。いや、そうねぇって。
「転移術式が使えると知ってるからねぇ」
「むむむ、ひょっとして今の鳥籠という技、本来は転移阻害も追加して行なえるのでは?」
「おや、気づいたかい?」
なるほど、そのあたりは一応手加減いただけたのですね。
「まあ、あなたなら阻害を打ち破って転位もできるだろうけどねぇ。
さあ、アレクサンドラ。全力で掛かっておいでなさいな?」
「全力で戦っていますのよ?」
わたくしの答えにミセスはゆるく首を横に振りました。
「あなたの封じられていた成長は解放されたわね。でも水属性の魔力はまだまともには使っていない、術式だって今まで転移術は限定的にしか使っていないし、アイルランドの最強を支える突撃戦術は見せてないわよねぇ」
「えーと、フィールドが狭いので突撃戦術は向いていませんし、水属性魔力や転移術はそこまで熟達していないのでコントロールに難がありますの。
信頼できる技で戦っているという意味ではちゃんと全力で戦っていますのよ?」
「そうねぇ。去年の秋までのあなたならそれで良かったわ。
でもね、今のあなたにはクロがいるでしょう。それがいて制御できないなんてことはないはずよ」
……むむむ。見透かされている感じですわね。もー。
「さあ、見せてご覧なさい。この3ヶ月で、あなたが見出したであろう戦い方を。
見せつけてやりなさい。アイルランドを継ぐ者の真の力をねぇ」
わたくしは、ため息をつき、ミセスを睨みつけながらクロとスティングに声をかけましたの。
「……やりますわよ」
『ええ、見せてやりましょう』(いえすまむ)
脳内に響くその声の後押しを受け、わたくしは体内の奥底に眠る魔力を解放、制御など一切考えず全開にします。
周囲の景色が蒼く染まり始め、それは広がっていきますの。その蒼が結界に触れ、稲光が散りました。結界を張る先生方の顔色が変わりますの。
わたくしを中心に風雨が吹き荒れ、その風に乗ってわたくしは地面に降り立ちました。先程押し流され、また地面に張り巡らされようとしていた蜘蛛糸は千々に吹き飛びます。
「アレクサンドラ嬢!意識はあるか!制御は可能か!?」
サイモン学長が結界の向こうから、わたくしを案ずる声を出します。わたくしは親指を立てて手を掲げ、返事といたしました。
「創作術式――〈騎士帽子〉」
(いえすまむ、たてろーる、どりるろーる、れでぃ)
巻き髪が解けて左手を盾状に覆い、右手を槍状に覆っていきますの。
右手の黄金の槍は回転すると、わたくしの漏れ出ている水魔力を吸いあげ、蒼と黄金の螺旋を描きました。
『“泳がぬ海の王”たる我、クロはここに宣言する。彼女、アレクサンドラこそ我が主にして我が巫女、“地上にありし深淵の姫”なり。――[権能貸与]』
「……[神域展開]」
クロの神としての権能、力を意志のままに制御できる空間を纏います。
静寂が戻りました。痛いほどの静寂が。青い魔力光も稲光も風雨も、全てが収まり、わたくしの全魔力が完全にわたくしたちの制御下に置かれています。
「おどろいたねぇ。漏出魔力が無になるまで完全に制御するとは。
人の気配を感じないほどじゃない」
わたくしはにやりと笑みを浮かべ、槍を天に掲げます。5本の光が2度放出され、闘技場の周囲に10の光柱を生み出しました。
「創作術式〈ピンボールの魔女〉。
ミセス、いきますのよ……Go Ahead!」
わたくしは地面を爆発させてミセスに突撃、瞬く間に彼我の距離は0となり、正面に張られた魔力障壁に突進。突撃が止められますが、そこをぐっと右手をおしこみますの。槍の先端が火花を上げながら魔力障壁の魔力を分解していきます。
横合いからラーニョの突進。左手の盾で受け止め叫びます。
「〈弾み〉!」
わたくしの身体が右へ吹き飛びます。
闘技場の外周へと吹き飛び、わたくしはワンステップで軽く向きを変え、先程作った光の柱の1本へ。
「〈蹴りだし〉!」
柱に付与したのは転移系術式の1種、〈向き変え〉。
本来は敵に使用し、背中を向けさせる術式ですの。この術式の良いところは運動のベクトルも180度変更されるということ。つまり狭いフィールドでも一切減速せずに突進を継続できますの……!
……問題は目が回る事ですけどね。うぅっ。
再度ミセスへの突撃。今度は左半身に向かっていて、ラーニョはミセスを挟んで逆側、反撃されづらい位置ですの。
ミセスはゆったりと膝掛けを広げていました。膝掛けにある美麗なる無数の刺繍、鳥が、花が、紋様が。全て解けて変形し、魔法円を描きます。なっ……!
「〈動く刺繍〉から〈召喚:鋼の軍団〉。わたしを護りなさいねぇ」
膝掛けの魔法円の中から1m以上の大きさの拳が出現します。銀色に輝くその拳にわたくしは槍を突き立てました。轟音。金属を削る異音と火花。拳を半壊させて打ち払った時、そこには3m以上はあろうかという巨大な鋼人形が。腕は肥大化しており、ゴリラのように拳を地面についた状態で、無機質な瞳がこちらを睥睨しています。
さらに背後からは別の鋼人形が具現化しています。……軍団と仰ってましたわね!
鋼人形はわたくしに向かってその形状に似合わぬ素早い動きで拳を奮いました。
盾で止め、先程の〈弾み〉で大きく吹き飛ばされます。相手の衝撃を運動に変換する術式ですのよ!
再び別の柱へと吹き飛んで、向きを戻して再突撃。それを幾度も繰り返します。防御面では跳ね返って跳べるので相性が良いですが、鋼の身体を貫くのは結構手間ですわね!
数体の鋼人形を損壊させ、陰になっていたミセスの姿が見えたあたりで、ミセスが呟きます。
「〈修復〉」
うひゃー。鋼人形が再度組み上がっていきますの。
むむむ。鋼人形では決して追いつけない速度で闘技場を走り、跳ねつつ考えます。
ミセスを中心に鋼人形たちが周囲を守護、すりぬけるのは難しい。攻撃で破壊はできるが、再生されますの。ミセスの使っている魔力量はこの観客全員分、一部の生徒や魔術師たちは気づいて糸をはらっていますが、わたくしの魔力が学年1つ分はあったとしても、少なくともその3倍はミセス使えますよね。
ミセスが魔術による攻防でなく物理による攻撃をしてくるのも辛い、ドリルロールが魔力を吸えることに完璧に対応されてますの。つまり魔力切れも期待できませんし……。
「これ詰んでませんの?」
いやいや、弱気良くないですのよ。
「〈動く刺繍〉から〈武器作成〉。さらに変化、〈雷付与〉」
ミセスが膝掛けを振る度に模様が変化し、鋼人形たちの手にわたくしの身の丈よりも大きい刃が、そしてそれは明らかに帯電している様子で、地面との間に放電現象を起こしましたの。
えー…………。
数合打ち合い、鋼人形に左手の盾を叩きつけて〈弾み〉を使用し、離脱しました。
キッツいですのー。帯電した空気、あの武器は掠めでもすると恐らく硬直しますわよね。そこに殺到されると完全に負けですわよねえ。
わたくしは攻略法を考えつつミセスの正面側の柱のみを使って跳ね返り、あまり深入りはせずに、鋼人形の意識を一方に集めますの。
そして1つの柱に近づいた時にその属性を変化させます。
「〈転位孔〉!」
サイモン校長の使う〈転移門〉と同じですわね。わたくししか通れないという限定のかかった下位の術式ですが……。
転位の出現先はミセスの背後の柱、こちらを向いている鋼人形は1、その陰にミセスの背中が見えます。
既にわたくしの身体はトップスピード。
――さあ、獲りますの!
ξ˚⊿˚)ξ <殺ったか!
――次回決着ですの!




