第9話 もーにんぐ・あれくさ
ふと目が覚めました。掛け布団を抱きかかえるように巻き込んでいたらしく、背中が寒いですの。
もぞもぞと布団を直しつつ、周囲を眺めます。まだ日も昇っていません。
ドライポプリの香りに混じり、ほのかに潮の香りがします。
「ああ、そうでした。わたくしにも使い魔が……」
そしてわたくしはまた眠りに落ちました。……ぐぅ。
目が覚めました。カーテンの隙間から顔にあたる日差しがまぶし、日差し?
朝です!もう日が完全に昇っていますの。おっと、これは寝坊ですわね!
わたくしは飛び起きました。布団を剥いでスリッパも履かずにクローゼットに駆け寄ります。
「あー、寝過ごしましたわ、あれですね、魔力の使い過ぎですわ……ね……」
なぜ魔力を使いすぎたかというと、使い魔召喚のためであり、つまりは前期試験最終日の召喚術試験のためです。……つまり今日から休みですの。
「……慌てる必要なかったですの」
わたくしはとぼとぼとベッドに戻り、腰かけます。
『おーーーーーはーーーーーよーーーーーうーーーーー』
「〈超加速〉」
『ございます、アレクサ。慌てていたようですが、何かございましたか』
わたくしはゆるゆると頭をふります。
「いえ、勘違いでしたわ。なんでもございませんのー……」
ぱたりとベッドに倒れ込み、10秒ほど布団の暖かさを堪能してからもう一度体を起こします。
「おはようございます。クロ」
『おはようございます。ところでアレクサ。頭部の形状が大きく変化していますけども体に問題は御座いませんか』
……頭部の形状?……ああ。
「これは寝癖というものです。寝ていると髪の毛が折れたり跳ねたりするのですが、体調には影響ありませんよ」
『それは安心いたしました』
わたくしは寝相があまりよろしくないので、寝ていると伸ばした髪が体に巻き付いたり、巻き髪が体の下でつぶれていたりするのですよね。あと、朝起きるといつも触角のように立っている髪が一房あるのですが、なんなのでしょうかね、これ。
飛び出ているその髪をみょんみょんと引っ張りつつ、頭に手をやります。んー、思いっきり逆立っているところがありますの。
わたくしはゆるゆると立ち上がると洗面台に向かいました。のろのろと朝の準備を整えます。
……さて、顔も洗って目も覚めたところで髪をセットせねば。
「クロ、わたくしの秘密の得意魔法を1つお教えしますわ」
『ほう、何でしょうか』
わたくしは椅子に座り、サイドチェストの上、水槽の中のクロと視線を合わせます。
「見ていてください。……〈髪治癒〉、〈髪保護〉、〈髪操作〉」
わたくしの髪の毛の内側、根元から先端に向かって魔力が浸透し、外側は魔力でコーティングされます。髪が一度全てストレートに広がると、両サイドに分かれて体の前に。くるくるっと左右対称になるよう柔らかに巻かれ、縦ロールが完成しますの。
この間、わずか30秒。しかも髪に熱などを加えて痛めることもなく、しっかり保湿、枝毛とは無縁ですの!
『きれいに昨日の形に戻りましたね』
「ふふ、そうでしょう」
わたくしの髪形や髪艶を羨んでくれる方々多いのですけども、なかなか真似できない技ですのよ、これ。ええ。毎朝私の髪と格闘していた実家のメイドが泣いて喜んだくらいには。
『今の術式もそうでしたが、アレクサは強化や治癒の魔術が得意ですか?』
「そうですわね。人間の魔術の定義だと強化魔術師といって、強化の魔術が得意な術者になりますわね。でも、それはヒミツですの」
『おや、そうなのですか?理由をお聞きしても?』
「強化魔術師は基本的に自分の体を動かして戦うでしょう?ちょっと淑女としてははしたないのですのよねぇ」
『……ふむ。はしたないとは?』
はしたない。海の生き物にはしたないを伝えるのはどうしたら良いのでしょうか……。クラゲとか中身が見えていたり、裾をひらひらさせていたりして、はしたない。なんか違う気がしますの。
「そうですわね、社会的な地位が高い人間の女性は、人前で体を動かして汗をかいたり、素早い動きをとったりすることを良くないとする傾向がありますの。そういった動きが必要な場合は、仕えているものにさせるのがマナーというか……クロ、わかります?」
『だいたい分かりますよ。テッポウエビの一部にいる女王種と護衛種の関係ですよね』
……テッポウエビってなんですのー。
「ま、まあきっとそのようなものですわ」
本当はクロが肉弾戦のできるような使い魔でしたらね、使い魔を前衛にして、後ろから補助をかける戦い方もできるのですが……。
〈超加速〉かけて、やっと思考速度が人間並みですしね!んー、前衛なまこ……。
「クロ、ちょっと失礼しますわ。……〈筋力強化〉」
『どうされましたか?』
「〈筋力強化〉という、強化魔術師にとっては一般的な力の強くなる術式をかけてみましたの。いかがでしょうか?力が溢れてきませんか?」
口元に生えている触手で雄々しく戦ってくれたりしませんかね?ちょっとわくわくしてクロを見つめます。
クロはゆっくりと水槽の中で振り返り、水槽の砂地にあった3cmほどの貝殻を触手で持ち上げて見せてくれました。すごいすごい!
『なるほど。……戦いの役には立てそうもありませんね』
「あ、はい」
『昨夜のお話だと使い魔を連れての戦いに参加なさるとか』
昨日、ミセス・ロビンソンとのお話の後、寝る前にクロに魔法戦闘訓練のお話を伝えたのですよね。
「ええ、そうですわね。クロには事後承諾となってしまい申し訳ないのですが」
『いえいえ、わたしはアレクサの使い魔ですからね、何も問題ないですとも。ただ、前に立って貴女を守ることはできない体で申し訳なくは思いますが』
「ふふふ、わたくしがクロを守って見せますわ」
同級生で前衛能力が高そうなのは、魔法騎士志望のマイクと、功夫を修めているハオユー、使い魔で前衛っぽいのはテッドがオーガを召喚しておりましたわね。あとは狼などの動物がいましたが、多分動物はわたくしに襲い掛かってこないんですわよねぇ。
他はだいたい魔術打ち込んでくるくらいですかね。ドロシアのサラマンダーも後衛よりでしょうし、魔法の手数が増える程度でしょうか。
わたくしが前衛で攻撃を受けていても、同級生のレベルではそうそうクロまで抜ける攻撃はこないでしょう。
『恐縮です。後衛として、しっかり働いてみせますよ』
おお、自信ありそうですわ!……でも結局、クロは何ができるのかまだよく知りませんの。
「クロ、ありがとうございます。でもわたくしは貴方の力についてはまだ知りませんわ」
『そうですね、確かに』
「ちょっと軽く試してくださいませんこと?部屋を汚さない程度で」
クロはちょっと考えている様子でした。やはり水に関する魔法とか使うのでしょうか?
『わかりました。〈眷属召喚:ムラサキウニ〉』
水槽の外側、わたくしの目の前の空間に深い紫色の針だらけのボールが突然現れて、そのまま落下しました。それはそのままわたくしの手の上に……。
「いたぁい!」
『あ、針に毒のあるものも出せますよ』
「ひどぉい!」
今回はタイトルのなまこじゃない方、どりるについて。
縦ロールって該当する英単語が無いよね。
Hair Drillsで検索すると、日本アニメのイラストが検索されますが、リアルでおさげを大きく捻った髪型の名前が見つからない感じです。
Spiral HairかRinglet Hairstyleでも縦ロールっぽいのあるんですが、ドレッドヘアみたいな形の、短いスピンのものも含まれてしまいますし。
直訳するとVertical Rollですが、実際のところこれで検索すると後頭部にロールさせる盛り髪のようなものが出てきて、イメージと違う。
Wedding Hairstyleと言うと、だいたいイメージに近い感じ、それにゆるやかなロールした感じのCurlyをつけてCurly Wedding Hairstyleが最も近い。
……がわかりづらい。
Hair Drillsのルビにしましたが、より通じやすい訳があるという方、ご存じでしたらお教え下さい。
あとテッポウエビに関して補足
エビの一種です。この種の一部はハチやアリのように社会性を持ち、産卵担当と護衛担当の分業がなされています。
クロが知ってそうな海の生き物で、社会性ある生き物他にいなくてな……。