第82話:いねむりじょおうさま
と言うわけで、過去編終了、決闘に戻ってきますよ!
――GA暦119年、3月
「それで、どうなったんですか?」
揺り椅子に座るわたしの前で、ペンとメモを片手に女の子が尋ねる。
「そうだねぇ、あたりを見渡すと、決闘の舞台が壊れ、結界が割れて、校舎が1つ倒壊して、観客全員が怪我を負ってたよ」
え……。と女の子、クリスティが固まったわ。
「決闘はわたしの勝ちということになった。だから53年の魔術戦闘訓練の優勝者はメリリース・スペンサーになったわけさ」
もうあれから65年になるんだねぇ。
「エリオットさんとはどうなったんですか?」
「わたしは誰だい?」
笑ってみせる。
「わたしたちの住むディーン寮の寮長で、世界最高の付与魔術師、大魔術師メリリース・ロビンソン……あ」
「そういうことよ、クリスティ」
彼女はにやりと笑う。
「エリオットさんに跪かせたんですか?」
「ふふふ、それはエリオットの名誉のために秘密にしておいてやろうかね」
クリスティと笑いあうと、彼女はぬるくなってたお茶を飲み干し、丁寧な挨拶をして、部屋を出た。
ふむ、懐かしいものだね。
「おいで、ラーニョ」
召喚円が輝き、わたしの前に体長3mはある、巨大な灰色の蜘蛛が現出する。
蜘蛛は部屋の物にぶつからないよう、気を使って右手を上げて挨拶をしてくれた。わたしはゆっくりとラーニョの顔を撫でる。
「元気にしてたかしら?久しぶりにあなたを戦いに連れ出す機会があるわねぇ」
ラーニョは頷くように身じろぎした。
「嬉しいのかい?ふふふ、わたしも久しぶりで楽しい気分よ」
そう、そしてその数日後、わたしはアレクサンドラとの決闘に臨むことになったのよ。そう、65年前のあの舞台にね。
………………………………━━
「始め!」
サイモン校長の声とともに、わたしは〈気絶〉術式を使用。
決闘直前、ラーニョを召喚したら即座に〈微風〉術式を使ったの。それで極細の蜘蛛糸を飛ばし、エリオットと話していたアレクサンドラの首に糸をかけておいたわ。
その糸を〈気絶〉術式が伝わり、アレクサンドラの身体が一度びくりと跳ね、手がだらりと下がり杖を取り落す。
アレクサンドラは姿勢が良くて体幹がしっかりしているから、意識を失っても倒れないのねぇ。立ったまま気を失っているわ。
ラーニョは宙に浮かぶ金魚鉢にも糸をかけて場外へと投げ飛ばしたの。壁に当たって割れる硝子。放り出されるなまこ。
アレクサンドラの身体が真下に崩れ落ち、地面に座り込むように。そのままゆっくりと身体が傾いで……止まる。
アレクサンドラの首は、手はだらりと下がったまま、まるで肩あたりを紐で吊り下げられているかのように不自然な体勢で立ち上がると、いつも巻き髪にしている髪もふわふわと浮き上がり解けていくわ。
まるで糸で吊るされた操り人形のように手が持ち上がり、首がくるりとこちらを向いて、青い瞳を幾度か瞬きしたわ。
足元は地面についているのかついてないのか分からないような、重さを感じさせぬ立ち方。
空中にありながら水の中にいるような……。ああ。
アレクサンドラの左手がすっと前に出て首元に絡む糸を払ったわ。
ラーニョが糸をするりと吸い込む。
わたしが軽く右手を振ると、その動作に反応してラーニョがアレクサンドラへと飛びかかる。アレクサンドラは前に出した左手で受け止めようとするも、圧倒的な質量に吹き飛ばされ……空中に止まったわ。
ゆらゆらと漂うように地面の上へと降り立つ。左腕は完全に折れ、曲がらない方向に曲がっているけど気にしているそぶりはないわねぇ。
「あなた、クロね?憑依しているのかしら」
アレクサンドラは口を何度か無意味に開閉して、
「A—N—U—LALA—A—MN—……こんな、感じかな。
ええ、ミセス・ロビンソン。クロですよ。アレクサが意識を失ってしまっているので、わたしが体をお借りしています」
その間にも左手が治っていくわ。アレクサンドラに宿るクロは具合を確かめるように左手を開閉し、ふわふわと無軌道に揺れ動く髪をゆったりと抱く。
「落ち着きなさい、スティング。アレクサは無事ですよ、ちょっとお休みされてしまっているだけです」
漂っていた髪の毛がふわりと降りていって、ストレートヘアーになったわ。それでもアホ毛はひとすじ、上に伸びているんだけどもね。
「接続、〈無限倉庫〉」
わたしは虚空から数十本の投擲槍を顕現させる。
「穿て、〈騒霊〉」
槍が浮かび上がり、アレクサンドラの体に向かって何本も射出される。
彼女は動かず、顔に向かったもの数本は髪が叩き落とし、残りは身体に刺さるままに。全身を貫かれ、鮮血が飛び散り、口から血を吐きつつ、顔色ひとつ変えずにこう呟いたわ。
「ああ、この身体は素晴らしい。
……素晴らしい魔力保有量、伝導率だな」
効いてないのかねぇ。
「[領域展開]」
アレクサンドラの足元から湧き起こる海。ラーニョが飛び掛かったけども、波濤のように海が立ち上がり受け止められたの。
わたしも〈騒霊〉に次の槍を放たせるけど、海に絡め取られたわ。以前、辺境伯の竜と戦っていた時より展開が速いわねぇ……!
「我、クロは“泳がぬ海の王”なり。王という字を以って権能を行使する。〔王は城にあり〕」
海がアレクサンドラを中心に直径5mくらいの半球状に展開されたわ。
珊瑚礁が足元からせり上がり、椅子状に形成される。……いや、玉座だわねぇ。あれは。
アレクサンドラがそれに腰掛けると、頭上にウミユリが。それは絡まって花輪のような王冠に。
地面に落ちていた彼女の初心者用魔術杖はフジツボや貝殻が纏わり付き王笏を模って彼女の右手に収まったわ。
左の肘掛けとなっている朱色の珊瑚に肘をつき、頬杖をついてこちらを眺めているわ。
「ふふ、海の女王様かしら?」
〈念動〉によってか、刺さっていた槍が抜け落ちていくわ。服には穴があいてるけど、その下の肌に傷は見えない。完全に再生されているのね。
〈騒霊〉が槍を撃ち出すけど、もう届かないわねえ。海の半分も進まないわ。さて、これを破るとなると……。
「ふむ、一時休戦です」
「あら、そうなの?」
「わたしの字には“水底の守護者”というものもあるのですよ。
正直なところ種族的なものもあって、わたしは攻撃力をほとんど有しませんけどね。守りに入ったわたしを抜くのはそれなりに大変だと想いますよ」
字を複数有するほどの古代神……ほんと、アレクサンドラは何を呼び出しているというのかねぇ。
「一時休戦してどうするのかしら?」
すると、アレクサンドラに宿るクロは玉座の上でにやりと笑い、肩をすくめたの。
「ねぼすけな主人が起きるのを待たせていただきますよ。
そうお待たせすることもないでしょう」
なるほどねぇ。わたしはこっそりと、ラーニョにこの闘技場の観客全員に糸を張るよう指示を出してクロと話をするわ。
「あなたはアレクサンドラに戦わせたいのかしら?」
「彼女がそれを望むのであれば。
そう、最初のあれはひどいでしょう。試合開始前に糸をはるのはずるいのではないのですか?」
わたしは首をゆるりと横に振る。
「魔術師同士の決闘では、気付かない方が悪いのよ。
ここに入学したての頃のアレクサンドラなら、あんな不意討ちには引っ掛からないと思うわ」
ぴくり、と彼女の眉が動いたわ。
「ここで学び、彼女は弱くなったと?」
「まさか。魔力も増え、多くの術を学び、体格も育ち、……そしてあなたという破格の使い魔を得ているわ。
圧倒的に強くなっているのは間違いないの。
でもねぇ、良くも悪くもこの地はアイルランドより平和なのよ。当時の彼女みたいな勘というか、危険を察知するような力は失われてるわねぇ」
ふーっと、クロはアレクサンドラの身体に溜息をつかせたわ。そう言えば水の中でも普通に呼吸しているのね。
「わたしの元々宿っていたなまこ君は先ほど吹き飛ばされたので〈送還〉してしまいました。わたしはこの冠としたウミユリに移動しましょう。
次にこの身体が目を開いたとき、この海の城は消え、アレクサが目を覚ますでしょう。全力を尽くしてやって下さい」
すっとアレクサンドラの身体から気配が消えて、すやすやと椅子に座り微睡んでいるような少女が残されたわ。
ふふふ。
ええ、言われずともね。そう、〈無限倉庫〉から、使う予定の無かった秘蔵の巻物を何本か取り出しておこうかねぇ。
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