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なまこ×どりる  作者: ただのぎょー
第4章 119年2月末~魔術決闘訓練模範戦
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閑話5:メリリース・スペンサーの苦難の日々、決勝戦

――夢を見た。



 昔の夢だ。



 孤児院にいたころでエリオットが来るようになってちょっとしてだから、6歳かな。食生活のせいも、貴族としての教育もあったのだろう、同世代の子達より一回り大きくて、良い服を着て、髪の毛もさらさらで、何やらせても上手に出来るエリオット。



 ……に、ムカついていた。



 何やって遊んでいても大体勝てないのだもの。

 で、孤児院の周りを先に1周した方が勝ちっていう単純な駆けっこ。それで一計を案じたのよ。

 近くの大工のとこから廃材の板持ってきて削って、廃油かっぱらってきて、それで磨いて磨いて……。

 孤児院の裏手に仕込んでやった。

 足が速くて先行していたエリオットは当然転び、滑るので立つのに苦労しているところにあたしが差し掛かる。

 当然あたしも転ぶだろうと思ってたエリオットの前で、傍で応援していた小っちゃい子が、脇にあった角材を倒す。あたしは平均台の上を行くように角材の上を駆け抜け、唖然とするエリオットを抜き去りそのまま先行してゴールした。



 あのエリオットの顔は最高だった。



 エリオットの服を汚し、ケガさせるかも知れなかったということで、院長やら何やらにめっちゃ怒られたけどね。その間もエリオットにドヤ顔決め続けてやったのだ……。



 あたしはむくりと起き上がる。いかんな、また机で突っ伏して寝ていた。大きく伸びをし、身体をストレッチさせる。



 ……エリオット。

 恋人たちの日、潰れたチョコを口にする彼の顔を思い起こす。

 顔に血が上るのを感じた。



「エリオットめ、女の趣味が悪いぞ……」



 今日は2/21。あれから1週間、いよいよ今日が魔術戦闘訓練の最終戦で……ここまで5連勝してるのはあたしとエリオットしかいない。



 机の上には精緻な文字と文様で埋め尽くされた巻物。描き終えてそのまま寝てしまったのだ。



「えへへ、完成しちゃった……」



 あたしは巻物をくるくると細く巻き、筒状にしておく。



「おはよう、ラーニョ」



 火の消えたランプシェードから糸を垂らしてぶら下がっていたラーニョがつぅっと上に戻り前脚を振る。



 あたしは顔を洗い、髪を梳り、制服に着替えると、ラーニョに餌付けして階下へと向かった。





 午後の授業。今日が最終戦。

 校庭では緊張した面持ちで皆が集合し、先生の前に並ぶ。



「今日は最終戦だ。決闘妨害があったのは残念な事だが……。その他の今ここにいる皆、良く戦ってきた」



 学年の人数が5人減ってしまったわね。結局、自主退学という形になったと聞かされたわ。

 エリオットの方をちらりとみる。珍しく緊張した面持ち。

 あたしは?……冷静。まあ、勝とうという意識が薄いというか、あたしのやり方では勝てないのが分かってるのよね。始めから負けが見えているのと、そもそも全勝なんて狙ってなかったというのもあるかしら。



 気楽な気持ちで舞台に立ち、周囲を見渡す。

 決勝だから観客が多いわ。他の先生や、授業が空いてる上級生、お、学長までいるじゃない。



 向かいにエリオットが立ち、こちらに手をさしのべて声を出す。



「メリリース・スペンサー。僕はあなたに婚約を申し込む!」



 心臓が止まるかと思った。



「……何言ってんの?」


「言葉の通りだ!」


「あなた伯爵令息でしょう?孤児の落ちこぼれに婚約申し込むなんて何考えてるのよ?」



 エリオットは微笑んで見せる。



「もはや、誰が君のことを落ちこぼれだと思うんだい?君はこの学年で最優秀の学力を有し、決闘でも決勝まで来たんだよ?」



 あたしは周りをちらりとみる。エリオットの言葉に驚く子達、あたしを馬鹿にする視線を……もう感じない。

 ……そう……なの。なにかがすとんと心におさまったような気がした。

 でも抵抗はする。



「ご領主さまは反対なされるのでは?」


「新年に話したさ。どんな貴族家の地位にある娘や、どんな美しい娘より、歴史に名を遺す才女を捕まえることを選んだと褒めてもらえたけどね」



 むぅ……。

 あたしが黙っていると、エリオットは続ける。



「メリリース・スペンサー。僕が勝利したら婚約を受けて貰えるかい?」


「……あたしが勝ったらどうするの?」


「決まってるだろう。決闘2位より1位のが価値があるんだよ?

 改めて、跪いて全力で口説かせていただくに決まってるじゃないか」



 あたしの口角が自然と持ち上がっていくのが分かる。



「いいわね、あなたを跪かせたくなってきたわ」


「ああ、その顔だ。久しぶりに見るよ」



 確かに、昔はこうだったのかもしれないわね。

 あたしは右手の杖を構える。



「我が名はメリリース・スペンサー、使い魔ラーニョを従え決闘に臨む」



 エリオットも杖を構え、彼の背中から炎の精霊が顕現する。



「我が名はエリオット・ロビンソン、使い魔スカーレットを従え、婚約の権利を掛けて決闘に臨む」


「受諾しましょう」


「始め!」



 何もおきない。



 いつも声と同時に倒れている、メリリースの相手が倒れていない。

 それだけで観客の同級生や教師たちはどよめいた。

 エリオットが言う。



「やはりか、メリー。君の技は、蜘蛛糸をあらかじめひっかけておいて、そこに〈(Electric)(Current)〉か〈気絶〉かを流しているのだろう?火傷がないから〈気絶〉かと思うけどね」



 まあ、流石にバレてるわよね。

 あたしは頷いた。



「そして、それは僕には使えない」



 エリオットの肩から首にしなだれかかるように炎の精霊が抱き着いているのだ。そう、蜘蛛の糸はどうしても熱には弱い。これでは決してエリオットには勝てない。



「メリー、降参するかい?それとも奥の手があるのかい?」



 ふー……っと長い息を吐き、告げる。



「……奥の手は確かにあるわ。でも、あたしは決闘が始まる前、負けてもいいと思っていた。

 あたしは、あたしが戦えると言うことを見せたかっただけで、その目的はもう達しているし、ここで優勝することより大切な奥の手だから。

 ……でも、あなたを跪かせるためなら使ってもいいわ」



 あたしは制服のスカートの裾を翻すと、二本の巻物を取り出した。

 くるくると巻物を広げていくと、エリオットは榛色の瞳をわくわくと輝かせてこちらを見つめてくる。……まあ、やってやろうじゃないの。

 あたしは一方の巻物に描かれた魔法円の中心にラーニョを置き、キーワードを高らかに唱えた。



「後悔するんじゃないわよ?

 起動-創作術式-〈無慈悲な(Merciless)(Tax)徴税官(Collector)〉」



 隠匿性に優れているはずのラーニョの糸が、大量の魔力の伝達によって輝く。



「税率-五公五民」



 観客の全てが膝をついた。

 そこから光がさらに学校中に広がっていく。地面に、空に、無数の銀線が走る。

 先生が叫ぶ。



「待て!な……何をした、ミス・スペンサー!」


「学校中の生き物から魔力を取り立てています。

 見ての通り、3か月かけて学校の敷地全てに使い魔の糸を張り巡らせておきました。

 あぁ、御安心下さい。吸収する魔力は半分までなので、一時的に魔力を大量消費して膝が笑ってるでしょうが、すぐに立てるようになりますよ」



 エリオットに向き直る。彼の顔には感心の色が浮かんでいた。



「凄いな。最初の1人から吸収した魔力を使って2人から魔力を吸収し、その魔力で4人から魔力を吸収するような仕組みか。

 それをほぼ自動で行うための入力がその複雑な魔法円と巻物のルーン」



 あたしは舌打ちして頷く。

 エリオットめ、一見しただけでそこまで分かるとは……これだから天才は。



「メリーの魔力容量ではそれだけの魔力を受けられないよね?

 というか、僕だってそんなの無理だけど」


「視て、みなさい」


「……〈魔力視〉。ラーニョを経由して、もう一つの巻物と制服に魔力を?」



 あたしは頷く。そういうこと、身体に魔力が貯め込めないなら、全て外部に溜めれば良い。これがあたしの魔術の結論。



「ラーニョ、入ってなさい」



 制服の胸元に指をかけ、ラーニョをそこに入れ、もう一つの巻物を手にし、魔力を解放する。



「最上位魔術よ。-〈朧な(Hazy)る冬(Shade)(of)亡霊(Winter)〉」



 紺の制服が白く染まる。あたしの髪に、睫毛に霜が降り、白く染められていく。空気中の水分が氷結し、ダイヤモンドダストとなって煌めき、足元から土の水分が凍って白く染まっていく。霜柱が立ち、水から氷となって膨張した水分が破裂音と共に地面にひび割れを作っていく。

 右手の初心者用の魔術杖は、それを軸に完全に氷に覆われ、優美な氷の長杖となった。あたしは両手でそれを構える。



「……キレイだ、メリー。

 ……スカーレット、出力を上げよう。〈融合(Fusion)〉」



 炎の精霊が人型を崩し、エリオットの身体に吸い込まれる。

 背中から炎で形成された3対の羽を広げ、四肢が炎に包まれた。



 ふん。あたしが杖を振るうと、それだけで冷気の波濤がエリオットに襲い掛かり、彼は3枚の片翼を振るうと、それで迎え撃つ。

 エリオットの炎が冷気を食い尽くし……急激な温度差によって風が巻き上がった。



 あたしは杖を回転させると、空中に描かれた円から氷柱が次々と現出し、八本、蜘蛛の脚のようにエリオットに突き進む。

 エリオットはそれを燃える拳で迎撃。一本が彼の頰を掠めて傷を、一本が彼の脚に刺さるが、そこから彼を凍らせる前に叩き折られる。



 エリオットは先程とは逆の翼を射出し、炎の雨に変化させてあたしを打とうとする。

 あたしはその全てを視線だけで凍らせた。



「マジかよ……」



 エリオットが呟き、炎の翼を再び作る。

 ちょっと吹雪を起こして視線を遮って……。



「……〈短距離(Short)瞬間転移(Leap)〉」



 晴れたときにはそこにはいない。



「くっ、どこだ!」


「あなたの後ろ」



 エリオットを抱きしめる。

 炎の翼が一瞬あたしの身体を炙るが、それごと凍らせる。精霊の悲鳴が聞こえたような気がする。



「……完敗だ。恐れ入ったよ」



 エリオットが軽く手を上げる。彼の髪にも、肩にも霜が降り注ぐ。あたしは彼をこちらに向き直らせた。

 両手で彼の魔術礼装の胸元を掴む。



「今度、跪いて愛を語ってね」


「……ああ」



 わたしは踵を浮かせ、彼の唇に、冷たい冷たいキスをした。


 次話から本編に戻りますよ!

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― 新着の感想 ―
[良い点] スピンオフが人気な理由がよく分かりました。 面白いです! 序盤の絶望による感情移入から、中盤の希望、終盤の盛り上がりと、締めの美しさ。 とても完成度が高いと思います。
[良い点] 強制的にみんなの魔力を手に入れて、それの器も用意してって、具合なのでこれは数で攻めることが出来ればかなり有用な戦術だなあ、けれど味方を犠牲にするタイプの技なので実戦に向くかというと、試合に…
[一言] やっぱどんな女の子でも「やる時はやる」決闘しかり、キスしかり。それが日本人にも身につけて欲しい習慣ですな。
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