第80話:しょくいんかいぎ
命名と共に、アホ毛がぴんと立ち、髪全体が歓喜に震えたのを感じますの。
「アホ毛、あらためスティング。戻りなさい」
(いえすまむ)
くるくるとわたくしの左右で巻き髪の形に戻りますの。
わたくしはアホ毛を摘みます。
「……スティング、アホ毛の自己主張が強くなってませんか?」
こう……立っている髪が以前よりも増えたというか、より真っ直ぐになっているというか。
(がんばります、まむ)
「いや、別に普段から天を突くよう頑張る必要はないんですけども」
やはり貫くものはやりすぎた名前でしょうか。
……まあいいですかね。
わたくしはぐっと伸びをし、大気から、地面から、魔素を体内に取り込むイメージ。
魔力枯渇により失われた魔力が身体に浸透、クロとの魂絆もまた強くなり、再生に魔力が回ったか、右手と左腕の傷が治っていきます。髪の毛にもまた魔力が蓄積されていきますの。
アホ毛が機嫌良さそうにふるふると揺れ、巻き髪も艶やかに輝きました。
『ご機嫌ですね』
わたくしはクロの言葉に微笑みます。
ハミシュが保健委員に肩を借りて立ち上がってこちらにくるのを待ち、魔力の光を纏いながら、チャールズ先生の前に立ちます。
「アレクサンドラ、勝利いたしました」
「うむ。おめでとう。素晴らしい戦いだった。
ハミシュも良い戦いであった。敗北はしたものの、何ら瑕疵は無い、素晴らしい戦いだったと言わせてもらおう」
チャールズ先生が右手を出されたのでわたくしもそれをしっかりと握ります。
みなさんから改めて賞賛の声と歓声があがります。サイモン校長始め、他の先生方も見ていただけた様子で、拍手をいただけました。
わたくしは手を離すと、深く一礼をしてチャールズ先生に話しかけますの。
「チャールズ先生始め、先生方のご指導ご鞭撻のおかげですわ。
来週の模範戦、胸をお借りする気持ちで当たらせていただきますので、楽しみにしていますわね」
チャールズ先生はびくりと固まりましたの。
他の先生方も頭を抱えられます。……どうされたのでしょう?
……………………………………━━
その日の午後である。わたしが校長室に戻り、パイプを吸いながら秘書のエミリー君より各種の報告を受けていると、最後に彼女はこう付け加えた。
「それと放課後、チャールズ講師より緊急の職員会議が召集されました」
パイプの煙をゆっくりと吸い込み、吐き出す。
まあ、用件はアレしかあるまいなぁ。
「うむ……ところでライブラから緊急の呼び出しとかはないかね?」
「ありませんわ、校長」
わたしは大きく溜息をついた。
わたしが定刻より少し遅れて会議室に入ると、既に着席していた皆が礼を取る。チャールズ君のみが立ち上がり、そのまま話を始めた。
「お呼び出しして申し訳ございません、校長、そして皆さん。
議題は魔術戦闘訓練の模範試合の件です」
であろうなあ。わたしもみなも頷く。
「わたしでは勝てぬよ」
先手を打ってわたしがそう告げる。驚きを顔に浮かべる者、さもありなんと頷く者が半々といったところか。
「校長でも無理ですか」
「無理だな。魔術戦ならそうは負けんが、彼女は戦士でもあり、わたしにはそちらの能力がない。アレクサンドラ嬢に勝つ可能性があるとして最低でも1kmサイズのフィールドが必要だ。
フィールドの端にわざと追い込まれて逆の端に転移。詠唱時間を稼いで範囲拡大した〈次元断〉を叩き込む以外、勝てる気がせんよ」
まあ、それが出来たからといってな……。
「それではアレクサンドラを消滅させてしまいますな」
わたしは頷いた。
「チャールズ君とてそうだろう。元A級決闘士、“斬城”のチャールズ。君の奥義を当てて死なぬということもあるまい」
彼は腕を組み、大きく溜息をついて言った。
「……まあそうですな。当てられるかは別として、斬城剣を当てて死なぬとは思い難いですが、殺すのが目的ではない。
現役の頃ならともかく、アレクサンドラの再生能力や魔力量を考えると他の技で倒せるとも思えぬのです。面目ありません」
そうなのだよなぁ。オーガやハオユー君の拳、ドロシア嬢の火炎魔術、ハミシュ君の銃弾。全て受けつつ倒しているのだからなあ。
「誰か、アレクサンドラ嬢を殺さずに制圧できる可能性が高い者はいるかね?」
わたしの呼び掛けに答えるものはいない。ムスタファ君が呟く。
「〈ドリルロール〉でしたか。魔術師には鬼門すぎますな」
他の声も上がる。
「生半可な攻撃だとすぐに再生されてしまいますし」「魔力を遮断されてもあの髪だ」「そもそも、戦士としての技量が高すぎます」
「チャールズ先生から見て、決闘士としての能力はどれくらいですか?」
「本場のラツィオに連れて行ったとして、あそこは使い魔は基本的に無しなのだが、それでもB級中位程度では歯が立つまいよ。B級の最上位かA級下位くらいはあるだろう」
「……それにあの使い魔が加わるのか」
「ドラゴンより……強いんだよな……」
沈黙が夕暮れの会議室を支配する。そこに軽やかな音が響いた。
――コンコンコン。
「失礼しますにゃ」
カラカラと車椅子を押し、ディーン寮の寮母、ミーア君が入室する。車椅子に座るのはもちろん寮長のメリリース・ロビンソン殿だ。
「ミセス・ロビンソン、どうなされました」
枯れ枝のような腕が持ち上がり、被っていた薄手のフードをゆっくりと外して素顔を晒した。
穏やかな瞳が我々を映す。
「……みなさん、お話し中に失礼しますね。先ほど、わたくしの寮にね、アレクサンドラが4年の魔術決闘訓練で優勝した、と喜びの報告をしに来ましたのよ」
「ええ、ミセス。その通りです。おめでとうございます」
会議室の皆が拍手をする。もちろんこれは寮長にとって名誉であるからな。
「ありがとうございますね。
それでね、みなさんが、この後の模範戦をどうするか苦慮しているのでは無いかと思いまして」
チャールズ君が代表して声を上げる。
「そうなのです。決勝優勝者への模範戦は、優勝者に増長することなく、さらなる高みを目指してもらうための戦い。
ですが……なかなか彼女に勝つのは難しい。できたとしても彼女に致命傷を与えるようでは意味がないのです」
ロビンソン殿はにこりと笑う。
「模範戦はそもそもがかつて、魔術決闘の優勝後に増長した生徒がいたため、それを諌めるためのもの。
ですが、模範戦で勝とうと負けようと、アレクサンドラは研鑽を止めることはありませんよ。彼女は、アイルランドを継ぐ者ですから」
幾人かの教師が頷く。チャールズ君は額を叩いた。
「確かにそうでしたな。あの彼女が修行を止めることなどあり得ない。
分かりました。負けるにせよアレクサンドラとせめて全力で打ち合わせていただきましょう」
他の教師たちからはほっとした雰囲気が漂う。
ロビンソン殿は頭を振った。
「ええ、ですが、……そこを敢えてお願いしに伺ったのですよ。決闘の相手に立候補させていただきたいのです」
ざわつく室内。ふむ?わたしはあご髭を扱きつつ尋ねる。
「どういう意図かお教え願いますか?ミセス」
「それでも可能なら、彼女に敗北を刻んだ方が良い、と考えるからですよ。
まあ、わたしが出たからと言って、勝てる可能性は高くないですけどね。わたしは決して戦闘に向いた魔術師ではないですからねえ」
大魔術師の称号を授かる魔術師の中でも、付与魔術の系統だからな。他の大魔術師と比べれば決して戦闘力は高くないと思われるが……。
「それよりね、アレクサンドラの癖を矯正したいのです」
チャールズ君が首を傾げる。
「癖……ですか。どういったものでしょう」
ロビンソン殿は笑みを浮かべた。
「アレクサンドラはね……手加減しちゃう癖がついてるのよ」
部屋は絶望の雰囲気に包まれた。「あれでか……」と呟くもの、ペンを取り落す者。
「あー……あれで手加減というなら手加減してもらったままのが良いのでは?」
誰かが呟き、それに頷く者。
「ダメよ、それじゃあね。辺境伯に申し訳が立たないわ」
確かにそうかもしれんな。わたしは尋ねる。
「あー、どういったところに手加減が?確かに魔力を全力で出していたのはハオユー戦だけであるようだが」
ロビンソン殿はゆっくりと指を3本伸ばす。
「理由は3つあるわ。まずね、仰る通りそもそも魔力を封印していることもそうだわねぇ。
次に、受けに回ること。彼女の領地を考えてみなさいな。アレクサンドラの本領は突撃であり攻撃なのよ。それが、生徒たちを相手にして受けに回ってしまっているのよ」
チャールズ君が手を上げ反論する。
「しかし、それは決闘場の広さが限られているからでは?突撃戦術がとれなかっただけとも考えられますが」
ロビンソン殿はゆっくりと頷いた。
「それはそうかもしれないわ。でも、先手を取って攻撃していない。必ず相手に対応する形で決闘を進めているわ」
「……確かに。では最後の1つはなんでしょう」
「彼女の得意魔術を知っているかしら」
「強化魔術師ですからな。肉体操作系や移動系、防御系のうち強化に属するものや治癒系、それと本来の魔力は水属性ですか。とは言え、コントロールは苦手故に属性魔術はあまり使っていないということなのでは?」
「あ」
わたしの後ろでエミリー君が声を上げる。
「気づいたみたいだねぇ」
ふむ?
「エミリー君、分かるのかね?」
エミリー君は顔を白くして頷いた。
「アレクサンドラさんの入学時資料を覚えています。
……彼女、校長と同じ、転移術士です、ね」
ロビンソン殿がニヤリと笑い、チャールズ先生が額を叩き、わたしは深くため息をついた。
「では、わたしがやらせていただきますね」
ええ、アレクサは空間魔術の使い手なのですよ?
14話、30話参照です。
水属性は属性魔力として有しているが、魔術として得手では無い(アイルランドに指導者がいない、こっちきてからは基本的に封印している)
植物系も多少使えるが、そもそも戦闘に向いてなかったり、そこまで熟達していない。




