第79話:つらぬくもの
「今年度の優勝はアレクサンドラ・フラウ・ポートラッシュ!」
チャールズ先生の声に、みなさんから歓声と拍手が送られますの。
わたくしは右拳を天に突き上げて歓声に応えます。拳からは血が流れ、右の袖を汚していきます。
拳の形を象っていた髪の毛がぱっと広がり、魔力の煌めきを空間に撒き散らしながら、わさわさと元の長さに戻っていきますの。
「いたた……アホ毛、クロを回収していただけますか?」
(いえすまむ)
するすると一房だけ髪が伸び、地面の上のクロに巻きつき、わたくしの肩にクロを載せました。
褒めてとでも言うように髪の毛がわたくしの顔のあたりに漂っているので、わたくしはありがとうございますのと労いの言葉をかけつつ、髪を撫で、校庭の外へと向かいます。
((わーい))
髪の毛からは喜びの感情が伝わってきますの。
しかしこれは……わたくしの危機に際して、また魔力によるリンクが切れたことによってアホ毛が暴走している状態なんでしょうけど、アホ毛の意識がはっきりしていますわね?
それに複数の意志の存在が感じられますの。
わたくしの脚が止まります。
「アレクサ?」
怪訝そうにクリスが声をかけてきましたの。
うーん。
わたくしは以前ドロシアと戦った後のことを思い起こします。
…………………………━━
ドロシアとの決闘の後、恋人たちの日より前ですか、わたくしは暖炉の前でレポートを書いていましたの。
あれです、創作術式の〈騎士帽子〉と〈ドリルロール〉のレポートを出すように学長に言われておりましたのでね。
その際にミーアさんからミセス・ロビンソンがわたくしを呼んでいると呼び出されたのでした。
わたくしがクロを伴い部屋に入ると、いつものように暖かく居心地の良い部屋の中、ミセスは揺り椅子に揺られていますの。
いつものように〈騒霊〉さんがわたくしの前にお茶と小さなお菓子を用意して下さり、ミセスは挨拶も早々に口を開かれます。
「アレクサンドラは髪に魔力を込めたようだけど……」
「はい、謹慎中に魔力過多症の症状が強く出たため、余剰魔力を全てこちらに詰めました」
わたくしの頭上で風も無いのにアホ毛がふわりと揺れます。
ミセスは唇を紅茶で湿らせると、真剣な顔で仰いました。
「それに意識が宿っているわね?」
わたくしは、アホ毛を摘まんで引っ張ってみます。
(やー)
「みたいですわね、最初は空耳かと思ったのですが、頭に直接語り掛けられているみたいな声が」
『意識体が棲まわれてますよ』
「クロも意識が宿っていると肯定していますの」
ミセスは頷かれると、軽く杖を振ります。
ミセスの横に置かれている大量の布。その何枚かがふわりと浮き上がると、近くにあった帽子をつかみ、わたくしにお辞儀するような動作をとって元の布山に戻りました。
わたくしは拍手をします。
「わたしの使う〈騒霊〉ってどういう術式か知っているかしらねぇ?」
「ええと、移動系か死霊系に属する術式で、移動系の場合は〈念動〉が前提術式ですの。死霊系統の前提術式は……ちょっと覚えていませんわ。
効果は物を〈念動〉のように浮かせて動かすことですが、〈念動〉が知覚している物体に対して意識を集中していないと動かせないのに対して、〈騒霊〉は単純な動作に限られますが知覚していない物体に対しても使用可能です。
あと集中していなくても口頭での簡易な命令や、今のような単純な指示で動作を行わせることができるという違いがありますの」
ミセスはわたくしの解答に満足そうに頷かれました。
「ええ、その通りよ。では、なぜ簡単な命令で良いのかしらねえ?」
「ええと……そこが死霊系にも属する理由で、その……お化けですの」
言いよどんでしまいますの。
そう、〈騒霊〉さんはお化けですのよねー。
「そうね。動物霊や、死を理解できてない幼子の霊、それと霊では無いけどこの寮に住んでいた子達の残留思念。こういったものたちの意識をとりまとめて使役してるのよ。
彼らの意識を統合し、輪廻に返る、意識が拡散するまでの短い時間をここで過ごして手伝って貰っているの」
わたくしは頷きます。
「ではなぜわたしは〈騒霊〉に名前をつけないのかしらねぇ?」
む……確かに。いつも「おいで〈騒霊〉」のように呼びかけておられ、親愛の情があることには違いありません。でも特定の名前をつけてはおられませんわね。
今までのがヒントだとすると……。
「霊が固定化されるのを防ぐため?」
「そう、名付けは存在の確定。
わたしがこの子たちに名前をつけると、術が解除されるまで、ずっと同じ子たちが使役され続けることになるわ。
じゃあそれは何が問題なのかねぇ?」
「……彼らが輪廻に返れませんの」
ミセスは黙ったまま。間違っていないですが不充分ですか。
……ええと。
「悪霊化?」
ミセスは頷かれました。
「そういうことよ。
死霊系術式は常にそのリスクが伴うわ。召喚時に悪しき魂を呼んでしまうこと、長引く使役による悪霊化。
その2つは死霊系術士にとっての大きな問題なの」
なるほど。ということは……。
「わたくしの髪に宿っている意識は、ミセスの〈騒霊〉さんの意識の一部がこちらにうつったものですの?」
ミセスは笑みを浮かべられました。
「そういうことねぇ。
気を付けなさい。そして考えなさい。
あなたが創った術式、髪にそこまでの魔力を圧縮して籠めたこと、どちらも素晴らしいわ。
でもあなたは無自覚に死霊系術式に足を踏み入れてしまっている。
裏切られたら一瞬であなたが殺されてしまうのよ。特にアレクサンドラのは髪だからねぇ」
ああ、たしかに首に近いですしね、それに……。
「首に近く、また寝ている間は無防備になってしまいますわね」
「特に、その髪に宿る意識が明確になったり、増えてきた時には気を付けなさいな。その術式を捨てるのか、リスクを負って使うのかはね」
━━…………………………
故にわたくしは髪をアホ毛とのみ呼ぶに留め、名前などは与えていなかったのですが……そう、ミセスの仰った、危険な状態を迎えていますの。
そして今はまた術式を安全に捨てる機会でもありますわ。
クロやわたくしは確とした存在であり、魔力枯渇の空間にいても存在が失われることはありません。
ですがアホ毛は違いますの。あれはわたくしの魔力に引き寄せられた霊が髪に宿っただけの存在。
この空間には大気中の魔素が存在しないため、髪に蓄えられた魔力が凄い勢いで揮発していきますの。
恐らくあと5分もしないうちに、髪の魔力は失われ、それに伴い……アホ毛に宿る意識も消滅するでしょう。
本来であれば、一度ここで魔力を枯渇させ、死霊系魔術への知識を得てから改めてやり直すのが魔術師としては正しい。
ですが……。
わたくしの危機には動いて身を守り、無邪気な声を脳裏に響かせ、そして今、わたくしのためにわたくしの命令を破った髪の毛。
わたくしの葛藤を余所に、髪は何が楽しいのかくるくるとわたくしの腕に絡み付いています。
恐らくは今、自身が消滅の瀬戸際にいることも理解せずに。
輪廻を歪め、わたくしの安全に代えても……!
わたくしは前に歩みを進め、魔力枯渇の範囲から歩み出ます。周囲の魔力がわたくしへ、わたくしの髪へと浸透していくのを感じますの。
『――〈加速〉。アレクサ』
クロが自身の速度を上げ、話し掛けてきました。
『大丈夫ですよ、アレクサなら。それと優勝おめでとうございます』
……もう、お見通しですのね!
わたくしはクロに微笑むと、身振りで賞賛に寄ってこようとするクラスメイトたちを押し留めました。
魔力を解放します。
「わたくしの髪に宿る魂たちよ!
アレクサンドラ・フラウ・ポートラッシュが告げますの!」
わたくしの髪がざわりと持ち上がり、わたくしの顔の高さに浮かびました。
わたくしの血を受けた髪が朱金に輝きます。
「アホ毛よ!汝に名を与えますの!
汝、天地を貫く槍となれ!――You’ll be the spears that STING heaven and earth!」
大きく息を吸い、天まで届けと叫びますの。
「――〈命名〉!
汝が名はスティング!スティング・ポートラッシュの名を与えますの!」
(――――!)
声にならない歓喜の意志が髪から上がります。
髪に宿る数多の意志が、一つの名に向かって統合されていきますの。
「わたくしと共に長くあれ、スティング!」
(いえすまむ!)
と言うわけで、アホ毛ちゃん命名イベントっていう話でした。
指輪物語が好きで、トーキョーNOVAが好きで、古い映画が好きで、洋楽が好きなんだから名前にスティングくらい出すでしょー!っていう。
全部知ってるなら握手。
⌒ ⬅つらぬきまる。
ξ゜⊿゜)ξ <……えー。




