第78話:決着ですの!
地面のクロはうにょうにょと動いていますが、いつもの彼の思念が伝わってはきません。
巻き髪はだらりと重力に従って垂れ下がり、強く波打ったロングヘアーのようになりましたの。
わたくしの体内の魔力に意識を向けます。
魔力そのものが失われている訳ではない。ただ、それはまるで揮発するかのように肌から消えてしまうようですの。
既にかけた強化魔術も効果を失っている様子。
クロとの魂絆も切れてしまっています。以前、謹慎させられた時と同じですわね。
ハミシュも魔力の大半を使ったためでしょう。肩で息をして、銃床を地面に着いて倒れないようにと、苦しそうな様子ですの。
「なるほど、〈一時的魔力枯渇〉ですか。これ禁呪ぎりぎりですわよね?
チャールズ先生?」
校庭の外に声をかけます。ん、いつのまにか校長先生や他の先生方も見学に来ておられますわね。
チャールズ先生が声を上げます。
「〈永続魔力枯渇〉は国際法で禁呪!〈一時的魔力枯渇〉は校則で1時間以上と、魔力櫃がかかるように使うのは禁じられている!」
チャールズ先生は手元に〈点火〉で火を灯し、ご自身のところまで術式が影響を及ぼしていないことを確認されました。
「ハミシュ!持続時間は!」
「……30分程度しか持たないでしょう。わたしの魔力ではそれが限度だ」
「では問題なし、ただし校庭の結界を消滅させられたので、試合中断だ。1分後に再開とする」
なるほど。
校長先生とチャールズ先生が魔力枯渇の範囲に掛からないように結界を張り直し始めました。
わたくしは構えていた拳を下ろすと、クロを拾い上げます。
クロにはちゃんと意識があるようで、わたくしの手の上で、ゆっくりと体を起こし、元気であると主張している様子ですの。
ただ、〈超加速〉の術式が切れているため、動きが緩慢ですわね。
……ああ、そうですわ。そもそも〈加速〉かけていないと思考速度に差があるのでしたわね。せめて、わたくしは大丈夫ですのと想いを込めて、ゆっくりと彼の背を撫でます。
「おい、アレクサンドラ」
ハミシュが近づいてきて声をかけてきましたの。真剣な表情です。
「じじいとクルーアッハの魂絆が切れている今のうちに話しておくぞ」
ふむ?
「じじいの目的はお前の身柄だ」
「身柄って……誘拐でもするつもりですの?」
ハミシュはこちらを見つめています。
なるほど?この言葉を伝えるために、わざわざ〈魔力枯渇〉などという大魔術を使い、お祖父さまとクルーアッハの魂絆を切って話をしているのですか。
「いや、お前をハイランドに呼び出して、一族の誰かと契らせたいのさ。
ハイランダーの血を濃く引く女は少ないからな」
「……なぜそれをわたくしに?」
情報を頂けたのはありがたいのですが、なぜハミシュはそれをわたくしに伝えてくれたのでしょう。
ハミシュは口をへの字に曲げ、吐き捨てました。
「じじいの直系の孫でお前と同年代なのが自分だけなんだよ。
お前を連れ帰ると嫁取りさせられそうだ。……やなこった」
ふふ、なるほど。
今までは厳しい顔、怒ったような顔しか見せてくれませんでしたが、こうして話していると、年相応に見えますの。
きっと、地元には好きな子とかいるに違いありませんわね。
「わたくしも、心に決めた人がいるんですのよ」
ハミシュは驚いた表情をしました。
「へえ、ルシウスとの婚約は無くなったのでは?」
「いえ、それとは別に……す、好きな人がいますのよっ」
「そうか」
グラウンドの周囲が大きく輝き、元に戻ります。新たな結界が完成したようですの。
観戦していた同級生のみなさんたちも先程より一歩後ろに下がっています。結界を魔力が枯渇している範囲より一回り大きく作られたのでしょう。
チャールズ先生がこちらに頷き、手を上げます。
「決闘を再開する!」
「いってきますの」
わたくしはクロにそっと口づけをして地面の上へと戻すと、拳を構えます。
……銃相手の魔力なしですか……せめて心臓を遠く、正面の面積を狭く。右前の半身で構えますの。
ハミシュは決闘が中断される前の位置まで下がり、小銃を今までの槍のような持ち方ではなく、射撃姿勢、眼の高さに構えました。
「ま、その辺はじじいにでも訴えてくれ。自分としては叔父貴の後妻になるか、兄貴の子供とでも結ばれてくれると良い。
……叔父貴は40で、兄貴の子供は5歳だがな」
えー……。
「で、降参しないか?お前がいくら鍛えているといっても、魔術なしで訓練積んだ銃持った男に勝つ目はあるまい?」
ふうっとわたくしは大きく息をつきます。〈矢避け〉もその他の防御魔術も切れてしまっていますからね。
「うるせえ、かかってこいよ。――Shut up. Bring it on.」
――ダン!
銃口の向き、呼吸のタイミングから撃つ瞬間を読んで、横へと跳びますが銃口は正確にわたくしを追い、撃たれましたの。せめて射線に拳を差し込み、それは間に合います。
前の決闘でハオユーが使っていた金剛勁のように、体内の魔力を魔術として編むことなく拳に集中。
「ぐっ……!」
頑丈な手袋と内包魔力によって銃弾に貫かれることはありませんでしたが、手の骨が砕けた感触。〈鎮痛〉術式も切れているので激痛が全身を走りますが、それをおして前へ。
再装填の間を与えぬよう突進、ですがハミシュは大きく後退、跳びずさりつつ弾を込めて射撃。
――ダン!
狙いは正確、サイドステップで逃れましたが、それでも左の二の腕に当たり、こちらは貫通。鮮血が飛び散ります。
「ぐぅっ……」
それでも前へ。身体を捻って潜り込み、折れた右拳を握りしめて、引き金にかかる指を打ち抜きます。
「「ぐっ……」」
ハミシュの人差し指を折った手応えと、わたくしの右手の骨がさらに折れた感触。手袋の中に血が溜まっていくのがわかりますの。
「くそったれめ、なんつーイカレた女だ」
ハミシュは銃剣を再び槍のように構えました。
ふふん、とりあえず一矢報いましたのよ。これで、わたくしの両腕は使い物になりませんが、ハミシュは指一本。割にあいませんが、それでも銃は撃てないでしょう。
さて、あとは噛み付いてでも倒せば良いですの。
(……るま……いず……げ……)
……ん?
(……るま……すいず……げ……ばー!)
……脳内に声が。
(こーるまむ、じすいずあほげ、おーばー!)
あ、マズいですの。
「おい、アレクサンドラ……なんだそれは?
どうやってこの空間で魔術を使っている!?」
ハミシュは驚愕の表情でこちらを見ます。視線を追うとわたくしの脚のあたり。
そちらを見ると、わたくしの髪がわさわさと動き、伸びていっていますの。どんどん伸びていく髪は足元でわだかまり、蛇のように地面をのたうちます。
……これは。
「わたくしが魔術を使っているのではありませんの。
ただ、わたくしの髪の毛は、わたくしの魔力が大量に溜め込まれているのと……自律した意識がありますのよ」
(こーるまむ、じすいずあほげ、おーばー!)
空間の魔素が無くなっているため、わたくしを知覚できていませんの?
物理的には髪の毛ですから、頭で繋がっていますけども、魂絆のような魔力のリンクが切れてしまっているんですわね。
(まむ、うぇああーゆー!?)
うなじに手を差し込み、大量の髪を身体の前に。
痛む腕で束ねてぎゅっと抱きしめます。髪に血が垂れていきますの。
「アホ毛、わたくしはここですのよ」
脳内に、たくさんの声のようなものが響きます。
(まむ!まむ!)(みつけた!)(傷ついてる)(血!)(まむ、ふーあむあい!?)(たたかう?)(たたかう!)
「ちょっ……待って」
((またない))
髪の毛が大きく広がると、何本かは地面に刺さり錨のようにわたくしの身体を固定。残りの大半は束となり、樹木のように上に伸び、身の丈を超えるような巨大な腕のような形となります。
先端が丸まり、拳を象ったそれは天を突くように振り上げられたかと思うと、ハミシュに狙いを定めましたの。
「クソったれ」
拳は風を切ってハミシュに向かって打ち抜かれました。
ハミシュは銃を盾に受け止めるも、ガードごと10m以上も吹き飛ばされ、グラウンドに張られた結界にぶつかり、倒れました。
折れた銃身と、動かないハミシュを見てチャールズ先生が手を上げました。
「勝者、アレクサンドラ!」




