第76話:決勝戦
むう、銃ですか。
ドロシアも拳銃を使っていましたわね。
実のところ、この魔術全盛の時代において銃というものはそこまで有用な武器ではありませんの。〈矢避け〉やその上位の〈矢返し〉といった術式の存在を筆頭に、飛び道具に極めて有用な対抗策がありますからね。
故に人間が魔術を忘れていた西暦末期から黄道暦初期の頃にかけて銃器は最も発展していて、逆にその時代の銃は精密すぎたり、素材が特殊すぎて現代では扱えませんの。
彼が持つのはボルトアクションと呼ばれる機構のもの。連射は出来ませんが、堅牢で信頼性や精度が高いですの。
「やあ諸君。アレクサンドラはいつも通りだな。ニヴァシュ、もといハミシュは……銃か……」
チャールズ先生がおっしゃいます。先生は困った顔でわたくしを見ました。わたくしは頷きます。
「何も、問題ありませんの」
先生はため息をついて、わたくしとハミシュのみをグラウンドの中央に呼びました。
「では、まず決勝から行うとしようか。グラウンド全体の使用を許可する」
わたくしは一礼すると、腰より杖を抜きます。
「我が名はアレクサンドラ・フラウ・ポートラッシュ。使い魔クロを従え決闘に臨む」
「我が名はハミシュ・ファーガス。使い魔クルーアッハを従え決闘に臨む。
この決闘の勝利を以て、アレクサンドラをスコットランドまで連行する権利をかける」
「認めましょう。わたくしが勝ったら、ハミシュは夏休みにスコットランドまでわたくしたちを案内すること」
わたくしは頷きます。
ハミシュは自分の左腕に絡む、使い魔のクルーアッハをちらりと見ました。暗緑色の蛇ですわね。それは首をもたげると、ゆらゆらと揺れた後、ハミシュの背中へと回ります。
ハミシュはわたくしに頷きました。
「では決勝戦……始め!」
チャールズ先生の合図と共に、わたくしはいつも通り杖を投げ捨てると拳を構え、高らかに叫びます。
「Go Ahead!……それと〈矢避け〉!」
キーワードと共に、幾重にも魔術でわたくしの体を強化し、最後に飛び道具がわたくしの身体に当たらなくなる魔術を掛けます。これで基本的に銃弾は気にしないで済むのですが……。
ドロシアのように魔術無効化弾を使われれば話は別です。警戒はして戦いましょう。
一方のハミシュ、魔力を練り上げつつも魔術を発動させずに術式を待機させた状態。
構えは引金のあたりを握る右手を腰元に、銃身を握る左手を身体の前に出し、銃口には銃剣。銃剣はピタリとわたくしの心臓に向かって狙いを定められていますの。
……これは槍の達人と対峙するのと変わりませんわね。隙が無いですの。
使い魔はどこへ……あそこですか。ハミシュが背中にマントのように垂らしているキルトに潜り込んでいますの。蛇も暗緑色でキルトの色と似ているから視認し辛いですわね。
「クロ、ハミシュの使い魔が襲い掛かって来たら止められますか?ちょっと集中してハミシュと打ち合いたいですの」
『了解しました。やってみましょう』
クロがすっと空中を移動し、前に出てくるのに合わせてわたくしは大きく踏み込みます。その時、
「〈足もつれ〉」
ハミシュがほんの一瞬だけ大きく魔力を放出し、わたくしの前に進む動きを半歩にも満たない分だけ押しとどめましたの。
ですが徒手格闘においてその距離の差は天と地の差がありますわ。そう、わたくしの拳は届かず、彼の銃剣は届く間合いで止まってしまうという事に他なりませんの。
ハミシュの手前で空振りする形となったわたくし。そこに裂帛の気合いと共にハミシュの銃剣が幾度も突き出されますの。
わたくしはそれを手で打ちはらいます。わたくしの手袋は竜鱗の編み込まれたもの。白い繊細な見た目に反して頑丈で、銃剣の刃を払うくらいなら通しませんの。
わたくしが手袋で刃をつかもうとすると、ハミシュがわたくしの腹に蹴りを入れてわたくしから距離を取りました。
ふむ。やはり槍術の動きに似ていますわよね。前後への動きが速いですの。
その時クロの金魚鉢から水が溢れ出し、触手のようにうねったかと思うと、薄い膜をつくり、飛び掛かってきていた蛇のクルーアッハを打ち落とします。
クルーアッハは地面の上で鎌首をもたげてこちらを覗き込むような動きを見せた後、再びハミシュのキルトへと戻ります。
……反応出来ませんでしたの。クロに助けられましたわ。
『アレクサ、視覚に頼りすぎです。
保護色というやつでしょう?海面近くの魚の背が青く腹が白いのも全ては捕食するため、捕食されづらくするためですよ。惑わされぬようにしなくては』
頷きます。クロは常に魔力を、霊気を感じるように指導してくれますのね。
互いに突進。彼我の距離が一瞬で無くなり交差する直前、ハミシュが呟きます。
「〈痙攣〉」
わたくしの右腕がびくりと意に反する動きをし、胸元に構えていた拳が外に逸れます。当然ハミシュはその隙を見逃しませんでした。するりと伸びてきた銃剣がわたくしのお腹へと沈んでいきます。
魔術礼装を突き破り、ぞっとするような冷たい金属の感触。
わたくしはそれを無視して動くようになった右手を握り、ハミシュに殴りかかり……。
――ダン!
引き金が引かれ、銃弾がわたくしの身体を吹き飛ばしました。わたくしのお腹の上で金属同士がぶつかるような異音。
ハミシュは反動を利用し、突くよりも素早い動きで真っ直ぐに後退します。
お腹に手をやります。服に穴、出血あり。じわりと滲んだ血が白の礼装を紅く染めますが、内臓には到達せず。傷口は既に再生済み。
『大丈夫ですか?アレクサ』
「問題ありませんの」
「ないのかよ。……刃や銃弾を通さないだと?」
間合いを取ったハミシュが熟練の手つきで銃弾を再装填しながら呟きます。
「先日のドロシアとの決闘の際は、火属性や魔術への防御中心でしたからね。銃弾で防御を破られましたが、今回は物理防御中心に魔力を割り振っていますもの」
しかし、〈矢避け〉をかけていたのに銃弾が当たりましたのね。なぜかしら?
わたくしは拳を構え直しつつ言葉を継ぎます。
「弱体化魔術をこのような使い方するとは思っていませんでしたわ。些細な効果の基本的な弱体化魔術、その効果を1秒未満に限定して、代わりに抵抗の余地を与えないというやり方でしょうか」
ハミシュは頷きました。
「お前に魔力量で上回っているならこんなやり方しないで済むのだがな」
魔力量で下回っていても、一瞬だけ僅かな効果でなら確実に影響を与えられるということですか。
しかし、わたくしの速度に追いついていけるのが前提ですわよね。物理戦闘能力が高い弱体化術士というものにしかできないやり方。やはり珍しいと思いますのよ。
再び互いに突進。気を張って〈痙攣〉等の術式に警戒しつつ剣と拳を交わします。
クロから思念。
『クルーアッハと言ったか。
君は……ハミシュの使い魔ではない。違うかな?』
なんですとー。わたくしはハミシュの銃剣を捌きながらクロの思念が流れてくるのを聞きます。
『君とハミシュ殿の間には確かに魔術的な繋がりがある。故に使い魔として認められたのだろうが、そうではなかろう。
巧妙に隠されてはいるが、君にはもう1人繋がっている人物がいるね。そしてそちらの繋がりの方が古い』
くっ、クロ!戦闘中にそのような気になる情報を脳に流すのは……!
「つぁっ!」
わたくしはハミシュの銃剣をかちあげて懐に、彼の喉元に貫手を突きこもうとしますの。しかしそれはハミシュによりデザインされた動き。
彼の右手が跳ね上がり、銃床がわたくしの顎へ。
「〈痙攣〉」
左手で受けようとする動きが一瞬止められ、顎に衝撃。っと、脳が揺らされて……。
崩れ落ちるわたくしに向けて銃剣が突き立てられ、銃口が向けられます。
「アホ毛っ!」
(やー)
――ダン!
縦ロールがほどけ、髪が広がります。その中に吸い込まれていく銃弾、髪が引っ張られるような感触。
(いたいー)
わたくしは地面をごろごろと転がり間合いを取ります。脳が揺すられ、脚にきてますの。
そこに再び襲いかかる蛇、割り込むクロの金魚鉢。
金魚鉢が蛇に巻きつかれ、地面に叩き落とされます。割れる硝子、飛び散る海水、投げ出されるクロ。
「あっ」
クロが丸呑みにされてしまいましたの。
ξ゜⊿゜)ξ <クロー!
ごっくん。




