第75話:もぐもぐもぐ。
「さて、わたくしも一度着替えてきますのよ」
「ん、そうね」
戻ってすぐクリスに捕まったので、まだ魔術礼装のまま着替えてませんからね。
わたくしが立ち上がり扉の方へ向かうと、扉の向こうからぱたぱたといくつもの足音が逃げていきますの。
……もう、みなさんこういう話がお好きなことね!
部屋に戻り、クロを大きい水槽に移します。中にいる赤と白の縞の魚が驚いたように水槽の隅へと移動しました。
クロと魔力循環しつつ魔術礼装を脱ぎます。上半身裸になり、姿見の前でダメージの確認です。
ふむ……攻撃を受け止めていた腕は問題なし。……おっぱいの間、ちょっと下。鳩尾が青紫になってますわね。ええ、ハオユーの肘が入ったところですの。
さすがに血を吐くほどだったのでまだ跡が消えていませんわね。クロからの再生もありますし、明日には治るでしょう。
……さて。腰のベルトを外し、ゆっくりとズボンを下ろしますの。
「んー、やっぱりですの」
白いパンツの下。左脚は綺麗な肌色を晒していますが、右脚は太ももの真ん中あたりより下全体が青紫に染まってますの。
『おや、アレクサ。
その脚はどうされました?』
「さっき決闘で水の魔力を思いっきり込めた蹴りを放ったでしょう。
あの後遺症みたいなものですの」
〈聖ジョージの槍〉放つとこうなりますのよね。ちょっとわたくしの肉体の魔力許容量を超えてしまってますので。
これでも昔よりだいぶマシですけども。ええ、最初に竜相手に撃ったときは骨ごとばきばきでしたから。
『〈治癒〉や〈再生〉の術式は効かないのですか?』
「んー、水の魔力が強く残りすぎて、その手の治癒系魔術を阻害するのですよね」
『……わたしがその魔力を吸い取ればよろしいですか?』
……おお!?どうやらクロが魔力なら吸い取れるとのことですの。ふむふむ。
部屋着を上だけ羽織り、椅子に座ります。クロを水槽から取り出し、右の太ももにのせます。うひゃあ、冷やっこい。
『ではいただきます』
「お願いしますの」
クロの口元の触腕がわたくしの脚を撫でては口へと運ばれますの。
くっ、むずむずしますわね!
クロがもぐもぐしているところから魔力が抜けていき、再生が始まります。内出血が消え、肌色が戻ります。
もぞもぞとクロが前進していき、またもぐもぐします。
うひぃ、くすぐったいですの。
『ではこのまま進めますね』
「よろしくお願いいたしますの」
脚はクロに任せ、借りてきた毒関連の魔術書をぱらぱらと捲ります。
「ふーむ、基本の〈解毒〉は押さえてますが、個々の毒に特化した術式まで憶えておくべきですかねぇ」
『ふむ?』
クロがもぐもぐしながら思念を送ってきますの。
「ニヴァシュの名の通り、毒に特化した術式を使用されるなら、対策しておくべきかと思わなくもないのですが……。
毒と言っても何の毒かは分からないんですよね」
『ああ、ふぐの毒とくらげの毒とうみへびの毒は違いますからね。海の中だけでもそれです。地上や空の生き物まで入れたらどれほどになるやらということですか』
「そういうことですの。
そう言えば、以前毒のあるウニも召喚できると言ってましたけど、なまこに毒はありますの?」
『キュビエ器官は魚に効く毒ですよ。
人が触れてもべたべたするだけですけどね』
ほう、そうでしたのね。
……うん、ムリですわね。毒系統の対策は細かくやると量が多すぎますの。蛇とその魔物だけで500種以上いて毒素は個々に異なると言われましても、何ともなりませんの。
蛇毒は大別すると神経毒と出血毒……。お、今クロの言われたふぐも神経毒なのですね。うーん、〈解毒〉術式を神経毒と出血毒に特化したものだけ押さえるくらいにしておきますか。
わたくしはとりあえず〈解毒:神経毒〉のページに金の栞をはさんでそっと本を閉じます。
――コココン。
「失礼します!」
おや、ナタリーですのね。慌てて部屋へと入ってきます。
「お姉さま!血を吐かれたと伺いました!御加減は大丈夫ですか!?……おぅふ」
ああ、誰かから今日の戦いを聞いたのですわね。そういえば、朝この子が見たのはやはり〈未来視〉の類ですか。
「お、お姉さま!か、下半身だけ顕わにするとは破廉恥な、ありがとうございます!
しかも太ももにクロさんをのせているとか!」
ああ、なるほど。わたくしが血を吐いたことは問題なく治っていることと、脚の内出血についてナタリーに話します。
「……と言うわけで、クロに脚に溜まっている魔力を吸い取っていただいてますの」
「なにそれずるい」
「えっ?」
「えっ?」
ナタリーと顔を見合わせます。
やっぱりこの子、たまに変なこと言い出すんですわよねぇ。
話しているうちにクロは足先へと移動、最後は足の裏の魔力を吸って貰うのにくすぐったくて笑い転げてましたの。
おお、でも綺麗に治りましたのよ。
「ありがとうございますの、クロ」
『こちらこそごちそうさまでした』
「ごちそうさまでした、お姉さま!」
……?わたくしたちの食事はこれからですのよ?
ちょうど良い時間ですのでね。クロを水槽へと戻し、下半身も部屋着に着替えてから、ナタリーと共に食堂へと向かいます。
夕食、今日は味付けがミレイさんのベースですの。ミーアさんはこちらの話に集中していて手が止まってましたわね?
チキンソテーの味が繊細ですの。
わたくしは身体をたくさん動かしますからね。元冒険者のミーアさんの野趣のある濃いめの味付けの方がどちらかと言えば好みですが、みなさんはミレイさんの味付けのほうを好む方が大半の様子です。
クリスが尋ねてきます。
「強化術と弱体術の戦いってどうなの?」
「分かりませんの。
個人で戦える弱体術士とあった事がありませんので」
うーん。ポートラッシュにはそもそも弱体系魔術を専門に使う方っていないんですわよねぇ。
「そうですわね。言えることは……。
単純な強化と弱体化の出力勝負になったら誰にも負けはしませんの」
みながうんうんと頷かれます。ナタリーの顔にはほっとした表情。
「ニヴァシュがアレクサと同程度の魔力を有する可能性はありませんこと?あるいは魔力を大量に蓄えた貴石を持ち込むとか」
食事を終えたドロシアがやってきて尋ねますの。
「わたくしの魔力量を秘める貴石なんて存在しませんのよ。学園地下にある魔力櫃のような機構なら別ですが、持ち運べるようなものではありませんの。
それに自己強化と他者への弱体なら自己強化の方が間違いなく効率が良いはずですの」
「ああ、そうね。同等効果のものを、抵抗される可能性のある離れた対象に使う方が自己強化より効率は悪いわね」
「ニヴァシュがわたくしより3割増しくらいで魔力が多ければ均衡すると思いますが……」
「「「ないないない」」」
みなさん手を振り、否定しますの。
まあそうですわよね。わたくしと同等以上の魔力持ちがその魔力を隠しきるのはムリですの。
それこそ幼い頃には制御が効かないので、動物が逃げ出すとか、なんらかの話は入ってくるはず。
「ですが、それは当然相手も分かっているはずですの。
その上でニヴァシュ、彼は本名での名乗りを上げてわたくしに挑戦するというのです。なにかわたくしの知らない別のやり方があるのでしょう」
「ど、どうするんですか、お姉さま!?」
と、ナタリー。
わたくしは彼女に微笑みかけます。
「どうもしませんわ。普段通りですのよ。
もちろん、これから1週間は彼との戦いを考え、準備はしますわ。毒について学んだり、弱体化を受けるつもりで練習するのは間違いありませんの。
だからといって、特別な対策を行うわけではなく、普段通りに全力を出せるよう、体を、心を持っていきますの」
「カッコいいです!お姉さま!」
「ふふん、良いこといいますわね」
そう、いつだってそれが難しいんですけどね。
そして翌週の魔術決闘の日まで、わたくしは普段通りの学校の日々を過ごしました。
体調不良で休んでいましたしね。授業の遅れを取り戻さなくては。訓練は放課後に義兄様達のところへ行き、全身に鎖を巻いたり綱で引っ張って貰いながら、不自由な状態で組み手の訓練をいたしましたの。
魔術決闘の決勝。
先週と同じ白の魔術礼装に身を包み、授業の始まる前、校庭に待機するわたくし。
みなさんと談笑していると、人垣が割れて一人の生徒がこちらへと歩みを進めて来ましたの。
「ひゅう。やる気ですわね」
やってきたのはもちろん、ニヴァシュことハミシュ・ファーガス。
今までの制服にローブを羽織り、初心者用魔術杖を持った姿とは大きく異なり、魔術礼装を着込んでいます。
紺地に濃緑色の格子縞模様。遠目には暗緑、黒くも見える黒の監視者と呼ばれるもの。そのキルトをスカートのように腰に巻き、左肩留めで背中に落としていますの。
ベレー帽を被り、背には銃剣付き小銃、腰には軍用の短杖。
「こんにちは、ハミシュ・ファーガス。
ハイランダーズの正装を許されているのですね」
若くしてそれだけの力量があると認められているということでしょうね。
彼は頷くと、おもむろに口を開きました。
「アレクサンドラ・フラウ・ポートラッシュ、この戦いにわたしが勝ったら、お前をスコットランドまで引き摺ってゆく」
なるほど。
「ハミシュ・ファーガス、この戦いにわたくしが勝ったら、夏休みに義兄と共にスコットランドまで行きましょう。案内なさい」
年内最後の更新です。みなさん、本年は拙作をご高覧頂き、ありがとうございます!
来年もアレクサとクロの物語を楽しんでいただき、またいつの日かこの世界観の別の物語でもお会いできれば幸いに思います。
では良いお年を!
ξ˚⊿˚)ξノシ 良いお年を!
━━ <良いお年を!




