第73話:決勝の相手
うう、投稿遅れて申し訳ない。
だいたい体調不良のせいです。寝込む程でも無いのですが治りきらない風邪でですね。
どうにも執筆力が減衰しております。
次は1週間以内になんとか!……なんとか!
倒れるハオユーのもとへ、クロがふわふわと飛んでいきますの。だくだくと血を流す彼の胸の上へ。
『アレクサ?』
「おねがいしますの」
『〈再生〉』
クロの金魚鉢が放出された魔力で淡く輝き、その下でハオユーの傷口が塞がっていきますの。
ふう、ひと安心ですわね。
チャールズ先生と保健委員の方が駆けつけてきて、ハオユーの様子を見て、こちらに視線をやりました。
傷口が完全に塞がると、クロはふわりと浮き上がり、わたくしの斜め後ろ、定位置へと飛んできます。
「クロに傷を治していただきましたの。
クロ、ありがとうございます」
『いえいえ、お安い御用です』
チャールズ先生が胡乱なものを見るような目でこちらを見つめました。
「なまこが、傷を、治す」
「ええ、なまこが傷を治しますのよ。
〈血液増加〉の術式までは使用しておりませんのでね、血は足りないかと思いますの。
保健室にはしっかり連れていって下さいまし」
「う、うむ」
地面に手をつき、うっ、と唸りながらハオユーが上半身を起こします。荒い息を何度かつき、こちらを見上げました。
「……完敗です」
彼はそう口にしました。……いいえ。わたくしは首を横に振ります。
「いえ、技では勝てず、パワーでごり押しただけですのよ。
ハオユーこそ素晴らしい功夫でした」
ハオユーの黒に近い茶色の瞳がわたくしを見つめます。
「龍に……いや竜殺しに挑み、負けはしましたが、幸いにも命を繋いでいただけました。
またいつか……あなたと再び拳を交えさせていただけますか?」
わたくしの頬が緩むのを感じます。わたくしは彼の手を握りました。
「いつでも。望むところですのよ」
ハオユーが保健室へと運ばれて行きますの。わたくしは彼を見送ると、校庭を眺めます。
ちょうど、もう1つの準決勝。マイクとニヴァシュの決闘が始まるところですの。
真っ直ぐに背筋を伸ばして立ち、剣を構えるマイク。
彼の剣は魔術剣ですわね。魔力を通す、杖としての働きもあるものですの。
一方のニヴァシュは制服に学校指定の初心者用魔術杖。
儀礼通りに名乗りを上げて対峙されます。
「おめでとう、アレクサ」
「ええ、ありがとうございます」
クリスが話しかけてきましたの。
わたくしはちらりとクリスに眼をやると、再び決闘に視線を戻して答えました。
「やー、ハオユーはびっくりしたわ。あんなに強かったのね」
クリスも知りませんでしたか。魔力量で分けた下のクラスですからね。
「戦いの強さは魔力量の多寡のみで決まる訳ではありませんのよ。
……わたくしが言っても説得力ありませんけど」
マイクの振る剣、今は炎を纏った刃を、ニヴァシュが魔術障壁に角度をつけて受け流してますの。ふーむ。
「というか、わたくしニヴァシュのこと、そもそも知らなかったんですのよ」
「ん?ああ、そうね。彼は4年からの転入生だから。年に1・2人転入生来るじゃない。基本的に下のクラスに入っちゃうし、アレクサは知らないかもね」
なるほど、半年前にサウスフォードに転入されたのですね。
ふーむ……ですが。真剣に戦いに見入ります。
「解説のアレクサンドラさん、どちらが勝ちそうですか?」
クリスが手をこちらに差し出し、インタヴューのように尋ねます。
「ニヴァシュの勝ちですの」
「おっと、断言されましたよ。素人目にはマイクが押しているように見えますけど」
クリスが驚きます。
マイクが剣を振り、ニヴァシュが避ける。マイクの術式を、ニヴァシュが相殺する。確かにマイクが攻勢をしかけ、ニヴァシュが防戦一方というようにも見えますの。
「マイクがあれだけ攻めて、一切攻撃を受けていない。余裕がありますの。逆に攻めているマイクの方に焦りが見えますわ」
うーん、マイクも動きが普段より雑……ああ、なるほど。
「ニヴァシュはわたくしと逆、弱体化魔術師ですわね」
ニヴァシュから魔力が放出されるも傍目には何も効果を及ぼしているようには見えません。しかし、その度にマイクの放つ魔術の勢いが減じ、足取りは重く、剣筋は不正確になっていきますの。
「へぇ、珍しいわよね?」
「そうですわね。相手に抵抗される可能性があることを考えると、わたくしのような強化魔術師の方が安定性が高く一般的ですの。
ですが、強大な魔物に大勢で抗する時に相手の抵抗を貫けるレベルの術者がいたり、多数に対して弱体化を掛けられるような術者がいると、たいへん有用ですのよ」
クリスがなるほどと頷きます。
「弱体化って何系統の魔術だっけ」
「わたくしの強化系もそうなのですが、結構散らばるんですよね……。専門的にやるなら呪文操作系と物質操作系、肉体操作系と精神操作系、あとは幻影系が主ですか」
「多いわね」
クリスが顔をしかめます。
「わたくしの強化魔術もそうですのよ。わたくしは主に肉体操作系と防御系と移動系と治癒系の強化魔術を学んでいますけど、父は物質操作系の強化魔術使えますしね。極めるのは遠い道のりですわ」
ちらり、とドロシアの方を見ます。彼女も勝利して4勝1敗ですわね。
「ドロシアのように属性魔術に特化すること。もちろん魔術を学ぶのに楽などということがある訳はありませんが、学びやすさという意味では間違いなく有利ですわよね」
そういう意味ではわたくし、サウスフォードに来て良かったですの。アイルランドでは学べない色々な魔術を教えて下さる先生方や、魔術の書籍がたくさんありますので。
「あー、なるほどね。ライブラとかサウスフォードにいると気づかないけど、特に地方だとそうだよね。
だから地域や軍ごとに得手となる魔術や戦術が変わってくるのね」
わたくしは頷き、クリスが続けます。
「なるほど……。ん、アレクサって肉体操作系使うじゃない。肉体強化系の弱体魔術って使えるの?」
「本当に基礎のものくらいなら」
「へぇ、どんなの?」
……わたくしはクリスの背中の中心をちょんとつつき、魔力を流します。
「え、何?……ちょ、あはっ、……あっ、やめ、くすぐったっ……あははは……アレクサっ……やめ……はは」
クリスがくねくねと身を捩らせて悶えますの。
「〈痒み〉の魔術、集中力を減衰させる魔術ですが……クリスは擽りに弱いですわね?」
「わ、わかったからやめ……!ぷっ、魔力流すのやめ……!」
クリスがぷるぷると震えます。
「魔力は最初に流しただけで、後は肉体の反応だけですわよ。掻けば一瞬で治りますの」
クリスは手を背中に伸ばし……届きませんの。ふふふ、身体が硬いですわね。
「掻いてぇ……」
クリスが涙目で懇願します。
「クリスを拷問するなら擽り羽根の効果は抜群ですわね」
わたくしはクリスの背中を掻いてやります。
クリスはほっとした様子を見せた後、「もう、……もう!」と言いながらわたくしの二の腕をばしばし叩いてきますの。ふふふ。
舞台では、ニヴァシュの袖口から彼の使い魔であろう蛇が跳び出し、いよいよ動きの鈍ったマイクの喉元に牙を突き付けました。
マイクが降参します。
「勝者ニヴァシュ!」
チャールズ先生の声が響きました。
そんなこんなで本日の全ての試合が終わり、チャールズ先生がお話をなさいます。
「では、来週はいよいよ最終戦だ。
全勝で勝ち残ったのはアレクサンドラとニヴァシュ、決勝戦だな」
ニヴァシュを見ます。
わたくしと似た金髪碧眼、少し彼の方が褪せたような色をしていますね。小麦色の髪といったところでしょうか。
気難しそうに口を横一文字に閉じ、眉間にはうっすらと縦皺が寄っています。
体型は色白で痩せ型に見えますが、それは鍛えていないのではなく、体脂肪の少なさに起因するものでしょう。
「アレクサンドラ・フラウ・ポートラッシュ」
彼がこちらに向き直り、わたくしの名を口にします。
「ええ、ニヴァシュさん、よろしくお願いしますね」
「ニヴァシュは仮の名だ」
おや、仮の名。周囲のみなさまも驚いたような様子。
「それをここで明かすとは、本名を教えてくれるという訳ですか?」
彼は頷き、憎しみの隠った瞳でわたくしを見つめ、名乗りました。
「ハミシュ・ファーガス……ハイランダー」
なんと……いう。
わたくしの頭から血が引いていき、脚が震えます。
「お前を倒すため、ここに転入して来た」
ハミシュはそう言うと踵を返して離れました。




