第69話:こーとおぶあーむず
「じおーだーおぶじえめらるどぷらいど」
ヤーヴォ君がそう口にし、みなさま自分で声に出されます。
「かっけえ!」「強そう!」「キレイすぎて似合わねえ!」「どういう意味がありますか!アレクサンドラ閣下!」
みなさん、立ち上がり声を上げます。
好評ですかね?意味は……ふむ、説明しておきましょう。
「オーダーが騎士団なのはよろしいですわね。
エメラルド・プライドには2つの意味を重ねましたの。
義兄レオナルドは神にその身を捧げて心を失い、この身体になったのはご存じですの?」
みなさま頷かれます。
わたくしは立ち上がった義兄様の紅の瞳を見上げますの。
「実は今の義兄様の瞳は紅く染まっていますが、元は美しい翠色でしたのよ。
それとアイルランドはかつてエメラルドの島と呼ばれていましたの。一年中、草に被われた美しい島という意味ですわ。
つまりエメラルドは義兄様をあらわす言葉でもあり、わたくしやみなさまが魔族から取り戻すべきものでありますの」
ほう、と感心の声が上がりました。
「続くプライドとはもちろん騎士の誇りを意味しますが、獅子の群れを現す単語でもありますの。
義兄様の名、レオナルドとは獅子を意味するもの、義兄様に率いられた獅子の群れたれ。という意味ですわ」
拍手と歓声が上がります。
「騎士の徳目は……各自がそれなりに守っていただければ構いませんわ。でも騎士団としての標語は必要ですかね……」
ちょっと考えながらあたりを見渡すと、先ほどわたくしが突っ込んで大穴を開けた岩が目に入ります。うん。
「標語は、『我等の一撃は魔を穿つ』にしましょう」
イアン副長が頷かれます。
「いいですな」
「あとは紋章ですか……」
「アレクサンドラ閣下、そこまでやらなくても」
イアン副長が言われますが……わたくしは首を横に振ります。
「イアン副長、そうではありませんの。
確かにあなたたちが仮の騎士としてアイルランドに入り、そこで騎士として、または兵として採用されるなら不要なのです」
わたくしは彼らの方を示します。ふふ。騎士となった時点で、彼らの顔も違って見えますわね。
「ですが、彼らは今、騎士となった。それが揃いのマントに紋章も描かれてなくて、何が騎士かというものですの」
わたくしは大きく息を吸い、叫びます。
「諸君!翠獅子騎士団の諸君!
揃いのマントに紋章くらい欲しくないか!
ビシッとキメてアイルランドに入りたくないか!
その方が強そうでモテると思わんか!」
「「「応!」」」
総員の賛成の雄叫びと歓声が上がりますの。「アレクサンドラ閣下万歳!」はいはい。
おざなりに手を振ります。
「ね?」
イアン副長はため息をつかれました。
「ライブラからセーラムまでの馬車での移動中、第六騎士団の今までの財務状況を見ましたの」
イアン副長の目に驚きの光が宿ります。
「わたくし、詳しくはありませんけど、それでもイアン副長良くこれで組織を回してたなと感心しましたのよ。
でもね、イアン副長は予算が今まで確保出来てなかったから、倹約が過ぎますの。
節制は美徳ではありますが、バランス良く行かなくては」
彼は頭をがしがしと搔くと、姿勢を正し、わたくしに深く頭を下げました。
「仰せのままに。我らが閣下」
わたくしは返礼し、言葉を続けます。
「紋章の盾の紋章記述はざっとこんな感じにいたしましょう。ヤーヴォ、書き留めておいて下さい」
「はいっ!」
ヤーヴォ君がポケットからメモの紙と鉛筆を取り出すのを待ってから続けます。
「盾の形状は一般的な古フランス式。
下部の巻物には先程の標語を」
「……魔を穿つ……っとはい」
ヤーヴォ君が書き終えるのを待ち、続けます。
「盾の地色は緑。
盾の中の盾を描き、地色は金に翠の瞳の黒獅子を。
盾を四分割して図形を入れましょう。
左上と右下には金で縁取りされた赤の斜線を」
「草原に血河のイメージですかな」
好戦的かしら?騎士団だし良いですわよね。
「左下にはアイルランドを意味する、青に金の竪琴のデザインを入れることを次期アイルランド辺境伯たるわたくしが許可します。
後、右上も青地にして、なまこを入れましょう」
「……なまこ?」
ヤーヴォ君の手が止まります。わたくしは肯定しますの。
「なまこですの」
「なまこ……」
ヤーヴォ君が義兄様の傍に浮いているクロの金魚鉢に目をやります。
「アレクサンドラ閣下。聞きそびれましたが、あのなまこ何ですか?」
「わたくしの使い魔のクロですが……あっ」
そういえば、ライブラにいたとき、クロは身体がありませんでしたわね!
そうでしたか、みなさんクロを見るの初めてなのですね。
わたくしはクロを頭上に浮かせ、みなさまから見える位置に移動させます。
「えーっと。
みなさま、わたくしの使い魔、なまこのクロですの」
「黒い棒……」「なんだありゃ」「なまこなんじゃねーの?」「なまこ?」「なまこってなんだ」「ほら海辺に転がってる……」
ざわざわと相談されますの。
「クロはその海辺に転がってる、なまこたちの神様ですのよ」
「神様……」「あれが?」「冗談じゃね?」「ただのなまこにしか見えんが」「でも浮いてるぞ?」「閣下が浮かしてるんじゃねーの?」
やっぱり信じてはくれませんわよねぇ。
「クロ、ご挨拶を」
『みなさん、初めまして』
「なまこがしゃべった!」
ヤーヴォ君が鉛筆を取り落とします。
みなさんもあんぐりと口を開けています。
『わたしはクロ、アレクサの使い魔にして、なまこたち棘皮動物の神様ですよ。
みなさんよろしく』
「先程、主にして従たる古代神クロと言っていたのは……」
「ええ、彼のことですのよ」
イアン副長はなぜか沈痛な表情をなさいます。
「なかなか威厳というものが……むむむ」
みなさまうんうんと頷かれます。うーん。
「こう見えて、ここにいる中で一番か二番に強いんですけどね」
「「「は?」」」
イアン副長が頭に手をやります。
「お待ち下さい。アレクサンドラ閣下は何番ですか?」
「3ですわ。まず義兄様には実力で劣りますの。
クロのなまこの身体を破壊するのは簡単でしょうけど、わたくし、神の精神体へ有効な攻撃方法を持ちませんので」
義兄様の魔剣は精神体も斬れますの。どちらが強いのでしょうかね?
「信じ難いですな」
むむむ。
「だめですよ、イアン様。閣下のお言葉ですよ。
それに、神様にそんなこと言ったら失礼ですよ」
ヤーヴォ君が、イアン副長の服の端を掴んで注意します。おお。
「よし、ヤーヴォちょっとこちらへいらっしゃい。
……クロ、神様っぽい力を示せますか?」
ヤーヴォ君がわたくしと義兄様の間に立つのを待ち、クロから魔力が迸ります。
『……[津波]』
クロの金魚鉢が溢れたと思うと、みるみるかさを増して高さ2mほどの波濤となり、ざあっという音と共にイアン副長と騎士団のみなさんを押し流していきます。
100mほど押し流したあたりで、波は消え、浜辺に流された塵のように彼らが積み重なってますの。
きれいさっぱり水は消え、あたりには磯臭い香りが立ちこめます。
『はい』
「うむ」
「グルゥ」
「……えー!」
わたくしは、ヤーヴォ君に向き直ります。
「と言うわけでヤーヴォ、義兄様。わたくしはそろそろ帰りますわ」
「グルゥ」
義兄様が頷き、えっこのまま帰るの?という目でヤーヴォ君がこちらを見ますが、まあたいして怪我はしてないでしょう。
「イアン副長に紋章院より紋章官呼んで許可貰わせて下さい。デザインの重複は無いと思いますけどね」
「……なまこですからね」
「ええ、なまこですから」
わたくしは手を振って別れ、学校へと戻りましたの。




