第7話 でぃなーたいむ
夕食後、クロを連れて寮長室を訪ねるようにとミーアさんは言って部屋を出ていかれました。
食事についてクロに尋ねると、砂についた栄養を取り込んでいるのだそうで、わたくしが食事を用意する必要は今のところないとのこと。
なんというか、住処も食べ物も自前で用意してしまって、飼育に全く手間がかかりませんのね。
わたくしはクロを部屋に残して食堂へと向かいました。
ミーアさんと話していて少し遅れてしまったのか、食堂にはもうほとんどの生徒たちが集まっています。
話題の中心はわたくしたち4年生の呼び出した使い魔についての様子。
クリスがフラッフィーを連れてきていて大人気です。フラッフィーが上級生たちや、中等部の下級生たちの間をたらいまわしにされていますの。
「あ。やあ、アレクサ」
6年生で監督生のベリンダさんが食堂に入ってきたわたくしに気づき、こちらに手を振ってきました。
「ごきげんよう。ベリンダ」
ベリンダさんはにこにこしながらこちらに近づいてきます。ベリンダさんは馬術や剣を嗜まれる方で、どことなく中性的な雰囲気があり、女生徒の間でとても人気がありますの。
「聞いたよ。使い魔にキュウリを呼び出したって?」
食堂が笑いに包まれます。……んー、冗談として笑っているのが半分、嘲笑が半分といったところでしょうか?
「キュウリじゃなくてナマコですの」
「おっと、失礼。わたしはナマコという生き物を見たことが無いので見てみたかったんだけど、連れてこなかったのかい?」
そういえばベリンダさんの実家は男爵家で、領地は海に面しておりませんでしたね。
「水槽に入れておりますから」
後でお見せしましょうか。と続けようとしたら、横から声が割り込みます。
「あのような醜い生き物を食堂に連れてくる訳にはいきませんものねぇ?」
同級生のドロシアです。何かにつけわたくしに突っかかってくる子ですの。亜麻色の髪をハーフアップにしています。侯爵家の令嬢で、制服にこっそり刺繍を足したりするおしゃれさんなのですが、ちょっときつい印象を受けるのですよね。
まあ、わたくしが突っかかられているからそう思うのかもしれませんけど。
「ドロシア、人の使い魔を貶めるのは良くないな」
わたくしが反論しようとしたら、先にベリンダさんが注意してくださいました。
「……失礼しましたわ」
「いや、わたしに謝られてもね」
ベリンダさんが困ったように頬を掻きます。
「ですが、監督生も見ればわかりますわ。あのようなグロテスクな生き物を使い魔とするなど、仮にも伯爵家の令嬢とは思えませんわ」
ベリンダさんがちらりと周囲を見渡します。幾人かの生徒が頷きます。クリスも困ったような表情で首を縦に動かしていたのがショックですわ。
「そんな、よく見ると愛嬌がありますのに」
ベリンダさんがちらりと周囲を見渡します。幾人かの生徒が大きく首を横に振ります。クリス、呆れたような表情でこちらを見るのはやめてくださるかしら。
「ほら、ごらんなさいな。貴族たるもの、わたしが火蜥蜴を召喚したように強大な存在を使い魔とするか、クリスティのように見栄えのするものを使い魔とすべきなのです」
ドロシアが優越感に満ちたどや顔でこちらを見下してきます。
「クリスのは見栄えがするというより愛玩されているという感じだけどね」
ベリンダさんが下級生に抱えられているフラッフィーを見て呟きます。
「それがナマコですって。ふふふ、失礼。あんなにも醜く、何の役にも立たない使い魔と契約するだなんて、そんなに召喚術の単位が惜しかったのかしら?それとも辺境ではあれが美しい存在だと思われているのかしら?」
ドロシアが絶好調ですの。んー……。
わたくしはわざと魔力制御を緩め、全方位に魔力を漏出させました。魔力量の低い生徒たち、特に下級生がへたり込み、使い魔たちが部屋の隅へと逃げ出します。
……これやると動物たちに嫌われるのが悲しいですの。
「ドロシア、わたくしへの侮辱は許しますわ。ですが、あなたが侯爵家令嬢であろうと、我が家の領土を侮辱すること、我が庇護下にある使い魔を侮辱することは、決して許されません」
わたくしはドロシアをきつく見つめ、一言ずつ区切るように告げました。誰一人として声を出さず、重い沈黙と緊張が部屋に満ちます。ドロシアもその矜持として堪えていますが、顔は青ざめ、今にも倒れそうですの。恫喝しているようで心苦しくはあるのですが侮辱に対して応えるのも貴族としての務めですわ。
ゆっくりと心の中で10秒数えてから再び魔力制御を元に戻しました。
張りつめていた空気が解放されます。幾人かが安堵のため息をつきました。
「……失礼したわ」
ドロシアはいかにも憎々しげにこちらを一瞥すると、吐き捨てるように謝罪の言葉を口にしました。
「謝罪を受け入れましょう。それと、わたくしの使い魔は決して何の役にも立たないということはありませんの」
「……なまこが役に立つですって?そのような世迷言ははじめて聞きましたわ」
「世迷言などは言いませんわ。まだ契約したばかりで、彼のことを全て理解しているわけではありません。それでも、素晴らしい存在であると思っていますし、契約できてよかったと思っていますの」
「……では、後期の魔法戦闘訓練の授業でなまこの力とやらを見せてごらんなさい」
ドロシアはそう言うと、踵を返し、食堂のいつも彼女が座っている席へと向かいました。
んー……。実家から魔法戦闘訓練の授業には参加しなくても良いとか、先生方から単位出すから参加しないでくれとか言われているのですよね。どういたしましょうか。
ですが、ここまで言われて参加しないのも逃げ出したように思われて癪ですものね。
と、わたくしがそっと決意していると、
「みんなー、夕飯できたにゃー」
話の終わるタイミングを見計らったかのようにミーアさんが食堂の入り口で声をあげました。今日の当番だった下級生たちがお盆を持って入ってきてテーブルに夕食を並べていきます。今日のメインディッシュはポークソテーですか。アップルソースが食欲をそそりますわね。
別に座る席が決められているわけではないのですが、わたくしもいつもの席につきました。右隣にはいつものようにクリスが座り、左にはスーザンが座ることが多いのですが、今日はベリンダさんがやってきましたの。
「……肝が冷えたよ」
困ったような顔でベリンダさんが言います。
「まったくね。……あと、フラッフィーが近づこうとしないんだけど」
クリスの方を見ると、足元でおいでおいでをしています。その先に目をやると、テーブルの脚に隠れようとして震える白い毛玉がありました。全然隠れられていませんの。
「2人とも申し訳ありませんでした。昔から小動物には嫌われてしまいますの。残念ですわ」
「……そりゃねぇ」
ベリンダさんは疲れた顔です。クリスは立ってフラッフィーを抱えて戻ってきました。フラッフィーはこちらから遠ざかろうとクリスの手の中で身を捩っています。
「……こちらが見えないように逆向きに抱えて、目のあたりを押さえて撫でてあげると良いですわ」
クリスが言われたとおりに抱えなおして撫でていると、だんだんとフラッフィーの震えも収まり、大人しくなりました。
「小動物に怯えられる状況に慣れているわね」
「昔、実家の使用人たちが、わたくしにおびえた動物の宥め方として話しているのを聞きましたの」
「詳しく聞きたいな」
ベリンダさんが興味深そうな顔をしていますの。ちらりと周囲を見ると、周りの生徒もこちらの話に耳を傾けています。
あまり言いたいような話ではありませんが、先ほど迷惑をかけた謝罪代わりにお話しいたしましょうか。
「……はぁ。分かりましたわ。わたくしが小さかったころ、転んだりして泣き出すと従僕が1人必ず大慌てで外へと走っていきますの。
ある日、不思議に思って尋ねてみたら、厩舎まで走って、『お嬢様が泣きだしたぞー!』と厩舎長に伝えているのですって。そうすると馬丁たちを始め、その場にいた御者も従者も総掛かりで馬たちをなだめるのだと言っていましたわ。
その時に、宥め方も聞きましたの。……みなさんどうかいたしましたか?」
なぜかベリンダさんもクリスも周りのみなも変なものを見るような目でこちらを見つめています。
「いや、アレクサは本当に残念美人というか……」
「ペットの話が来るかと思ったら思ったより大きな動物の話で驚いたというか……」
残念美人という評価はなんですの……。
「ポートラッシュ家のペットはわたくしが産まれてすぐに手放されたそうですわ」
まわりのみなさんがため息をつきます。
「そんなに産まれてすぐに魔力量が多かったのかい?」
「勿論、今と比べればずっと少ないですわ。でも、制御が全くできないといいますか……」
「あー……」
「むしろ、泣き出すと全力で魔力放出していたといいますか……」
話しつつ食事を楽しみます。食後にお茶をいただこうと思いましたが、ミセス・ロビンソンに呼び出されているのでしたわね。ミセスはもう子供たちと一緒にディナーを食べることはなく、自室で軽くティーで済ませてしまうのでこちらにはおられません。
ミセスの〈騒霊〉はお茶を上手に入れてくれるのですよね。あれは真似できませんわ。などと思いつつ、まずは自室にクロを取りに戻りました。
ヒロインは武闘派。辺境伯はもとより武門の貴族であり、彼女はその後継者です。
外面は完璧令嬢、内面は脳筋寄りの、残念美人ということで。
ξ˚⊿˚)ξ <残念美人ってなんですのー!
脳筋は否定しないんですね。




