第67話:ごーあへーっ!
「アレクサ閣下ー!」
む。
わたくしが義兄様から離れると、その様子を見てにやにやしていた兵士の方が声をかけます。
「どういたしましたか?」
「我等一同より閣下にお願いがあるんです!」
ふむ、お願い。なんでしょうか?
「我々に名前を下さい!」
「じゃあジョンで」
「わたしはトムです!いや、そうではなく。
あの、ほら。我々、第六騎士団じゃないですか」
ふむふむ。
話を聞いてみると、なるほど。組織名に不満が。
確かに、ライブラの第六騎士団ですが、所属がもうライブラではありませんからね。
「で、新しい名前が欲しいと。なるほど」
ポートラッシュについたら再編成されるのではと話しましたが、それでもこの集団にいたという証が欲しいと。ふむふむ。
「アレクサンドラ閣下の親衛隊とか言ってもいいんでしょうか!」
あー……なるほど。
「その心意気はうれしいです。
でも残念ながら、わたくしの親衛隊になるには試験が必要ですの」
「それは我々でも受けられるものでしょうか!」
「門閥・人種問わず大丈夫なんですが……、いまだ合格者がいませんのよ」
「……えっと、内容をお聞きしても?」
「ええ、もちろん。そもそものお話からしましょうか。親衛隊とは衛の文字からわかるように、貴人の命を護るもののことを言いますの」
皆様のお顔を見ます。まあもちろん、理解できますわよね。
「では、アレクサンドラ親衛隊が発足したとして、わたくしはどこにいるでしょうか?ではトム」
先ほど話しかけてきた方に尋ねると、ちょっと考えてから答えられました。
「領主様のお屋敷でしょうか」
わたくしは頷きます。
「もちろん普段はそうですし、今だったら学校にいますわ。
でも、それはわたくしを護る必要があまりない場所ですの。わたくしを護る必要のある場所……それは最前線です。さらに言えば、わたくしは突出して切り込むので、敵陣の中にいます」
みなさまがどよめきます。
「この前の淫魔との戦闘では戦場が狭かったので、どちらかというと脚を止めての戦いでした。でも、わたくしの本領は突撃戦術ですの」
わたくしは指を二本立てました。
「故に試験は、アイルランドで誰よりも速く突撃するわたくしに追随できるか。そしてわたくしの代わりに攻撃を受けられるかの2つ。
一次試験は100mを3秒台で走れるか。
二次試験はその装備で、わたくしの父であるブライアン辺境伯か、ポートラッシュ軍突撃部隊隊長である義兄様の一撃のどちらか一発受けて耐えられるか」
「「「無理に決まってるでしょー!」」」
悲鳴と怒号、崩れ落ちる人もいます。
「でもわたくしが100mを3秒切るので、それくらいで走ってもらわねば困りますの。そして義兄様の一撃より軽い攻撃ならわたくし耐えられますし。
一次だけか、逆に二次だけなら割と通る人いるんですけどね」
「100m3秒切るのとかそんなにいるのかよ……」
ヒギンズ伍長が呟きます。
「例えば、ポートラッシュの伝令を取りまとめるオトゥール卿は、愛馬に乗ることで一次試験を突破しましたわ。
愛馬を攻撃に晒すわけにはいかないと言って二次試験は辞退されましたけど」
そもそも伝令の長たる騎士をわたくしの親衛隊になんて勿体なくて出来ませんけどね。
従者のヤーヴォ君が手を挙げます。
「アレクサンドラ閣下、100m3秒切るんですか!?」
わたくしは頷きます。
「ええ、肉体強化系とか移動系の魔術を出力上げたうえで重ねがければ、それくらいはいきますのよ」
彼は目をきらきらさせて言います。
「今度、全力で走るところを見せていただけますか!」
「こら!ヤーヴォ!……お前ら!」
イアン副長が叱責します。第六騎士団の皆さまも、本当かよ?という目でこちらを見てますわね。
「ふむ。いいですわよ。今ちょっと走ってみましょうか」
そういうことになりましたの。
さて、まずは軽くストレッチとジョギングで体を慣らせます。うーん、ちょっと身体が硬くなってますかね。これから朝晩のストレッチ時間かけなくては。さっきまで街中を歩いていたので、バランスは大丈夫、細かい戦闘機動はともかく、真っ直ぐ走るくらいなら問題はなさそうですの。
あたりを見渡すと、ちょっと先に大きな岩が露出しています。3mくらいはあるでしょうか?
「イアン副長、あそこまでどれくらいですか?」
「お待ちください……〈測量(Surveying)〉。187mですな」
おっと、わざわざご丁寧に。イアンさんは知識系魔術が使えますか。
ああ、やっぱり良い人材ですの。知識系魔術なんてよくある魔術ではありますが、騎士で使える人なんて少ないというのに。もう領軍の経理と軍師で引っ張りだこですわね、ふふふ。
「このあたりで良いかしら」
「そうですな。あと一歩後ろで200mです」
わたくしが少々離れ、イアンさんが頷きます。
「傾注!
あの岩まで200m、今から突撃用の術式を使用し、戦場を駆けるつもりであそこまで走りますの。
ちょっとここ数日体調を崩していたこともあって、絶対とは言い切れませんが……200mなら6秒。
6秒であそこまで走りますわ」
みなさんがざわつきます。
クロの入った水槽を義兄様の方に飛ばして預けますの。
『アレクサ、頑張って下さいね』
「グルゥ」
「ええ!
……ではみなさん離れてくださいまし!その距離だと目では追いきれませんわよ!ああ、後ろに立つのも危ないからダメですの!」
まずは皆さんを退かせます。
わたくしは髪を後頭部で束ねようとし……、やめました。
「アホ毛よ、折角だからやりましょうか〈騎士帽子〉」
(いえすまむ)
「槍騎兵モードですの」
(やー)
右の巻き髪がわたくしの右腕を覆い、先端が尖り、槍のように突き出されます。左の巻き髪は左手を覆い、盾のように平たく広がっていきますの。
「ちょっと盾の形状をもう少し丸みを帯びさせられますか?
空気抵抗を減らしたいのです」
(やー)
左の髪が腕にそって楕円のようになり、柔らかくカーブを描きます。
「いいですわね」
地面を踏み固め、しっかりとブーツに地面を噛ませますの。身体を撓めて前傾姿勢に。放たれる矢のイメージを脳内に描き、呼吸を整えます。
スターターを買って出たヒギンズ伍長が言います。
「ゲットセット、レディ……」
「……Go Ahead!Kill Them All!」
〈超加速〉〈素早さ〉〈韋駄天〉〈器用〉〈反射神経〉〈空気抵抗低減〉〈筋力〉〈武器祝福〉〈魔術鎧〉……。
キーワードと共に数多の術式が並行起動。わたくしの身体に魔力が幾重にも重なり、燐光を散らします。
茶色の野戦用軍服に、ブーツにかけられた付与魔術が、わたくしの魔力に反応して黄金の光を纏いました。
右手の髪の毛の槍が最初はゆっくりと回転を始め、加速していきますの。
「ゴー!」
「〈爆風(Blast)〉!」
スタートの掛け声と共に、背面で指向性のある空気の爆発を起こし、風に背を押させます。最初の二歩だけブーツのソール、足の裏からは〈物理反射〉の術式。足元の地面が崩壊しますの。
強引にトップスピードに乗った三歩目、崩壊を遥か後方に、転倒には気をつけて地面を蹴ります。
四歩目、ん……?今までの全力疾走より速い!
五歩目、脚が伸びてるから!
六歩目、一歩が大きい!
七歩目、それに魔術の効果が!
八歩目、今までより強い!
飛ぶように景色が後方へと流れ、視界が狭まりますの。
今まで加齢を停止するのに使われていた魔力容量が、全て自分の想うままに使えています。
そう鎖から解き放たれたようにー!……まずいですの。
一瞬で迫り来る岩。止まれませんの。というか、止まろうとしたり避けようとしたら転倒して大惨事ですの。
わたくしは岩に突っ込みそのまま突き抜け、さらに100m程先の柵を破壊し、林に突っ込んで樹を5本ほど薙ぎ倒して止まりました。
「あー…………」
わたくしが呆然としている間にも、右手の先の槍がきゅるきゅる回り、地面に穴を穿っていますの。
ごりごりごりごり。
「あー…………。ストップですの。〈騎士帽子〉解除」
(やー)
後年、わたくしが突っ込んだキレイにくりぬかれた岩は、セーラム市の観光名所になったらしいですのよ。
『レディ・アイルランドの突っ込んだ岩』として。
あの後、岩を叩き壊して帰らなかったのを後悔することになりますの。とほほ。




