第66話:げんきですのっ!
それから3日ほど倒れてましたの。
保健室のお医者様から女性のバーサ先生に来て頂き、〈鎮痛〉術式の中でも生理痛や関節の痛みに特化した術式をかけてもらい、起きてる間はひたすら身体測定と食事でしたの。
夜寝て朝起きると、身長が1cmとか伸びてるんですのよ!
食事はいくらでも食べられる感じというか、食べさせられたというか……、〈消化促進(Digestion)〉の術式をかけられた上で何食も食べさせられましたの。
「アレクサンドラさん、今しっかり食べないと筋力や骨密度が激しく落ちますよ。胸も育たないかもしれません」
ひーん。もぐもぐもぐ。
ベッドで横になっていて元気な時は、バーサ先生から生理についての説明や対処など教わりましたの。
「暫くは生理周期は不順になるでしょう。ただ、今回ほど大量の出血をしたり、〈鎮痛〉術式の許容をはるかに超える痛みが走るような可能性は低い筈です」
「……良かったですの」
「まあ、何かあったらすぐ保健室に来なさいな」
という感じの生活を続け5日目。
「163.8cm……。昨晩より3mm、トータルで7cm以上伸びましたね」
朝の身体測定で、身長の伸びがほぼ止まったのが確認されました。身長は貴族と平民で差がありますが、貴族階級の女性の平均身長位まで一気に伸びましたわね。
「一応、急な成長はほぼ止まったと言って良いでしょう。
暫くは朝晩、保健室に寄って身体測定を受けること。今日から授業行ってもいいわよ」
わーい。わたくしはバーサ先生にこちらをほぼつきっきりで見てくれていた事に御礼を言うと、袖の短くなった寝間着を脱ぎ捨てます。
…………ん!
「先生!ブラが入りません!」
やったぜ。
「……そりゃあそうでしょうねえ。前のはB?カップ数もワンサイズ上のにしないといけないし、骨格も変わってるから、アンダーバストも大きくなってるからね。
あぁ、そうね。今日から授業行くにも、制服も入らないものね。今日までは休みにして、町に出て制服と下着を注文しなさいな。着てくものある?」
「えーと……、魔術礼装にサイズ調整が付与されているので、そちらは大丈夫ですの」
「じゃあ、制服出来るまではそれで授業受けなさいな。
公欠と外出許可の書類はサインしてあげるから持っておいで。身体測定のデータは一応持ってく?写しておくから採寸されるときに見せなさい」
という訳で、今日までお休みになってしまいました。
……はい、パンツも入りませんよねー。全部買い替えですか。
医療用のゆったりした下着をそのままお借りすることになりましたの。
それぞれの魔術礼装にキーワードを唱えつつ魔力を通し、サイズを調整。儀礼用……いや、野戦用の茶色でいいですかね。
服を着込んで立ち上がります。
……おっと、視界が高い。ああ、身長伸びた上にブーツ履いてますからね。
『アレクサ、元気になられましたか?』
バーサ先生が部屋を出ると、水槽からクロが浮かび上がって尋ねてきます。
「ふーむ、クロもアホ毛も迷惑をかけました。元気になりましたの」
『それは何よりです』
(やー)
頭上でアホ毛が揺れますの。
「ただ、急にサイズが変わったので……。ちょっと身体を動かす感覚に苦労するかもしれませんの」
クロが金魚鉢に移動して、金魚鉢ごと浮き上がるのを待ち、部屋を後にします。
部屋を出て階段を降り……るところで1度躓き、あわや転落仕掛けましたが何とか堪えて食堂へ。
扉を開けると、食事中だった皆さんが一斉にこちらを見ます。
「「「アレクサ!!」」」
「お姉さま!」
ナタリーがこちらに走ってきてわたくしに抱きついたのを皮切りに、皆さんに取り囲まれます。
「元気?」「大丈夫?」「でっかくなってない?」「身長抜かれてる!」「やだ、バストサイズもよ!」「お姉さまー!」「10cm近く伸びてるんじゃ無い?」
わたくしはナタリーの頭をぽんぽんと撫でながら答えます。
「ええ、もう元気になりましたのよ。身長は今のところで7cm伸びてますの」
食事中は皆様と歓談し、今日までは休むことを伝えましたの。
皆さんが授業へ行くのを見送った後、ミセスとミーアさんとお話ししてから、セーラムの街へ。
まずは仕立屋へ行き、制服を一式新調します。
次いで下着を扱う店へ。その次は私服も全部買い換えですわよね、ああ、あと靴もですか。
お洋服を見るのは楽しいですが、ここまで量が多いとさすがに疲れますわ。
特に身体のバランスが変わって歩きづらいですので、気を使って歩かないといけないので。
脚の長さが変わっていることに加え、骨盤も形が変わっていますわよね。胸も大きくなりましたし、体格に応じて体重も増えました。重心の位置も違います。
……これは、戦闘訓練をかなりみっちりやり直さないと、動けませんわね。
商品は全てディーン寮へと届けて貰うようにしてますから、手ぶらでちょっと遅めの昼食。空いた店内で、食事を楽しみます。
女店主の切り盛りする大衆食堂といった感じですわね。
「嬢ちゃん今日は学校じゃ無いの?サウスフォードの子だろ?」
「あら、分かりますの?」
「そりゃね!普通の子供が水槽浮かして店に入ってくるもんかい!」
「確かにそうですわね。わたくしは今日、学校からちゃんとお休みの許可をいただいて来てますのよ」
食事を頂いた後、ふと思い付いたので店主にお願いを。快諾頂けたので、雑貨屋で樽と柄杓を何本か買って来て、蜂蜜とレモンと塩も買ってきましたの。
ひたすら蜂蜜を水と弱火で溶かして、樽へ。レモンは何個も握り潰して汁を絞り、幾つかはスライスして樽にそのまま入れていきます。
魔術で氷作って冷やし……蜂蜜レモン水の完成ですの。
「持ってくのに人手がいるかい?」
「大丈夫ですの。ありがとうございます」
クロが《念動》で樽を浮かせてくれます。
わたくしは柄杓を握ると、あらまあと驚く店主に一礼し、多めの心付けを渡して街の外へと向かいましたの。
郊外では第六騎士団の皆様が均等の距離を取り、気勢を上げて剣を振っておられます。
「グオオオオォォォーーッ!」
時折義兄様が剣を振りつつ彼らに咆哮なさいますの。
なるほど、義兄様の咆哮を浴びながら素振りですか。これは胆力がつきますわー。剣筋は……んー……。一般の兵士よりは鋭いですが、幼い頃から訓練してるような騎士と比べると下というくらいでしょうかね?
わたくしが近付いていくと、何やら荷物を運んでいたイアン副長の従者である……ヤーヴォ君と言いましたか。彼がこちらに向けて駆けてきます。
「アレクサンドラ様!」
「ごきげんよう、ヤーヴォ」
わたくしの傍に駆け寄ってきた彼は、不思議そうな顔でわたくしを見上げました。
「アレクサンドラ閣下、大きくなってないですか?」
「大きくなっちゃいましたの」
「はぁ……」
同じくらいの身長だと思ってたのに……。とヤーヴォ君は呟かれました。
ふふふ、ごめんなさいね?
「差し入れですのよ。蜂蜜レモン水です」
と言って横に浮いている樽を指さします。
彼はにっこり笑ってお辞儀しました。
「ありがとうございます!皆も喜びます!」
わたくしたちは並んで第六騎士団の皆様の下へと歩いて行きます。
こちらに気づいたイアン副長が、声を上げました。
「振り方、止めっ!納刀っ!
……アレクサンドラ閣下に敬礼っ!」
わたくしは立ち止まると返礼し、休め!と声を出して近づきます。
「諸君、精が出ていますね。
休憩用の蜂蜜水の差し入れですの」
と言って樽を横に置き、彼らの顔を見渡します。
「良い休暇が取れたようだな。
皆、男前になったじゃないか」
髪を切り、髭を剃り、風呂に入ってきたのですよね。顔が明るいというか顔が見える。
服装はまだ前のままですが、洗濯がされたようですしね。これも新しく発注している筈ですの。
騎士団の一人、ヒギンズ伍長が手を上げて発言を求めます。
「閣下!差し入れと休暇、ありがとうございます!」
「「「ありがとうございます!」」」
「ところで閣下ぁ!でっかくなってないですか!」
「でっかくなりましたのよ!」
「でっかくなったって」「見間違いじゃ無いのか」「でっかくなるものなのか」「あれか、胸もか」「確かに」
イアン副長が青筋を立てます。
「貴様ら、失礼なことを言うな!休息!」
わたくしは樽を彼らの方にやると、ここではじめて横に立つ義兄様の方を見上げます。
「レオ義兄様……アレクサです、アレクサンドラですの」
「グァゥ」
抜き身の剣をまだ持っていた義兄様は、剣を収められてこちらに向き直りました。
「義兄様、わたくしがわかりますか?」
「グルルルル……」
そうですわよね!見目がちょっと変わった程度で、なぜ彼がわたくしを見失うなんて思っていたのか……。
わたくしの心に残っていた小さな棘が、ふと消えていくのを感じました。
わたくしは義兄様の脇腹のあたりにぎゅっと抱きつきました。
大きくなってもまだ手がまわりきりませんの。
硬く、汗に濡れた義兄様の腹筋を頰で堪能していると、義兄様の分厚くごつごつした掌が、わたくしの頭の上を不器用に撫でていきます。
……えへへぇ。もう大丈夫ですの!




