第65話:たいちょーふりょーですのー……。
その夜、お風呂に入っている時でした。ディーン寮には共同の大きなお風呂はないのですが、各部屋に小さな浴槽がありますの。
わたくしは日々訓練で汗を流し、埃にまみれてますからね。他の子たちより明らかに身体をお風呂に入る回数が多いので、こうして好きな時間にお風呂に入れるのは助かります。
体を洗い、軽く足をまげて湯船につかりました。
「ふぃー」
なんでお風呂に入ると変な声がでるんでしょうね。
ゆったりとした気分でお湯を楽しんでいると、びきりと身体の内側から音がしたような気がしました。
「……ん?…………がっ!?」
外傷もないのに全身から痛み。あいたたたっ。腕が、腰が、脚が痛いっ。浴槽の中で倒れそうになったのを、髪が広がって何とかささえてくれます。
わたくしは痛みに悶えながら〈鎮痛〉術式を自分にかけます。痛みは大分軽減されましたが……。
ゆっくりと、ゆっくりと慎重に立ち上がり浴槽から出ようとすると、下半身から血が垂れて、お湯を、タイルを汚していきます。
「なんですの……痛っ」
タオルで身体を拭おうとしたら、胸に痛みが走りました。
わたくしの、つつましやかとは言いたくないが決して大きくはない胸が、硬く、張りつめているような印象で、布が触るだけで痛みが走ります。
「クロっ……!」
わたくしは身体をほんの軽く拭うと、部屋に戻りクロを呼びます。
『……む、アレクサ。随分と早いですがどうされました?』
わたくしはよたよたとベッドに歩むと、血に染まったバスタオルをベッドに敷いてそこに腰掛けましたの。
「体調が、良くないですの。……人を、呼んで下さいまし」
『なんと。直ちに』
クロは金魚鉢を浮かせると、〈念動〉で器用に部屋の扉を開けて出て行きました。
………………………━━
――カンカン。
わたしが部屋で勉強をしていると、部屋の扉がノックされました。何か硬いモノをぶつけたような音?
「はーい!」
わたしが返事をしてドアに近づく間にノブが捻られ、ドアが開いたのですが、……誰もいません。
『ナタリー殿、よろしいですか?』
脳内に声が響き、足元から丸い水槽が浮かび上がりました。
「クロさん?」
きょろきょろと左右を見渡しますが、お姉さまの姿がありません。
クロさんだけで動いてるの珍しいですね?
『ナタリー殿、我が主、アレクサが体調が急速に悪化したようで、人を呼んでくれとの……』
「お姉さまがっ!?」
被せ気味に叫んでしまいます。
『わたしは寮長に話しに行くので、彼女の傍にいてやってくれませんか』
なんて気の利く使い魔様でしょう!
「お任せ下さいクロさん!」
わたしはお姉さまの部屋へと急ぎ、クロさんは階下にミセスを呼びに向かいました。
お姉さまっ!
隣の部屋のドアをノックし、そっと開けます。
「お姉さま?御加減いかがで……!」
部屋のベッドに腰掛ける人影。いつものお姉さまで、す、が!
下半身をバスタオルで巻いただけ、上半身にはパジャマを羽織っただけのあられもない姿でベッドに力なく腰掛けられ……。
これはわたしを誘惑していますよね。誘っていますよね!これはもうおっけーってことですよね!!
「……ああ、ナタリー。わたくしはもうだめかもしれませんの」
お姉さまの声がわたしを現実に引き戻します。
「ど、どど、どうされました、お姉さま!」
「全身が痛いんですの……」
なんということ。
お姉さまのアホ毛も落ち着かないように頭の上でうろうろと動いています。
「全身が……。ぐ、具体的にはどのあたりですか?」
お姉さまは少々考えられると言われました。
「数日前からどうも腕や肩に違和感があるなという感じだったのですが、関節が急に激しく痛みだして……。肘や膝が特にひどいんですの。
それとお胸が……張っているようで、先端にいたっては布に触れるだけで激しく痛みますの。ごめんなさいね、だから前をしめられなくてこんなはしたない格好で」
「いえ、ご褒美です!」
思わず漏れたわたしの本音に、お姉さまが緩く首を傾げられました。
ですが、これは……!
羽織られただけのパジャマの下には肌着も着用されておらず、ちらちらと覗く2つのつつましやかな隆起が。そして桃色の突起が!ありがとうございます!
「い、いえ。お姉さま大丈夫ですよ」
「それと下腹部が、ずきずき、ちくちくと針を刺すようで、骨盤や股関節にも痛みが。今は〈鎮痛〉術式で痛みは抑えているのですが……」
ん?……それって。
「そして血が、血が止まりませんの。クロからも再生の魔力を頂いて、さらに〈治癒〉術式をかけても血が止まらなくて。ああ、わたくしこれでは死んでしまうかもしれませんわ」
お姉さまの蒼の瞳から輝くものがはらはらと零れ落ちます。
「えーっと……お姉さま、ひょっとしてこういうことは初めてですか?」
「ええ……」
「それって生理では?」
「ん?」
お姉さまが首を傾げられ、わたしも首を傾げます。経血は身体の異常ではないから治癒系の術式では止まらないんですが。
……ひょっとしてご存じない?
お姉さまにお断りしてタオルを少々めくらせていただきます。うっひょー!……いかん鼻血がでそう。ふー、ふー……ん、落ち着きました。
でも確かに出血量は非常に多そうです。
「あの、お姉さま。生理と言って女性は月に一度くらいこういう事が。ほら、あれですよ、女の子の日。スーザンさんとかたまにヒドくて休まれてるでしょう」
お姉さまの顔に理解と絶望の色が見えます。
「こんなものが毎月……!」
んー、毎月。
でも、ちょっとこれはかなり酷そうなんですよねぇ。
ここで、クロさんとミーアさんに連れられてミセス・ロビンソンが部屋にやってきました。部屋の入り口のあたりにはクリスさん達の姿も見えます。
わたしが説明します。
『生理……人類の繁殖は大変なものだな』
クロさんの思念が漏れ、ミセスが仰います。
「そうねぇ。でも確かにここまでの症状はかなり重いわね。アレクサンドラは運動もしているし、ここまで強く出るかねぇ?
……〈鎮痛〉術式をかけていてまだかなりの痛みを感じるほどで、四肢の関節が痛い。あまり聞かない症状だし、ちょっと〈鑑定〉しておくかね。」
お姉さまが頷かれると、ミセスは虚空から巻物を1本取り出して広げ、「〈鑑定〉」と呟かれました。魔力の光がお姉さまを包みます。
「……これかねぇ。なるほど……。
とても珍しい症例よ……。もちろん、お医者様にちゃんと見てもらわないとダメだけど」
ミセスはうんうんとゆっくり頷き、お姉さまは尋ねます。
「なんでしたの……?」
「アレクサンドラ、あなたの実年齢が15なのに、肉体年齢が13なのよ」
ええっ!年下のお姉さま!なにそれ詳しく!
「治癒系魔術に熟達した、魔力総量の多い術者などに極めてまれにある症例よ。〈永遠の若さ〉か類似の魔術を無意識に発動させてたの。効果が切れているから〈一時的老化停止〉かねぇ」
え、それでも大魔術じゃないですか、さすがお姉さま!凄い……!
「今のアレクサンドラの不調は、2年間成長を止めていたのが一気に身体にきているんだねぇ。生理もそうだけど、四肢の痛みは身長があまりにも急に伸びてるせいよ。関節がこすれて腱が伸びちゃってるの」
なんと可哀そうなお姉さま、ああ、痛みを代わって上げられればいいのに……。
お姉さまが呟かれます。
「これが……」
「うん?」
「これが治ったらぼんきゅっぼーんになりますか……」
お姉さまったら……。
「どうだろうねぇ?成長止めちゃってると、そこまで伸びないとはいうけど。
それでも痛いってことはちゃんと成長してるんじゃないのかね?」
むむむ、ぼんきゅっぼーんなお姉さまも見たいような、このサイズこそが尊いような。しかし……。
「お姉さまはなんでそんなことを?」
ふーむ……と、お姉さまもミセスも首を傾げて止まります。
「そもそもの魔力量的に子供がこういう風になることはないんだけどねぇ。
だいたいこの症例の原因も、老化や美が損なわれることへの恐れによるものだから、子供が発動することはあり得ないんだけどねぇ……」
「あ、わかる」
ミセスの言葉に、部屋の入口に来ていたクリス先輩が声をあげました。
「おや、想像ついたかい?」
「13歳って、アレクサがこっちに来た時じゃない。当時はわたしより身長高かったのに、いつのまにか抜いちゃってて疑問だったのよね。
この子見た目が変わらないなって」
そう言いながらクリス先輩が部屋に入ってきます。
確かにお姉さまの見た目、わたしがここに来てからの2年間も変わってないように思います。
「若くありたいんじゃないわ。アレクサ、あなた見た目を変えたくなかったんでしょう」
「何でですか?」
わたしが問うと、クリス先輩はニヤリと笑いました。
「簡単よ。レオナルドさんと別れて暮らすこととなって、会えないうちに姿が変わって、彼がアレクサのことを分からなくなるのが心配だったんでしょう?
んで、実際にこの前再会して、杞憂だったと気付いたのよ」
ほんとかしら?お姉さまの方を見ます。
お姉さまは突拍子も無いことを聞かされて鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして反論しようとし。
「そ、そんなこと!……あるはずが……あるはずが……!」
途中で顔を赤くして固まってしまわれました。
やーん、お姉さま健気っ!




