第64話 やっぱりおうちが1番ですの!
馬車が校門をくぐり、ディーン寮の前へと付きます。
「やれやれ、やっと戻ってきましたのよ」
わたくしがそう言うと、みなさん微笑みました。
まだ顔を赤く染めたままのナタリーの手を取って、御者の方が用意してくれた階段を踏んで馬車を下ります。
荷物を1つ持ってくれたナタリーを連れて部屋へと戻りますの。
んー、そういえば。
「……クロ?そういえば身体の方はいかがですの?
姿が見えぬのは不便であるのですが」
そう問いかけると、脳内に返事が返ってきます。
『ふむ……呼んでみましょうか〈眷属召喚:ニセクロナマコ〉』
なぜか特に水を取り替えもしないのにいつも綺麗な海水の湛えられた水槽。
その砂の上に魔法円が浮かび上がります。水槽の中を泳いでいた赤と白の綺麗な魚が、驚いたように場所を開けました。
見覚えのある黒い棒状の生き物が魔法円の上にずるりと出てきます。わたくしの肩のあたりにあった気配のようなものが、そこに入っていくのが感じられますの。
……ん?
「クロ、少し縮んでしまわれましたか?」
わたくしは〈念動〉でクロを持ち上げると、水槽から出して手で掬い、顔の前に持ち上げます。
ふむ、なまこの姿に詳しくはないのですが、色と言い触手の形と言い今までのクロによく似ているのですが……。
以前は30cm近い大きさでしたのに、今は20cmほどの長さですの。
『ああ、斬られて真っ二つになってしまいましたからね。
傷そのものは完全に再生していますが、大きさが戻るのは時間がかかりますので』
なんと。そういえばルシウスに斬られてしまったのですのよね。
「申し訳ありませんの。わたくしのせいで……」
クロに頬ずりします……ごりごりしますの。
ナタリーが「ぉぅ……」と呟き、また顔を赤らめました。
クロを水槽の中に戻し、恋人たちの日に作ったカラフルな餌を二人で与えます。
あとは……トランクから服を出して吊るし、お土産のお菓子をナタリーと抱えて下へ。折角なので王室御用達のお店とか回って来ましたのよ!
みなさんにお菓子を配ってもらうようナタリーにことづけ、わたくしは寮長であるミセス・ロビンソンの元へと向かいますの。
「失礼いたします」
扉をノックして入ると、暖炉の前で揺り椅子に座って、うたた寝されている様子。暖かそうなケープの下、ほんとうにゆっくりと呼吸で肩が動いています。
起こしては悪いと思い、戻ろうとすると、〈騒霊〉さんが扉を閉めてしまいましたの。ティーポットとカップを浮かせてお茶を用意してくれる様子なので、ミセスの向かいに座ります。
……この部屋はほんとに居心地が良いですの。
広めのお部屋なのですが、付与魔術用の布などが積まれて適度に狭く、色のアクセントがあり、そして暖かいんですのよね。
「ん、〈騒霊〉さん。お菓子はこれを出していただけますか?」
お土産に持ってきたクッキーの缶を渡すとくるくると蓋が回り、中のクッキーが何枚かお皿に盛られますの。
紅茶がカップに注がれミルクが入って優しい香りが漂うと、ミセスは目をゆっくりと開きました。
「ああ、アレクサンドラかい。来ていたのね。……お帰りなさい」
「ただいま戻りましたの」
わたくしは立ち上がり、お辞儀をします。
「あらあら、お土産持ってきてくれたのかしら?」
ミセスとお茶を楽しみながら、ライブラでの出来事を報告していきます。
「大変だったわねぇ。
わたしたち大人は、あなたに色々と重荷を負わせてしまっているわ。それは謝らないといけないの。ごめんなさいね」
「い、いえっ、ミセスが謝ることではありませんの!」
ミセスはゆっくりと首を横に振ります。
「そんなことないの。わたしだって監督責任はあるもの。
……でもね、アレクサンドラ。結果としてはあなたにとってこれが良い出来事になったようで、それは本当に良かったわ」
「そうですわね、幸いな結果になったと思えますのよ」
わたくしはミセスに立ち上がり、軽く伸びをして部屋を辞去しようとしました。
「アレクサンドラ。あなた、変わったわね」
わたくしは首を傾げます。
「あなたの魔力が膨大なのはこのディーン寮に初めてやってきた日からずっと変わらないわ。
でも、あなたの魔力は何かに抑圧され続けていたの。それが淀みなく伸び伸びと流れているわ」
「どうしてでしょう?」
「精神的なものでしょうねぇ」
わたくしが思っていたより、ルシウスとの婚約は重荷だったのでしょうかね?
「それは良い変化ですの?」
「もちろんよ。
……でもね。急な変化は不調を産みやすいわ。季節の変わり目は風邪を引きやすいものよ。秋だけではなく春もね」
暖かくなる時もまた体調を崩しやすいと言うことですのね。
わたくしは忠告にお礼を言って部屋を後にしました。
翌日はさっそく授業で魔術戦闘訓練があったのですが……。
「やあ諸君、元気かね。今日からいよいよ後半戦、4戦目なのだが……」
校庭に集まったわたくしたちを前にチャールズ先生が渋い顔を見せます。
「アレクサンドラ、ハオユー、マイク、ニヴァシュ、トーマス。前に出なさい」
……ふむ?
わたくしはチャールズ先生の横に並びます。他の男子たちも立ち上がり、前に出てきます。
「まずはここまで全勝の5人に拍手」
生徒たちがぱちぱちと手を叩きます。
「残念なことに、同じく3連勝していたダニエル、キース、ルシウスの3名はサウスフォードを去ることとなった。
よって今日はアレクサンドラ、ハオユー、マイクの3人は不戦勝とし、ニヴァシュとトーマスが対戦、残った4名で準決勝、決勝と進んでもらうこととなる。質問はあるかね?」
ああ、上位8人のうちの3名がいなくなってしまったので……なるほど。
マイクが手を挙げます。
「わたしたち3人が不戦勝で、彼ら2人が対戦の理由はありますか?」
「今までの対戦の様子を見ていて、君たち3人の方が実力が上という判断だ。
もちろん……」
チャールズ先生はちらりとドロシアの方を見ましたの。
「手の内を隠しているかどうかについてはこちらでは判断できんがね」
まあ確かに。
「わたしなんて対戦相手の運に恵まれただけってのもあるしね」
と、トーマスが頷きます。ニヴァシュも異論はないとの事で、そうなりました。んー、見学になってしまいましたの。
「クロ、出番が無くなってしまいましたの」
『残念ですね』
暇なので全身をストレッチし、クロに魔力を供給しつつ試合を眺めます。
トーマスは自分で言う通り、あまり動きに見るところはありませんわね。動きが鈍い。ニヴァシュは相手に合わせて戦っている感じですか。
トーマスの魔術の弾幕をするりと抜けて、杖を突き付けて終了と。余裕がある戦いでしたので、力の程は分かりませんわね。
ちらりとニヴァシュと目が合いました。
暗褐色の瞳がじっとこちらを見つめ、ふいと逸らされます。
……なんでしょう?どことなく不穏な気配を感じましたの。
そしてその日の夜…………わたくしは倒れました。
なまこ×どりるのスピンオフ短編、『メリリース・スペンサーの苦難の日々』を唐突に書いてました。
全5話+エピローグの6話で18000字程度の作品ですが……。
なんと日間・週間異世界恋愛で1位を取りました!
月間でも9位です!
ξ゜⊿゜)ξ <ひゅー!すごいですの!
日間総合ランクでも最高4位になると、まさかの反響に作者も震えております!
お陰様で、そちらから『なまこ×どりる』を読み始めてくれた読者の方々もたくさんいらっしゃり、この場を借りて御礼申し上げます。
ξ゜⊿゜)ξ <ありがとうございますのー!
https://ncode.syosetu.com/n4993fu/




