第63話 なたりーの歩む道
よく見ると、飛び跳ねて手を振るナタリーの後ろには、クリスとイーリー先輩の姿が。
クリスはともかく、イーリー先輩とは珍しい組み合わせですわね?
いつも研究室にいるか自室で魔術書読んでるイメージなのですが。
わたくしは御者の方に声をかけ、馬車を一度路肩に止めて貰います。
扉を開けて手をさしのべ、彼女たちを車内に引き上げました。
「お姉さまおかえりなさーい!」
ナタリーが抱きついてきます。
「はいはい、ただいま帰りましたのよ、ナタリー、クリス、イーリー。お出迎えありがとうございますの。
それにしても、いつ帰るかよく分かりましたわね?」
わたくしがナタリーの抱擁を受けつつ、頭を撫でながらこたえると、なぜかクリスとイーリーさんは顔を見合わせて難しい顔をしましたの。クリスが言います。
「おかえり、アレクサ」
「ええ、ただいまですの」
「そう、それに関してなんだけど、ちょっと真剣な話なのよ」
何か緊急に話すべき事があって、待ち構えていたのですかね。
わたくしはナタリーを隣に座らせて、クリスに向き直ります。
「……〈音遮断〉」
がらがら、ぱかぱかと車輪や馬の蹄が石畳と当たる音、街のざわめきがすっと聞こえなくなりました。
イーリーさんが使った術式は結界の内外で音が伝わらなくなるもの。わざわざ御者の方や外に聞こえないように?随分と警戒してますのね。
それを待ってからクリスが声を出しました。
「アレクサ、2/15にライブラへ向かって出立した日のことを思い出してみて。
午後、昼食には遅く、ティータイムには早い頃のことよ」
ふむ、第六騎士団の皆さんと合うより少々前ですかねぇ。
「あなた、馬車の中でレオナルドさんの膝の上に乗ってたわね?」
………………!?
「な、ななななな、なにを。なにこ、根拠にそんな」
「やっぱりそうなの」
クリスが頷くと、イーリーさんが鞄をごそごそ漁り、羊皮紙を取り出します。
「この光景に見覚えは?」
羊皮紙には精緻な絵が描かれていましたの。レオ義兄様が淫魔ハズラフィールに向けて跳び、斬りかかるところですね。
むむむ、素晴らしいですわ。上手に描けていますの。
「義兄様が雄淫魔に攻撃するところですわね。良く描けてますの。新聞の絵でも模写され……ん……?」
……そんなはずはありませんわよね。
何があったかの情報に関しては、魔術協会や冒険者ギルドであれば独自の通信網で伝えていると思いますし、サイモン学長も〈伝書鳩〉術式を使っていましたわ。でも絵としての情報が伝わるはずはありませんし、あったとしてもそれが一般の生徒に伝達されるはずは無いですの。
そして、昨日の新聞はわたくしが配達人から1度買い取ってしまっていますの。今日の新聞はわたくしたちが配達人に追い抜かれてない以上、まだセーラムに届いている筈はありませんわ。
「……この絵、どうやって描きましたの?」
3人が顔を見合わせ、イーリーさんが説明してくれます。
ナタリーが遠方にいるわたくしやわたくしが見ているものを幻視する力に目覚めたらしいこと。その消費魔力量や詠唱・集中時間などから考察するに、〈遠隔視〉などの既存の魔術では説明がつかず、魔法と言えるほどの能力であること。そして、その能力はわたくし相手にしか使えないこと。
……なんとまあ。
「すごいじゃないですの、ナタリー!」
わたくしの言葉を聞くと、ナタリーは急にぼろぼろと涙をこぼし、わたくしに抱きついて泣きじゃくります。
「あらあら、どうしましたの?」
わたくしはナタリーの背中を叩いてあやしつつ、クリスの方を見て視線で尋ねます。
「んー……。ナタリーはアレクサに嫌われるんじゃないかと怖かったのよ」
わたくしは首を傾げます。
「アレクサ、この魔法はあなたの許可無く、気付かれずにあなたを覗き見できる魔法よ。
それに、魔法の発現は想いの力でしょう。レオナルドという想い人がいるアレクサにナタリーが横恋慕してるってわけ。
どう?それ聞いて気持ち悪いと思わない?」
クリスがあえて偽悪的な言い方で聞いてきますの。
ナタリーの肩が揺れます。
「四六時中わたくしの生活が監視されているなら問題ですが、先ほどの話ですと魔力は消費していますので、ナタリー側で魔力を遮断するか、わたくし側で抵抗する方法はあるはずですの。ですから覗き見され続けるということは無いはずですわ。
それとナタリーがわたくしを好きと言うことですか?別に以前から分かってる事ですわよね?」
「その好きが先輩後輩の関係で無く、恋愛的な意味でも?」
クリスは追及してきます。わたくしは1つ大きく息をついて、ナタリーに声をかけました。
「…………ナタリー」
ナタリーがびくりと震え、涙に濡れた顔をこちらに向けました。
わたくしはハンカチを取り出すと、彼女の涙を拭いながら話しかけます。
「ねぇ、ナタリー。ナタリーはわたくしのことが好き?」
「…………はっ……はい、ごっ……ごめ、んなさ……い」
「何を謝るの?わたくしを好きでいてくれる人がいるということは、嬉しいことであって嫌なことの筈がないじゃないですの」
「……で、でも……わたしと、お姉さま、は、どちらも……女だから」
「そうね」
わたくしはナタリーを抱き寄せ、頬を合わせます。
「わたくしはアイルランド辺境伯令嬢で、唯一の継承者なのね。だから、お婿さんを迎えねばなりませんの。それはルシウスだと思っていたのですが、結局のところ破談になってしまいましたわ。
……それでね、ついこの間気が付いたんだけど、わたくしの好きの1番は、10年前からレオ義兄様に預けっぱなしだったのね」
頰からナタリーが頷く動きが伝わってきますの。
「わたくしは、絶対にレオ義兄様の正気を取り戻させてみせるわ。そして、彼を婿として迎え入れると決めましたの。
わたくしもナタリーのこと好きよ。可愛い後輩で、いつもわたくしを楽しい気持ちにさせてくれますの。でも、わたくしの1番にはできませんの」
「ねえ、ナタリー。それではダメかしら。
それとも、あなたはわたくしと結婚したいと思ってた?」
ナタリーはしばらく動かず、そしてゆっくりと首を横に振りました。
わたくしは顔を離し、ナタリーの顔を正面から見て、笑みを浮かべました。
「であれば、ナタリー。わたくしも、あなたと共にあって欲しく思いますのよ」
クリスは満足そうに頷きます。
「ね、ナタリー。アレクサは気にしないって言ったでしょう?」
ナタリーがちょっと照れたような笑みを浮かべて頷き、イーリー先輩がわたくしに言います。
「アレクサ、次期アイルランド辺境伯としてのあなたに告げるわ」
ふむ?ずいぶんとまじめな顔をされましたの。
「ナタリーがあなたのこと好きで、共にいたいならちょうど良いわ。ナタリーを囲いなさい。今のうちから。
いい、ナタリーのこれが、アレクサのことしか分からない魔法だとしてよ。それでもライブラの貴族か王族がナタリーを確保に動くわ。
アイルランドへのスパイとして、あるいはアレクサの弱みを握るためにね」
「ヨモトゥヒラサクの結界は越えられないのでは?」
アイルランド全土は強力な結界で囲われてますからね。さすがに通らないとは思いますが。
「仮に越えられないとしても、あれ、北東に切れ目あるじゃない。わたしだったら、切れ目の延長線上にあるキャンベルタウンあたりに牢獄作ってナタリーを監禁して、読み取らせた情報を鳩でライブラまで送らせるわね」
イーリーさんの言葉にナタリーが驚愕した表情を見せます。
「そこまでしますか……」
「当たり前じゃない。
国内でも最強となるだろう女当主の食べ物や男の好み、弱点、スキャンダル、屋敷の構造、結界に覆われて見通せないアイルランドの領地の様子、財務状況、ポートラッシュ領兵の戦力、戦術、強兵の育成方法、竜の飼育方法、魔族の情報、魔族との戦闘におけるスタイル……。
どれか1つでも値千金の情報だわ。女一人監禁する程度で、それらの情報が抜けるというなら……喜んでやるでしょうね」
クリスも頷きます。
わたくしはため息をつきます。
「むしろ、わたくしのせいでナタリーの人生を狂わせてしまった気がしますのよ」
「い、いえ!そんな、ことは!」
ナタリーが反論しようとしますが、実際のところその通りでしょう。
「ナタリー、あなたの親御さんたちは……あなたがポートラッシュに来ることを許してくれるかしら?
西の魔界への最前線へ」
「必ず、説得します。
でも、わたしが……、お姉さまの、お役にたてますか?」
「何言ってるの。その魔法、今の状態でも戦争時に本陣にいてくれるだけでわたくしのいる位置が伝わりますのよ?すでにとても有用ですわ。わたくし、いつも単騎で突出するので、すぐはぐれるのですもの。
それに、まだその力に目覚めたばかりでしょう?このまま訓練すれば、そうねぇ、例えばわたくしの声も聞こえるようになったり、そちらの映像を送れるようになったらどうかしら。通信もできますわよね。
ええ、ぜひともナタリー、あなたが欲しいですの」
ナタリーが顔を赤らめます。
わたくしは彼女のおとがいをつまむと、そっと唇を啄みました。涙に濡れた柔らかいものを、わたくしの唇でつまみます。
ナタリーが目を見開き、クリスとイーリーさんが固まりました。
「ふふ、報酬の先払いですの。もうつば付けましたからね」




