第62話 おん・まい・うぇい・ほーむ
短編書きました。宣伝っ。
イングリット・グラッツナーの特筆すべきことの無い日。
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TS転生悪役令嬢侠客伝!
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イングリットの方は『なまこ×どりる』と背景世界が共通している短編。
悪役令嬢はまるで無関係なコメディです。
ガタガタと馬車は西へ。
ライブラを離れ、セーラムへ向かう道を進んでいきますの。
馬車の周囲には第六騎士団の皆さま。
行きはとばしてましたけどね。帰りは人数も多いですしゆっくりめでしょうか。それでも普通の旅よりは速いでしょうけど。
わたくしは馬車の中、腕を曲げ伸ばししたり、腰を捻ったりとストレッチします。
「ガルル……」
目の前で動かれていて気になるのか、義兄様が唸り声を上げられます。
「そうですね、ちょっと戦闘と馬車の移動が連続して疲れが出てるのかもしれませんの。
それかカルミナージァの尻尾のせいか」
『ふむ、大丈夫ですか?』
クロの思念が語り掛けてきます。
んー……淫魔の感覚鋭敏の効果が残っているのか、疲労が溜まってるのか、どうも身体が軋むような感じですの。
「寮に戻ったら暫くは軽い運動と睡眠で身体を休めるべきかしらね?
まぁ、暫くはゆっくりできるでしょう」
『ええ、人には休息も大切でしょう』
話していると、イアン副長が馬群から出て前に進み、何やら御者の方に声をかけます。
ふむふむ。窓から漏れ聞こえる声を聞くに、新聞配達の少年が追ってきたとのことで、馬車を止めて良いかとの話だそうですの。
先頭の馬車のサイモン学長が許可を出し、道から外れて馬列が止まります。
ここで休憩を取ることになりましたの。
「アレクサンドラ様ですか、……ひぁっ!」
馬車から降りた途端、簡素な乗馬服を着て肩掛けの鞄から新聞を溢れるように詰めた少年がわたくしの方に駆け寄ってきて……悲鳴を上げました。
わたくしの後ろで義兄様が馬車を降りてきたからですわね。
「ええ、そうですわよ。わたくしに用でしたの?」
「は、はいっ!今朝出た新聞を買ってくれんじゃないかと思って追いかけてきた……んです!」
ふむ?
彼が差し出す新聞を一部受け取り、それを広げます。
「……なんとまあ」
一面には、
『アイルランド辺境伯令嬢、魔族を討伐!
--Lady Ireland Defeats Evil Ones!』
の見出しと共に、拳を振るうわたくしが大きく描かれてますの。
「まあまあまあ」
かなり大々的にわたくしに紙面を割いてますわね!
他の面を見ます。『美しきご令嬢、野獣共を率いて西へ』、『ルシウス殿下、廃嫡へ。識者語る』、『遺都ヴァルゴに超大型魔獣発生、壊滅的被害か?』、『アレクサンドラ様の素顔に迫る!』……。
少年がおずおずと声をかけます。
「い、いかがでございましょうか……アレクサンドラ様」
わたくしは頷きます。
「全部買いましょう」
アイルランドに帰るときに持ち帰れば喜ばれるでしょうしね。
機転の利く少年には、馬代も含めてだいぶ多めに心付けを渡しましたの。
握手を求められたので手を握ると、顔を赤らめてわたくしと握手し、少年は馬上で手を振りながらライブラへと戻っていきました。
馬に水を与え、草を食ませ、わたくしたちも軽食を取ります。
今日は天気も良く、ピクニック気分ですわね。
まあ、ピクニックにしては寒すぎますし、厳つい男たちばかりですけども。
皆さん、新聞を回し読みされています。クロも《念動》で新聞を浮かせて読んでいますわ。お上手ですの。
サイモン学長は何やら手紙を書いていたかと思うと、それを鳩に変化させ、空に放ちました。〈伝書鳩〉の魔術ですわね。
鳩は勢いよく西の空へと飛んでいきますの。
わたくしの視線に気づいたサイモン学長がおっしゃいます。
「帰りがちと大所帯になってしまっただろう?
到着が少々遅れる旨と、彼らを駐留させる許可とかとらねばならんでな。
ところで彼らにはとりあえずセーラム市郊外の平原に駐留して貰わざるを得ないが構わんかね?」
ふむ、セーラムの宿屋で50人を長期泊めるのは難しいですか。都合良く空き家があるわけでもありませんし、そもそも50人の兵が急に住民となるとすると、町の人たちが不安に思いますわよね。
「はい、御対応ありがとうございますの。彼らに説明して参りますね。
えーと、買い物や休息のために街中に彼らを入れることは構いませんか?その場合も、あまり大勢だと街の人たちが困るという認識で宜しいですの?」
「うむ」
学長が頷かれたので、騎士団の皆さまの方に歩き、レオ義兄様の隣にたち声を出します。
「第六騎士団集合!整列!」
だらだらとしていた彼らが、さっと立ち上がり、横12列、縦4人の列を作ります。イアン副長と、彼の従者であるヤーヴォ君がわたくしの横に並び、こちらを見ました。
「休め!傾注!」
彼らは肩幅程度に足を広げ、腕を後ろ手に組み、こちらを見つめます。ん、このへん見るだけでも練度それなり以上に高いですのよね。
「諸君。君たちの今後の待遇についてだ」
彼らの顔に緊張が走ります。
「第六騎士団は夏にアイルランドへと向かうまでは、暫定的にわたくしの麾下となり、セーラム市郊外の平原に駐留して貰うこととなる。
冬場のテント暮らしで快適とは言い難い環境を強いる事となるが、不満はあるか!」
……おや、誰も不満を顔に出しませんのね。
一人の兵士が手を上げます。わたくしは彼に発言を許可しましたの。
「閣下ぁ!駐留用のテントとは、ライブラ出立時に積み込んだあれのことでしょうかぁ!」
第六騎士団にはろくな旅装がなかったので、ライブラ軍の備品から新品を買い取って来たんですわよね。
わたくしが首肯すると、彼らは喜色を顔に浮かべました。
「閣下ぁ!我々のいた牢屋に石の寝台より、テントに毛布の方が断然素晴らしいっす!」
「「「ありがとうございます!閣下!」」」
お、おう。そうですのね。
「よし!では次に給与についてだ!
これに関しては、イアン副長と協議済みだ、イアン副長」
イアン副長が頷き、彼らの方を向きます。
「先に言おう。お前達に給与が与えられるが、当面の間その大半は1度こちらで預かり、お前達には小遣いを与える事とする」
数名が不満を顔に出しましたかね?
「不満に思うのは当然かもしれん。だが聞け。
お前達が急に大金を手にしたとして、酒に溺れず、娼婦に馬鹿みたいに貢がず、賭で擦らず、詐欺師に騙されない。
そういう自信のある奴はいるか!」
誰も手を挙げませんの。
「アレクサンドラ閣下は陛下との直接的な交渉で、騎士団の予算6年分をきっちり支払うよう約束させた。
……神だ」
いや、別に神では……。
「それにはお前達の給金も含まれる。
いいか。実際のところ、第六騎士団は騎士団とは名ばかりで、実際にそれに値する地位があるのはアイルランドでの地位があるレオナルド団長と、ライブラで叙勲されたわたしだけだ。
お前達は悪く言えば犯罪者の愚連隊で、良く言っても軽騎兵だろう。だが、どういう交渉の果てにそうなったのかは窺い知れぬが、アレクサンドラ閣下は我らに騎士団としての給与をぶんどってきて下さった。
それも過去3年分全てだ」
彼らがどよめきます。いや、婚約破棄の慰謝料の結果なので、特にすごい交渉をした訳では……。
「我等が女神、アレクサンドラ閣下に敬礼!」
彼らがざっと足音を立てて気をつけし、一糸乱れぬ敬礼を見せます。その目はきらきらと輝いていました。
わたくしはため息をつくと、手を頭の横に上げ、返礼しましたの。
「休め。
騎士団の給与3年分はお前達が仮に普通に人生を送っていれば一生分の稼ぎに相当するであろう金額だ。
それをセーラム市で馬鹿みたいに使わせるわけにはいかん。ここに定住して家を買うという訳でも無いのだからな。
ゆえに、休暇の度に小遣いを与える事とする」
感極まったように何人かが叫びます。
「休暇もいただけるんですかぁ!?閣下ぁ!」
……あー。レオ義兄様は休暇の概念とか有しませんよね。
わたくしが頷くと、泣き出すものも出ましたの。
「セーラム郊外に駐留したら、その翌日より順に休暇を与えますの。33交代で16名ずつとしましょう。
最初の休暇は共同浴場と散髪、服の仕立てをして貰います。ええ、皆さまちょっと不潔ですのよ。その後、食事とセーラム市の案内、備品の買い出し。
2周目の休暇からは自由時間ありにしますのよ」
皆さまが騒ぎ出します。
「傾注!
はしゃぐな。細かい注意は後日イアン副長からして貰うとして、わたくしからは大まかなことを伝えておきますの。
1つ!善良な市民に迷惑をかけるな!
2つ!身内で金品を奪うな!賭けるな!
……それだけですの。これを破った場合の罰は全て……わたくしかレオ義兄様との決闘で決着をつけて貰いましょう」
わたくしは足元に転がっていた石を拾うと、それをきゅっと握り潰して砂にして見せました。
「ね?守れますか?」
「「「イエスマム!」」」
とまあ、そんなこんなで再び西へ。一日かけてセーラムの郊外につき、第六騎士団の皆様とはお別れ。義兄様もここで降りるとのことで、一旦さよならですの。義兄様に1度ぎゅっと抱きついて別れの挨拶とします。
まあ、今度は近くにいるわけですし、いつでも会いに行けますからね。
馬車はいよいよセーラム市街へ。
「……さまー!おねーさまー!おねーさまー!」
おや、ナタリーですの。セーラムの街の門前でわざわざお出迎えに来てくれた様子ですわね。大きく手を振っています。わたくしも窓から身を乗り出して手を振ります。
ふふふ、帰って来た感じがしますわね!




