第59話 きゃっとふぁいと
わたくしは、落下しつつカルミナージィアを地面に叩きつけようとしました。
しかし彼女は穴の開いた翼を開き、回転しつつ減速しましたの。2人とも、どさりと庭の芝生の上に投げ出されます。
カルミナージィアは、素早く立ち上がると皮膜の破れた翼を消して、構えを取りますの。わたくしの打撃に対応すべく、足元は軽く踵を浮かせていますが、拳は握り込まず、掴める形ですのね。
ふむ。わたくしも構えをとりつつ、周囲を見ます。ライブラの市街で庭付きの屋敷、タウンハウスとしては破格。クレーブ子爵家というよりは魔術師団の副長という役職に付随する家なのでしょう。
とは言え突撃戦術を取るには狭すぎますの。完全な近接戦闘ですわね。
「シッ!」
わたくしから仕掛けます。踏み込んで拳を突き出します。
左左右!
左の拳は腕で受け止められますが、軽くダメージを与えます。右の拳は手首に手を当てられきれいに逸らされましたの。
わたくしの拳を払い、さらに一歩踏み込まれて胸同士がぶつかるような距離に。む。
わたくしが近すぎる距離を嫌い、一歩後退するとそれに追随され、密着を保たれますの。
「はっ!」
脇に膝蹴りを入れます。肋骨に罅を入れた感触がありましたが、カルミナージィアは堪えてわたくしの腿を取り、そのまま股間へと手を移動させますの。
逆の手で魔術礼装の襟元を掴み、わたくしの身体を天地逆にひっくり返し、地面に叩きつけます。
「はぁっ!」
抱え投げ!わたくしは頭を打たぬよう、手で頭部だけを守り、背中で地面を打ちます。
カルミナージィアもそのまま頭側からわたくしに覆い被さるようにのしかかり、身体を押さえつけにかかります。わたくしの腕ごと抱きかかえ、股間をわたくしの顔に押し付ける上四方固の体勢です。
視界が彼女の褐色の肌と白い網で埋まりますの。
もう!
絞め技に移行されないよう首元には警戒しつつ、右手で相手の胴を狙います。抱え込まれてますが、自由になる手首から先で……。
むにゅう。
……わあすごい、しょうげきがきゅうしゅうされますのー。
わたくしがその柔らかさに戦慄を憶えている隙に、カルミナージィアはわたくしの右手を取ります。柔らかな双球の間に右手が挟まれる感触。彼女は股間をわたくしの右肩に当て、すらりとした脚をわたくしの胸の上にのせ、思いっきり後ろへと倒れ込みます。
腕挫十字固!
「ぐっ……!」
みちみちと嫌な音を立て、右腕の腱が伸びきり、破壊されます。左手でカルミナージィアの脚を取ろうとしますが、体を入れ替えられて、わたくしが俯せに、その上に座られた形になりますの。
「……はぁ……はぁ。
組技なんて今どき流行りませんの」
実際のところ、治癒系使える強化魔術師に組技はあまり意味ないですのよ。〈鎮痛〉で痛みはほぼ無視できますし、こうして話しているうちにも右腕の腱が再生していきますの。
警戒すべきは術式が使えなくなる、意識を奪う攻撃のみ。地面に頭を叩きつけられる攻撃と、絞め落とす技だけですからね。
「そりゃ戦場ではそうかもしれないけどね、ベッドの上では昔も今も有効よ。
それに、打撃であなたに勝てるなんて思ってないわ……よ!っと」
確かに組技との戦いは不慣れですけどね!
膝裏に足を置かれ、強引に上半身を持ち上げられます。左右の手首を掴まれ、巴投を逆にしたかのように、カルミナージィアが地面に背を着け、わたくしは天を見上げるように海老反りに持ち上げられます。
えーと、吊り天井固めですわねこれ!?ですが……、
「こんな魅せ技でダメージなんてありませんのよ?」
「判ってるわよそんなことは。
四肢を拘束したかっただけよ」
首筋にチクリとした感触、それからなにかが注入されるような……!
わたくしは全力で身を左右に捩り、バランスを崩させて地面へと投げ出されるように脱出します。
急いで立ち上がり、一歩間合いを取りますの。カルミナージィアの尻尾の先端がてらてらと濡れて光を反射しています。
「〈解毒〉!」
首筋に手を当て、魔力を流し込みました。
「あーあ、魔力流しちゃった」
カルミナージィアが笑みを見せます。どういうことですの?
彼女が接近し、伸ばしてきた鉤爪を拳で迎撃します。爪の1本をへし折ることに成功しましたが、
「ぐっ……!」
右の拳に激痛が……!予期せぬ痛みに身体が強張ります。
「感覚……強化ですのね……!」
カルミナージィアはわたくしに組み付くと、耳元で囁きました。
「そう、毒じゃないのよ、感覚を強化する淫魔のお薬。
だから〈解毒〉はきかない……の!」
最後一言だけ大声を出されます。
くらくらと脳味噌が揺れるような感覚、目眩がして倒れそうになるわたくしをカルミナージィアはさらに深く抱え込みます。
わたくしの背中で彼女の胸が潰れてるのがわかりますの。……マズい!
逃げる間もなく、わたくしの身体が天地逆に持ち上げられ、頭が彼女の股に挟み込まれるようにして落とされます。
脳天杭打ち……!
(よいしょー)
わたくしの頭が地面へと落とされる瞬間、アホ毛が広がり、衝撃を止めてくれましたの。
ですがまだカルミナージィアの動きは止まりません。わたくしを抱きかかえたまま、すらりと脚を伸ばし、足首と足首を絡め、尻を天に向けた状態で強制的に開脚させられます。
恥ずかし固めですの!?
いた!あいたたた!股関節が!
カルミナージィアの尻尾の先端がゆっくりとわたくしの股間を撫で上げます。
背筋を物凄い震えが走りました。
「アホ毛っ!」
(やー)
「ツインドリル!」
(いえすまむ)
シニヨンに纏まっていた髪型がほどけ、2本の縦ロールに。
そのまま後頭部で螺旋を描き、わたくしを羽交い締めにするカルミナージィアの腿のあたりを穿ちます。
「ぐっ……!」
わたくしは彼女を振り解き、立ち上がりました。
立ち上がるカルミナージィア、ですが脚に痛みがあり少し動きが鈍い。その一瞬の差を突いて彼女の膝に乗り上がり、側頭部に膝蹴りを入れますの。
閃光魔術。お互い吹き飛び、再度地面に倒れました。股関節も、蹴った膝も痛いですが、気合いを入れて立ち上がり、拳を掲げ、そこに髪を槍のように纏わせます。
「形勢逆転ですわね」
ふらつきながら立ち上がった彼女は視線を泳がせます。傍には義兄様。屋敷を取り囲む銀翼騎士団の皆さんや、なぜか前かがみになっている第六騎士団の皆さん。
「……そうね」
カルミナージィアは諦めたように構えを解きます。
「言い残すことはありますの?」
彼女はしばし黙考し、口を開きました。
「西の同胞の血を啜る、アイルランドの民に災いあれ!」
彼女はそう叫ぶとわたくしに襲い掛かりますが、わたくしは彼女の腹を拳に纏った髪の槍で貫きました。
槍は腹を突き破り、彼女の下着が螺旋の動きに絡め巻き取られていきますの。
鮮血が舞い散り、彼女の身体が力を失って、わたくしにもたれ掛かります。
彼女の身体を地面に横たえ、礼装の上着を脱いで、彼女の胴を覆い隠しながら呼びかけました。
「さらばですの、カルミナージィア。
……起きなさい!ジャスミン!」
注:閃光魔術は魔法ではありません。
健全な肉弾戦!(たぶん)
それはそれとしてルビうつの面倒でした。楽しかったけど。
3章のクライマックスバトル終了です!
次話エピローグ。




