第57話 どっぐふぁいと
わたくしが手を前方に向けると、意を汲んだクロが、五弁の触手の塊のうち、使ってなかった2つを、淫魔達に向けて伸ばしましたの。
椅子に座っていたカルミナージィアとハズラフィールは、触手を避けるべく後方に跳び上がりつつ、ガウンを脱ぎ捨てます。
下着のみの姿になる5人。
カルミナージィアの下着は背中が剥き出しで、スケスケの白い袖無しのもの。
生地はもはや、透かし編みというよりは網なのでは?
ちゃんと下着を着ているのに何も隠していないような有様ですの。
ジャスミンのものであった身体が淫魔としての本性に作り替えられていきます。頭部から拗くれた山羊のような角が生え、手足の爪は伸びて硬くなり鉤爪に変化しますの。柔らかそうな尻の割れ目までが晒されている剥き出しの背中からは、肩甲骨の辺りに蝙蝠の黒翼が、尻の付け根に先端部の膨れた黒い尾が生えてきました。肌の色も元より色づいて褐色が濃くなったように見えますの。
武装はなし。まあ、淫魔は武器を使うのを見たことありませんからね。
「グオォォォッ!」
わたくしがカルミナージィアを見定めているうちに、義兄様が駆け出し、触手を追い越してソファを蹴り飛ばし、同じく姿を変えているハズラフィールに突進しました。
ハズラフィールもまた同じように捻れた角、蝙蝠の翼、黒い尾を生やしており、6つに割れた腹筋の下には紫の、妙に股間の盛り上がりを強調した……ああ、騎乗用下着を履いているのですわね。股間からは左右に交差する2本の紐が剥き出しの臀部へと回されています。
お父様がザナッドに乗る前に履いてるのとか見たことありますのよ。お父様のはあんなに派手なデザインのものではありませんけどね。
義兄様は空中のハズラフィールに魔剣を抜き撃ちました。
ハズラフィールは伸ばした鉤爪を交差させ、斬擊を受け止めますの。
ひゅう!義兄様が斬りづらい位置にいたとは言え、あれを受け止めますのね!
ハズラフィールは斬りかかられた勢いに逆らわず、さらに義兄様の胸に蹴りを。
攻撃が目的ではなく、距離を取るためのものですわね。部屋を大きく吹き飛ばされながら、カルミナージィアの方へと向かいます。
「きゃっ、何よハズラフィール!」
空中でカルミナージィアを抱きかかえると、そのまま窓を突き破りましたの。
硝子の破砕音。
わたくしも窓へと駆け寄ります。
日が落ち始めて、赤く色付くライブラの街並み。東の空には魔族の月とも言われる第二の月。
2体の淫魔は翼を広げ、庭を滑空するように一廻りして戻り、わたくしたちの窓よりも高い位置で羽ばたきながら空中に止まります。
「部屋には罠の術式など用意してあったのだがな……」
ハズラフィールの呟きにカルミナージィアが頷きます。
「あの触手はダメだ。部屋の魔力吸収し始めやがった」
「くっ……アレクサンドラ!どこであんなのを……!」
……翼の上下に伴って胸や股間のモノが揺れてますのー。
「あれはわたくしの使い魔のクロですわよ」
クロが憑依する、て、てづるもづるでしたっけ?の触手が1本こちらへと伸び、カルミナージィアの方に手を振るように揺れます。
なまこにそんな能力あるなんて知らないわよ……とカルミナージィアが呟くのが聞こえました。奇遇ですわね。わたくしも知りませんでしたの。
「アレクサンドラ嬢は自己強化型魔術師で、射撃は不得手と報告された。“狂犬”レオナルドも白兵戦専門であろう。魔術や弓術を使うという話は聞かん。
ここから撃つ方が良かろう」
ハズラフィールの言葉に、カルミナージィアは嗜虐的な笑みを浮かべます。
「向こうの攻撃が届かないなら、大魔術かしら?」
「いや、隙はない方が良い、連射だな」
そう言うと、両手を広げ、その間に〈火球〉をひとつ、ふたつと、10を超える数の〈火球〉を生成しました。
カルミナージィアも同等に〈火球〉を生み出します。
「いくぞ」「ええ」
「〈耐火〉」『〈水霊破〉』「グオオオッ!」
20個以上の焔の弾がこちらへと撃ち出され、クロの生み出した水の鞭がいくつかを飲み込み、義兄様の振る剣は〈火球〉を切り裂き、わたくしも拳でそれらを叩き落とします。
……よし、無傷。
「ふふん、これではわたくしたちを倒すことはできませんのよ?」
わたくしの声に、ハズラフィールはニヤリと笑みを見せます。
「確かにこんな小手先の技であなたたちを倒すことはできまい。
だが、彼らはどうかな?」
そう言うと、部屋の奥を指し示し、次にわたくしの足元を指差しました。
足元は、〈火球〉を叩き落として焔が燻る絨毯。そして奥には魅了されたままの銀翼騎士団の皆さんとルシウス。
……ああ、……拙いですわね。
「先ほどカルミナージィアが言った通り、王国の被害が大きければ大きいほど、ブリテンとアイルランドの仲は険悪となろう。
おっと!」
義兄様が落ちていた金属の大きな灰皿を投擲しました。
それは見事な早業でしたが、彼は翼を一度はためかせると避けてしまいましたの。……というか、飛翔速度が速い!
いや、淫魔にしてもどれだけの上位種なのか。先程の義兄様の斬擊を受けきったことと言い、攻撃魔術と言い、生半可な魔族ではありませんのよ。これは……〈空中歩行〉では追い付けませんわね。
危ない危ないと言いながら戻り、再び〈火球〉を生成する2人。
「義兄様、ちょっと防御をお願いできますか?」
「グルゥ」
空中の2人から〈火球〉術式が無尽蔵に撃ち込まれます。義兄様は一つ大きく息を吸うと、叫びながらわたくしを庇うように前に出て、焔の中にその身を飛び込ませ、剣を振りました。
義兄様の斬擊は魔法を斬ります。魔力により構成された焔は剣で掻き消され、まるで焔を切り裂くかのよう。
ですが、建物やカーテンに燃え移った火は義兄様の身体を炙って行きますの。急がねば。
空戦や飛翔系術式は苦手なんですけどもね。久しぶりに詠唱を必要とする術式使用です。
わたくしは一旦窓から離れて距離を取り、息を整え、詠唱しつつ窓に向かって駆け出します。
「走れ……緊急ですのよ……飛べ!」
かけ声と共に、窓枠を踏み越え、空へと飛び出します。
「うそっ!」
カルミナージィアの驚愕。
彼女の放った炎弾の1つがわたくしの肩に当たる軌道に。
「身を回しっ!」
左肩を下げ、右肩が天を向くように身体を捻り、そのまま1回転。
(ひゃー……!)
アホ毛から悲鳴があがり、風に流された縦ロールが、ダンスパーティーの時のように後頭部でシニヨンに纏まります。
頭からカルミナージィアに体当たりするように突っ込んで行きましたが、それは避けられました。
「旋……回します……の!」
一瞬後には目の前に四方結界の魔術壁が。
身体を反らせ、お腹が外に向くように旋回、結界に沿うようにして飛び、そのまま螺旋を描いて高度を上げ、彼らの頭上を取り……。
「急降下っ!」
血液が全て天に取り残され、身体だけが沈むような加速度の変化、意識を失わないように、詠唱を切らさないように集中しつつカルミナージィアに逆落としをかけます。
回避するカルミナージィア、すれ違いざまに拳を振り抜きますが、掠めたのみ。それでも衝撃は大きく、彼女は悲鳴を上げバランスを崩し……持ち直します。拳の掠めた胸から脇腹にかけて、カルミナージィアの下着が伝線して穴になりました。褐色の肌が覗きます。
急速に近づく地面。
進行方向の、庭の芝生の上からこちらを見上げていた銀翼騎士団の別の分隊の方が恐怖に顔を歪めますが……。
「宙……返りっ!」
その手前で浮上、芝生が風圧に揺れます。彼女が尻餅を突いたのが目の端に映ります。
空へ空へと昇りながら詠唱を完成させます。
「〈遙かな高みに至れ撃墜王〉!」
詠唱が完成し、軌道が安定しましたの。
クレーブ子爵家の屋敷の周りで旋回を繰り返します。およそ3秒で屋敷の周囲を1周するほどの速度で、彼らよりも速度は出ていま、す、が!
「制御がっ……!」
彼等を追おうとしても、やはり元々の有翼魔族との差、空中での挙動の巧みさには差がありますの。
空戦で優位な位置である背後こそ取れますが、建物や木立を壁にされると、小回りが効かず離れざるを得ませんし、片方を追うと、もう一方から攻撃魔術が飛んできたりと、追い込めません。
そもそもわたくしが射撃系の魔術を碌に使えないのが問題ですのよね!
部屋に〈火球〉を撃ち込むのは阻害できておりますけどっ……!
何度か交差し、追跡し、部屋の前の窓をハズラフィールが通過した時でしたの。
「グオオオォォッ!」
義兄様が窓から飛び出して、ハズラフィールへと斬りかかりましたの!
健全な空中戦ですのよ!
知らない人も多そうなのでジョックストラップについての解説。ジョックストラップは元々は自転車用に開発された男性用下着のこと。スポーツマンの間で普及しており、アメフト選手とかもよく使う。
アメリカンなスクールカーストで、ジョックとかナードって言葉を聞いたことあるかも知れない。
ジョックはカースト最上位、アメフト部とかのレギュラー。スポーツマンでモテるヤツのことね。
語源はジョックストラップを履く者。
ええ、ジョックストラップはスポーツ用品だからもちろん健全に決まってます。
それはそれとして、ぐーぐるさんとかで画像検索して、
「おぇー」となるか、「いやん」となるか、「うほっ」となるかはあなたの個性なので、自己責任で。
はい、りぴーとあふたーみー。
なまどりは健全な小説だなぁ!




