第56話 しょくしゅぷれい!
「…………カルミナージィア」
雌淫魔はジャスミンの顔を顰めると、吐き捨てるように名乗りました。
そう、ジャスミン、あなたに取り憑いた悪魔はカルミナージィアと言うのですわね。取り憑いてから1年か、2年か……。
どのみち魂は不可分に混ざり合い、ジャスミンを救うことは不可能でしょう。
「ジャスミン・フォンテーン!
あなたを救うことはできませんの!」
わたくしは大きな声を上げます。
カルミナージィアは淫蕩に微笑みました。
「ふふ、そうよ。絶望したかしら?」
「まさか、初めから覚悟してましたのよ。
ジャスミン!今からあなたをこの雌淫魔ごと殺しますの!
あなたに根性があるなら、あるいは真実の愛なんてものがあると言いたいなら!
カルミナージィアより1秒でも長く生きて、ルシウスにその想いを伝えなさいな!」
カルミナージィアの顔が歪みます。
「ふん!そもそももう勝った気でいるんじゃないわよ!
あなた!やって!」
押し黙っていたクレーブ子爵から、膨大な魔力が放出されます。ほう!詠唱せずに集中のみで魔術を練ってましたのね!
「〈集団魅了〉!……重要人物に武器を突き付けよ!」
クレーブ子爵が術式名と命令の言葉を宣言します。甘い香りと魔力の波動がわたくしの身体を通り過ぎ……。
しゃりっと抜剣の金属音、わたくしの体に八振りの剣が突き付けられますの。
銀翼騎士団の皆さんが魅了されましたか。
義兄様は腰に手をやり、こちらをちらりと見ます。
ルシウスは足元で放心した様子のまま。
「義兄様。問題ありません。
クレーブ子爵、あなたも淫魔でしたのね」
「ちょっと!一番大事なアレクサンドラに抵抗されてるじゃない!」
カルミナージィアがクレーブ子爵に詰め寄りますが、男はそれに応えず、机から葉巻を一本取ると、端を噛み切って咥え、右手の指先に火を灯して葉巻に近づけました。
紫煙が立ち上ります。
「ハズラフィール、わたしの名だ。人間達の概念で言えば、カルミナージィアの夫にあたる。
淫魔の魅了は異性を操るが……まだ男や女となっていないものには効果が出づらい。アレクサンドラ嬢がまだ初潮も迎えていないとは考えておらなんだ」
「めなーき?」
「……しかも無知による防御もだ」
ふむ、良く分かりませんが、わたくしが何やら精神抵抗に成功しやすい原因があったようですわね。さておき、この剣を突き付けられた状況は問題で……。時間稼ぎしつつ、思念でクロに尋ねます。
「あなたたちの最終的な目的は、わたくしを魅了することでしたか?」
『クロ、この状況を何とかすることはできますか?』
ハズラフィールは再び葉巻を一服すると頷きます。
あれ、向こうも時間稼ぎしてますわね?……ああ、今使った魔力を回復させようとしてるんですわね。
「そうだな。最良はそれか、お前を殺すかだ」
『ふむ?』
わたくしは、首を傾げて笑みを浮かべて見せます。
「操られた女性たちに剣を突き立てられた位でわたくしを殺すことはできませんわよ?」
『ほら、前のキュビエ器官とか』
カルミナージィアが口を尖らせます。
「分かってるわよ、そんなことは。
でも、次の目的はそもそも達成しているわ」
『あれは、一人が限度ですかねぇ』
「わたくしとルシウスの婚約を破談にして、アイルランドとブリテンの仲を険悪とさせることですか」
『むむむ』
「そうよ。
それに、ここで魅了された騎士団の者達を害せば、さらに亀裂は深まるかもねぇ?」
カルミナージィアはわたくしをあざわらいました。
『あぁ、この場を打開できる者を呼び出しましょう。呼び出された者に、すぐに〈超加速〉、あと〈筋力増強〉をお願いしても良いですか?』
剣を押し付ける力が強くなります。
ちらりとヒルデガルド卿を見ます。紅潮した表情、唇を噛み切ったのか口元からは血が流れ、ぶるぶると剣先が震えています。
「くっ、魔族の言に惑わされないで下さい、アレクサンドラ様!このまま操られるくらいなら、こ、殺して下さいっ!」
『さすがクロ!わかりましたの!』
「ふん、まだ自我があるか。無意味な」
ヒルデガルド卿のみに向かって、ハズラフィールからさらに魔力が放たれます。
「あぁぁんっ」
ヒルデガルド卿が崩れ落ちかかり、膝を合わせ、内股を擦り合わせるようにして堪えました。左手を膝につき、右手はそれでもわたくしに剣を向けています。
『では行きますよ。……[下位神格の召喚:テヅルモヅルの神]。
ちょっと身体を借りるよ、〈憑依〉』
わたくしの眼前に直径1mほどの赤黒い球体の籠が召喚されます。
……なんですのこれ。ええい。
「〈超加速〉!」
球体は五弁の花のように開きますの。その花弁の1枚1枚は無数の触手の集まりであり、どんどんと枝分かれして……。
「ふぇぇ……、何ですのこれ」
音も無く花開いた触手の塊は、部屋の天井まで広がり、絨毯の上へと倒れ込んでいきます。
ランプの明かりに照らされ、ぬめぬめと光を反射する触手からは海の香りが。
先端が蕨のように丸まっていた触手はびくびくと根元から先端に向かって逆に反り返り、さらに広がっていきます。
「あなた、触手とか召喚した……?」「してないぞ」
二人は驚愕した表情をこちらに向けます。
無数の触手が絨毯とこすれあってざわざわと音をたてます。
義兄様は手近な位置の触手を一本手に取って見つめていましたが、特に自分に害を及ぼすモノでは無いと判断したのかぽいと投げ捨てました。
わたくしは、さらに触手たちに術式を重ねました。
「〈筋力増強〉」
触手はわたくしと義兄様を避け、銀翼騎士団のみなさまの元へ。
彼女たちの足元に辿りつくと、朝顔の蔓のように脚に巻き付いて股へと上がっていきます。
鋼鉄の臑当を越えて、太ももの革ズボンをなぞり上がり、草摺の内側へと。
「いゃっ!」「きゃあっ!」「ぁぁん!」
銀翼騎士団の皆さんが悲鳴を上げます。
「くっ、斬れ!斬り捨てろ!」
ハズラフィールの声に反応して、幾人かがわたくしに向かい剣を振ります。しかし脚を押さえられ、腰の入らない剣など何の痛痒もありません。髪を一振りして打ち払いますの。
触手に向かって剣を振った者達は、触手の先端を切り落としますが……。
『[再生能力活性化]』
クロの思念と共に、切られた端から触手が再び生え、彼女たちに迫ります。
剣を絡め取られ、腕に沿ってずるずると触手が伸びていき、肩当の下、脇の可動部から胸当の中へと……。
「だ、だめ!」「入らないで!」「魔族め、このような辱めを!くっ、殺せ!」
やってるの魔族じゃなくて、わたくしの使い魔ですけどねー、どうしたものですのー。
「かくなる上は舌を噛んで……ぐほおっ」
抵抗するヒルデガルド卿の口の中に触手が差し込まれましたの。
ああ、口の端から涎と海水を垂らして酷いことに。
「こ、こんなに完璧な触手責めだと……!」
淫魔の2人が戦慄と畏怖に瞳を揺らして叫びます。
「初潮も迎えてないのに!」「処女のくせに!」
『アレクサ、無力化に成功しましたよ』
クロからの思念です。わたくしは感謝の思念をクロへと送ると、淫魔たちに宣言しますの。
「ふ、ふふん。さあ、彼女たちは傷つけることなく制圧して見せましたの。今度はあなたたちの番ですのよ!
行きますわよ、義兄様!」
「グオォォォォッ!」
━━ <緊迫したバトル展開ですね!
ξ゜⊿゜)ξ <えー……。
━━ <なまこ×どりるは健全な小説です!
ξ゜⊿゜)ξ <それはそれとして、何ですのあの生き物。
はーい。
テヅルモヅル。
棘皮動物、ヒトデは大きく分けて2種類。
いわゆるヒトデと、クモヒトデ。
クモヒトデはヒトデの足が紐のようになってて長いヤツです。
その中でも、その足がどんどん分裂して、マジで触手の塊みたいになってるリアルローパーな生き物がテヅルモヅル!
どう見ても邪悪な地球外生命体です。
まあ、今回召喚したのは神様な設定なのでバカデカいですが、実際は30cmくらいの塊になっていて、それが触手をにょきにょきと伸ばし、広がったりします。
ぜひ動画で見て欲しい生き物。
うにょうにょ動くよ!




