第55話 えぬてぃーあーる
屋敷に入るやいなや、足元に魔法円が展開され、火柱が立ち上り、わたくしを包みます。
「〈騎士帽子〉」
(いえすまむ)
わたくしの声に従って、巻き髪が解けて伸び、身体を覆っていきます。
『〈水纏い〉』
そこにさらにクロの思念。髪を水が覆い、熱を遮断しますの。
足元のブーツも火竜の鱗が練られているだけあります。熱をまるで感じませんの。
火炎の柱が収まります。髪が元の形に戻りました。
「無傷かよ。ば、……化け物め……」
玄関ホールの奥、杖を構えておそらく今の〈火柱〉の術式を使ったであろう男性が呟きます。服装からすると、クレーブ家の執事の方ですかね。
わたくしは微笑み、会釈しました。
「ご丁寧な歓迎、感謝しますの」
それ以外にも杖や剣などの武装を構える人々。
屋敷の使用人や家族が精神操作を受けているのか、自発的に従っているのか。雇われた兵もいるかもしれませんわね。
後ろにいる銀翼騎士団の皆さんに尋ねます。
「殺意ある攻撃を受けたとみなして宜しいかしら?
強行突入に方針を変えてもよろしいですわよね?」
銀翼騎士団の団長は後方待機のため、突入部隊で最も立場が上の副長の方、ヒルデガルド卿がわたくしに頷かれます。
「イエスマム。
辺境伯ご令嬢への暴言も罪状に追加しておきましょう。
ご指示を」
義兄様の方をちらりと見ます。飛び出す様子は無し。つまりこの場には魔なる者はいないと。
であれば分散して大丈夫ですかね。
「わたくしとレオナルドは対象のもとに直進。A、B分隊は同道。残りは分隊毎に散開し、各個抵抗勢力を制圧、無力化。
戦闘になれば相手を殺傷しても構わないですの。無抵抗であっても油断しないこと。想定外のことが発生した場合連絡を優先。以上」
「「イエスマム!」」
「レオ義兄様、ヒルデガルド卿、行きますのよ」
義兄様は屋敷の2階を見つめ、にやりと笑われました。
クロの魔力の反応もそちらにありますわね。
「突入!」
「行かせるなっ!」
先ほどの執事らしき方の号令と共に、わたくしたちに多様な魔術が撃ち込まれます。
火炎、鉄塊、針……。ルシウスがひっと小さく悲鳴をあげたのが聞こえましたの。
〈魔術壁〉で勢いを減衰させて対応ですの。勢いを失った術式を髪が弾いていきます。銀翼騎士団の方々は、分隊毎に1名が盾を構えて前進ですのね。なるほど、問題は無さそうです。
階段に向かって直進しますの。
剣で打ち掛かってくる者は義兄様が雑に掴み取って、窓や玄関へと放り投げます。
騎士団の方々も、美しい剣筋で襲撃者の肩や腕へと斬りつけ、別の方が縄で縛り上げて後方へと送り、無力化していきます。
わたくしが足を踏み出す度に設置型の魔術や連動型の仕掛けが発動し、わたくしの足元が爆発したり、地面が槍状に尖って突き出され、毒矢が飛んできますが……特にどうということはありませんの。
「あの、アレクサンドラ様。
罠を避けたり解除はしないのでしょうか」
ヒルデガルド卿が尋ねられます。
わたくしは今しがた踏んだ魔法円から召喚された魔蟲の群れを髪の毛で叩き落としつつ答えますの。
「そういうのを探知する技術はわたくしにはありませんので。
わざと罠にかかって、後続の安全を確保するやり方ってありますわよね?」
「えぇ……」
いやまあ、これでも一応考えてますのよ?
本人がいるから屋敷を吹き飛ばすような規模の罠は無いとか。転移系の罠があると問題ですが、今回は転移封じの結界の中だから心配ないとか。
説明しながら歩くのですが、皆さんあまり納得いただけてないような雰囲気ですの。
……さて。
屋敷の奥、主人の部屋かそれに類する位置でしょう。いよいよジャスミンの気配のする扉の前に立ちましたの。
ここまで来ると、人払いがなされているのか、襲撃者の気配は感じません。
「皆さん、準備はよろしくて?
いよいよ、対峙の時ですのよ」
わたくしが尋ねると、皆さん頷かれます。
義兄様も腰に手をやり、いつでも魔剣を抜ける構えですの。
いきなり義兄様が斬りかからないよう、義兄様の手を握ります。
--ギィ……。
扉を開けると、そこは主寝室でしょうか。
まだ日は落ちてないのに、雨戸を閉めているのかランプの灯された薄暗い部屋。広い部屋の奥にはベッドがあり、その前のソファーに座るのは、ナイトガウンを着た、この屋敷の主であろうクレーブ子爵。そして色違いのガウンのジャスミンの姿。
下着をつけ、その上にガウンを身に纏っているのか、ガウンの裾からは剥き出しの脚が、胸元の合わせ目からは胸筋や谷間がそれぞれ覗いてますの。
「無粋な闖入者共め……」
男性が呟きます。魔術師団の副長で、ダニエルの父親と言うからにはもう少し細身の男性を想像していたのですが、思ったより良い体格してますわね。美丈夫といったところですの。
「ジャスミン!わたしだ!ルシウスだ!」
ルシウスが叫びますが、ジャスミンは嫣然と微笑むのみ。
騎士団の方が、ルシウスが前に出ようとするのを止めます。
ヒルデガルド卿が一歩前に出て告げました。
「クレーブ子爵、貴方が庇護者となっているそちらのフォンテーン嬢は魔族であるとの嫌疑がかけられております。その身柄の引き渡しと、クレーブ子爵、貴方自身もフォンテーン嬢に精神操作を受けている恐れが御座います。直ちに王城へと出向き〈解呪〉を受けるようにという勅命が出されております」
クレーブ子爵はゆっくりと首を横に振ります。
「ノーマン・クレーブ!王命に背くか!
ジャスミン、こちらへ来てくれ!」
ルシウスが叫び、手を伸ばします。
ジャスミンがクレーブ子爵の膝に手を置き、ルシウスの方を見ました。
「殿下。何をしにいらしたの?」
「ジャスミン……、わたしたちの過ちを清算すべき時が来たのだ。
罪を問われる前に、語らう時間を慈悲としていただいた。ジャスミン、最期にわたしと話してはくれないか?」
「そんなものは不要です。殿下はわたしがもう魔族だと知らされているのでしょう?
何を語ることがあるというのかしら?」
ジャスミンはクレーブ子爵にしな垂れかかりました。子爵のガウンの合わせ目に手を差し込み胸に頬摺りすると、こちらへと流し目を送って来ますの。
「それに、仮に最期の時を過ごすにしても、殿下のようなおこさまと過ごす気はありませんわ。
クレーブ子爵は素晴らしい方です。ふふ、殿下より逞しく、力強く、包容力のある方ですわ。小さくてひとりよがりな殿下とは違って、ね」
「ジャスミン……、お前は真実の愛を捧げると言ってくれたではないか……。わたしもそれに応えると……」
「殿下はそのような睦言をまだ信じておりましたの?
ふふっ、だからおこさまなのですよ」
「…………」
ルシウスが項垂れ、黙りこんでしまいましたの。
……もういいのかしら?ではわたくしの番ですかね。
「ルシウス殿下、魔族と話す無益さを感じましたか?
……さて、茶番ですの。雌淫魔よ。
殿下の絶望を啜るためでしょうけど演出過剰ですのよ」
「そうかしら?
わたしは本当のことを言ってますわ」
わたくしは頷きます。
「ええ、そうなのでしょうね、あなたにとっては。
改めて、名乗れ。名を知らぬ雌淫魔よ」
TRPG用語
漢探知
ダンジョンでわざと罠にかかって、後続の安全を確保するやり方。
罠を感知する担当である盗賊のプレイヤーが欠席してもダンジョンに潜るのをやめない時などにしばしば発生する。




