第54話 とつにゅう!
「………………………はぁ」
深い、深いため息をつきます。
めーんーどーうーごーとーでーすーのー。
「グルゥ」
「わたくしが面倒くさがってるからといって、殺さなくて良いですのよ。
殿下、面をお上げ下さいまし。そのあたりも込みで陛下とお話せねば」
という訳で陛下や宰相とお話しした感じですが、細かいところを書面とするには時間もたりませんし、どなたかアイラ辺りまで来て、お父様と書面を交わすことになりましたの。
とりあえずわたくしからは以下のものを最低限約束していただくことを提示し、ご了承いただけましたわ。
まずルシウス殿下の処遇として、わたくしとの婚約破棄の成立。殿下およびその子孫の王位継承権の剥奪。アイルランドへの入領禁止。
次に賠償としては第六騎士団を人員そのままで即座にわたくしの麾下として貰い受けることと、成婚までに王家がわたくしと騎士団に出すはずだった本来の予算、過去の分とわたくしが卒業するまでで6年分ですかね。それはいただけることとなりましたの。
結婚しないのに騎士団貰えるのはデカいですわね。6年分の騎士団の予算とかヤバいですのよ!ひゅー!
金額は王家と、予算を懐に入れていた複数の貴族家から没収されることでしょう。
で、ジャスミンの件ですが……。
「彼女をライブラの騎士団で捕らえて引き渡して下さるのであれば、別に引き渡す前に殿下とお話しいただいても構いませんのよ。
どうせわたくしたちがライブラを出立するのは明日の午前中の予定ですわよね?」
サイモン学長に尋ねると頷かれました。
宰相が首を捻り、呟きます。
「さすがに今日中にというのは……」
「そう言われると思ってわたくしが出ることも考えていたのですが、その場合は暗殺というか、有無を言わさず殺すつもりでしたので、……話す時間をというのは面倒事ですのよ」
〈転移門〉あけて、そこに範囲攻撃魔術叩き込んで貰ってから全力突撃すれば大体勝てますのに。
しかし宰相は難色を示します。
「暗殺とは穏やかではないな。
できれば王国で身柄を確保したい。ジャスミン嬢がクレーブ家に滞在していると言うのであれば、クレーブ卿もだ。
というか、さすがに陛下のお膝元で貴族家での暗殺は認められん。正式な手続きを踏んでから踏み込んで欲しいものだが」
うーん。わたくしは頬に手を当て、しばし考えます。
まあライブラの王侯貴族にも立場がありますか……。
「正面から行くことに関しては受け入れましょう。
ただ、身柄確保に関しては絶対に受け入れられませんの。精神操作系に長け、転移系を操り、格闘技に熟達した魔族の確保なんて冗談ではありませんわ。
正式に使者を出していくのであれば、転移術阻止のための魔術師の要員、魔術師の護衛と周囲警戒に第六騎士団で囲って、突入とルシウス殿下の警護に、女性の兵士をお借りしたいですの」
「承知した。なぜ女性を?」
「ジャスミンが女淫魔の類であるとして、同性の方が〈魅了〉にかかる可能性が下がるので」
「では銀翼騎士団を出そう。女性で構成される騎士団だ。腕前も男性ほどとは言い難いが、並の兵よりは上と保障しよう。
ルシウス殿下を連れて行って大丈夫、安全なのかね?」
「逆ですの。そもそも正式な手続きを踏んで相手の陣に足を踏み入れるという段階で、殿下に限らず何人犠牲者が出るかは未知数。ですからルシウス殿下が死んでも構わないからジャスミンとあいたいというなら連れて行きますの。
討伐失敗に関しては気にしなくて結構。仮にわたくしが死んでも我が義兄がおりますから絶対に魔族は滅しますのよ」
宰相は王を仰ぎ、王は鷹揚に頷かれました。
「我らは、平和の中にいて、危機感を失っているのであろうな。その平和がアイルランドの民の不断の努力の上にあることを忘れて。
レディ・アイルランド。ご迷惑をおかけするが、犠牲などいくら出ても構わぬ。魔族との戦いとはどういうものであるか、我らに教授してくれぬか。
ルシウスよ。お前も連れて行って貰い、もし生きて帰ってきたなら、わたしに魔族との戦いとはどういうものだったか教えてくれ。それが、汝の王族としての最後の勤めとしよう」
「はい、陛下とアレクサンドラ嬢のご厚情に感謝します」
と、ルシウスが頭を下げ、そういうことになりましたの。
伝令が出され、銀翼騎士団と第六騎士団、魔術師が王宮前の庭に招集されました。
作戦の説明がなされ、その後でイアン副長に話しかけます。
「第六騎士団は暫定的にわたくしの麾下に入ることになりましたの。
ちゃんとお金もしっかり貰いましたのよ」
お金という言葉を聞いて、イアン副長の表情が明るくなります。ああ、苦労なされたのですね……。
「おお、それは素晴らしい。暫定的とは?」
「まず、この件が終わったら、即座にセーラム郊外に駐留して貰いますわ。全員を町に入れるのは難しいので、野営しつつ、交互に町で休むという生活をしてもらいますの。
お給金はその際にお渡ししますね。
そこでポートラッシュ式戦術の訓練を4か月ほど行い、その後でわたくしと共にアイルランドに渡って貰います。
そこでわたくしのお父様、アイルランド辺境伯に軍への編制をされるかと思いますわ。そこまでという意味で暫定と申しましたの」
「なるほど、4か月という期間に何か意味が?」
「ええ、わたくしが夏休みに入りますので」
イアン副長は飴玉を飲み込んでしまったような表情で、「……夏休み」と呟きました。
そんなこんなで移動してダニエルの実家、クレーブ家を囲いますの。
クレーブ家は子爵家でしたが、現当主が魔術に才あったとのことで魔術師団副長という地位にありますの。屋敷は新しく歴史は感じさせませんが、立派なものですわ。
今は文官の方が門を開けるよう問答してますのよ。この間に第6騎士団が屋敷を取り囲み、四方に魔術師が配され、結界を構築しています。結界は単純で強力な移動阻害系。転移で逃げることを何より警戒せねばなりませんからね。
門番が退き、突入の準備が整います。
わたくしは振り返り、銀翼騎士団の皆さんを見つめました。
揃いの鎧、女性的なラインのブレストプレートに翼を模した紋章、小脇に兜を抱えています。
彼らの中にはルシウスの姿、彼だけは武装をさせず、丸腰でこの場にいて貰います。
「準備は宜しいですの?」
「はっ!」
声が揃います。
「先ほどの説明にもありましたが重ねて言います。
ルシウス殿下の警護の者は、殿下に異変を感じた際と、わたくしの命あれば、ルシウス殿下を連れて即座に屋敷の外へ脱出すること」
殿下を挟む位置の騎士達が頷きます。
「では行きましょう、義兄様、クロ」
「グルゥ」
『はい、アレクサ』
義兄様が腰の剣に手を当て唸り、クロの声が脳裏に響き、アホ毛がゆらりと揺れます。
「アホ毛も行きますのよ」
(やー)
「では突入!Go Ahead!」
わたくしたちは門をくぐり、庭を抜け、玄関に。ノックしても返事は無く、鍵はかけられていませんの。
騎士団の方が扉を開けて、楔で固定。
屋敷の中へ入ります。
その瞬間、わたくしの身体は紅蓮の炎に包まれました。
ξ゜⊿゜)ξ <危なーい!わたくしピンチ!
炎に包まれて引いても読者が心配してくれなそうな気がするんですよ。
ξ゜⊿゜)ξ <ぐぬぬ。




