第53話 ぷりんす&あい
王が無念を顔に滲ませます。
「ルシウス殿下はおそらく〈愚鈍〉の術式をかけられ、判断力の低下した状態でジャスミンやその周囲の者から色々と吹き込まれているのだと推察されます」
宰相がそこに待ったをかけました。
「待て、王家伝来の護符は物理的な障壁に加え、下位の精神操作系術式は弾けるはずだ」
わたくしは頷きますの。
「ええ、まさに問題は、ルシウス殿下が本来その手の精神操作系術式を弾く護符をつけていること。それに〈愚鈍〉は精神操作系では下級術式であり、対象の同意無しに効果はまず発揮しないことですの」
出立前、クリスに伝えられた言い方を思い起こします。
(2人は裸でにゃんにゃんしてたのよ!)
……そちらではなく。
「ルシウスとジャスミンは精神操作を受ける前から、産まれたままの姿で睦み合う関係にあったと、容易に推測することができますの。
これは一般的に不義であると言えます」
「そうか……あやつめ。
言い辛いことを言わせてしまったな」
王はため息と共に、視線を下げて謝意を示されました。
……ん?
魂絆の反応が。これは……。
「陛下、ルシウス殿下は今どうなさってますか」
「城内の自室にて謹慎させている」
「では、今彼が移動しようとしているのは陛下の意図では無いと?」
陛下の顔に緊張が走ります。
「まことか?」
「わたくし、使い魔に後を追わせておりますので。昨夜、途中で反応が二つに分かれましたの」
わたくしはクロからの反応が返ってくる2カ所を指差します。
「1つはライブラの市街から、もう1つは王城。
王城の反応が先ほどから遠ざかっていきますが?」
「なんだと、衛兵!取り押さえて連れてこい!」
魔力を活性化して叫びます。
「クロ!」
『……おや。アレクサではないですか』
僅かばかりの間の後、返事があります。
ほんの2日ばかり離れていただけなのに、懐かしきクロの声が脳内に響きました。
「お久しぶりですの!
クロ、今あなたどういう状態です?」
『ふむ。ジャスミンに魔力の楔を打ち込んで居場所がわかるようにし、わたしは今ルシウスの傍におります。
アレクサと同じ建築物の中にいますよ』
「ルシウスの状況は?」
『数名の人間と共に、移動をはじめたところですね』
クロ有能っ!
わたしは〈精神感応〉の対象をサイモン学長にも拡張し、クロから送られてくる座標のイメージを転送しつつ叫びます。
「サイモン学長!〈転移門〉の術式でその座標まで繋いで下さい!急いで!」
「う、うむ。……〈転移門〉」
目の前の空間が2mほど歪み、城内の廊下の様子と数名の人影がうつります。
そこに飛び込む人影!
「グルアアァァァォォォーーーッ!!」
「あ」
義兄様が雄叫びを上げると、風の速さで謁見の間を駆け抜け、空間の歪みに飛び込みます。
両腕を暴風のように振り回し、全員を薙ぎ倒しますの。そして、両の拳を大きく振り上げ、ルシウスに叩きつけます。
鋼同士がぶつかるような異音がし、魔力が火花と散りました。
「ヴオオォォォーッ!」
「ひ、ひぇーーっ」
「ヴォッ!」「ひぇっ」「ガッ!」「ぎゃっ!」「グオォッ!」「うぁぁー!」
義兄様がルシウスに拳を振り下ろし続けつつ、薙ぎ払った周囲の者達をこちらに放り投げてきます。
気絶した兵士や貴族らしき男達が謁見の間に投げ出され、衛兵に確保されていきます。
ああ、ルシウスは流石王家の防御魔法ですのね。ルシウスの顔面数cmのところで拳が止まり、轟音と火花が散りますの。
ですが指がだんだんとルシウスに近づいて行きます。
そう言えば婚約破棄の時の話を伝えたとき、義兄様怒ってましたわねー。と他人事のような思考が脳内を流れます。
でも本気では無いですわね。以前殺しちゃダメと言ったのをちゃんと覚えてくれてますわ。腰の魔剣なら防御魔法ごと斬れるでしょうに抜いてませんし。
………心を折りにいってるとは思いますが。
「レオ義兄様、ステイ!」
両手でルシウスの顔面を挟むような体勢、防御魔法に万力のように圧を掛けるような形で動きを止めます。
「グルルルル……」「ひゃぁぁぁ……」
防御魔法に弾かれつつルシウスの身体を吊り上げ、〈転移門〉を潜って、謁見の間に戻って来られました。
2人が戻るとすぐに空間の歪みが元に戻ります。
わたくしは2人のもとまで歩むと、レオ義兄様の腕を取り、ルシウスに謝罪します。
「ルシウス殿下こんにちは。
我が義兄が失礼しましたわ」
「ひっ、ひぃっ!アレクサンドラ!」
「ひいっ、とは失礼ですわね。
おや、クロはどこですの?」
気配はすれど姿は見えず、ですの。
「あ、あの使い魔のことか。斬り捨ててやったぞ!」
「なんだと!」
思わず激昂しかけましたが、クロが倒されている訳では無いのですわよね。
わたくしはため息をつくと、玉座から最も離れたところ、謁見の間の入り口の脇に義兄様を座らせて、その膝の上に腰掛けました。
「わたくし、義兄様を抑えておきますので、その間にサイモン学長、〈解呪〉をお願いできますか?」
「うむ、そうだな」
陛下の方にルシウスや捕らえられた男たちが連れて行かれます。
「……クロ?」
『はい、アレクサ。御身のお側におりますよ』
「グルルルル……」
義兄様が、何も無い空間の一点を凝視しております。
そこにクロがいるのが分かるのでしょうか?
「おかえりなさい、クロ。
斬られてしまったのですか?
憑依していた方のお身体は死んでしまわれたのですか?」
『ただいま戻りました、アレクサ。
ええ、斬られてしまいました。
憑依していたニセクロナマコくんは分割されてしまいましたので、栄養価の高い海に〈送還〉しましたよ。1週間もすれば元通りになるでしょう』
おお、良かったですわ。あのなまこさん、かわいいですからね。
「クロ、こちらがレオナルド、わたくしの義兄様ですわ。
レオ義兄様、こちらがクロ、わたくしの使い魔ですわ」
わたくしは虚空を指さしつつ紹介してみます。
「グルルルル……」
『〈精神感応〉で繋がれないので、挨拶はできませんな。
アレクサから宜しくお伝え下さい。
しかしアレクサ、彼を人の世に取り戻しますか』
義兄様は声を発してくれましたが、クロからは挨拶できないとの事ですの。
「何か分かるのですか!?」
『ええ、自身を神に捧げてしまったのでしょう?
しかも天地と海、この星の全てたる3柱に』
流石クロですわ!そこまでを見ただけで分かるなんて!
『この件が落ち着いたら、少し調べてみましょうか』
「お願いしますの!」
話しているうちに、ルシウスに〈解呪〉がかけられたようです。ルシウスはここ暫く見なかったような、真剣ですが青ざめた表情となっているのがここからでも分かりますの。
しばし王と話した後、こちらへと向かってきます。
わたくしも立ち上がり、彼が来るのを待ちました。
「アレクサンドラ嬢、申し訳ない!」
ルシウスはわたくしの前で、崩れ落ちるように膝をつきます。
「ルシウス殿下、何を謝罪なさる?」
「貴女への無礼!ジャスミンとの不義!あなたの殺害を命じたこと!魔族の甘言にのったこと!
我が命を以て償わせて頂きたい!」
ふむ……。わたくしはしばし黙考し答えました。
「わたくしを殺害しようとしたことは不問といたします。あの程度では我が命には届かない故に。
故にルシウス殿下、貴方の命も不要とします。
ただ、魔族に操られたこと、そうなる切っ掛けとなった不義については反省し、陛下の沙汰を重く受け止めて欲しいのです」
「はい、ご厚情感謝いたします」
「最後に一つ、ジャスミンについてですの。
今、ルシウス殿下は彼女についてどうお考えですか?正直にお答え下さいまし」
「彼女は魔の者であったと聞きました。
……確かにわたしは騙されていたのかもしれません。……ですが愛は感じています」
ふむ。
「今から殺しに行きますが」
「それは仕方ないことです。わたしの不出来によりご迷惑をおかけしています。
ですが、心苦しいのですが……お願いします!」
ルシウスは地に額をつき、声をはりあげました。
「彼女の殺害の邪魔はいたしません!
最期に一言、声をかけることをお許し願えませんか!」




